この恋はきっと溶けてしまう


何故、私はこんな場所にいるのだろうか。そんな事を思いながら目の前で珈琲を啜る陣平を見る。彼はどことなく満足げな表情をして「ほら、面白いだろう?」と小さく囁いた。

面白い、と表現された彼を見る。私の中の彼はいつもブランド物のスーツを着て、お高く纏っている人だった。しかし、今目の前にいる人物は一体誰だろう。


「お待たせいたしました。ご注文のハムサンドです」


そう言って私達のテーブルに注文の品を持ってきた彼は、笑顔を絶やさず正に王道のモテ男となってその場にいた。此処の喫茶店のエプロンが妙に似合っている。上から下まで見ていると「そんなに見られたら恥ずかしいです」と言った。


「…安室さんは何時から此処で働いておられるんですか?」
「三ヶ月ほど前です」


三ヶ月前、というと裁判や依頼が重なり特に忙しかった時期だ。その間には一度も毛利探偵事務所には訪れていない。だから、彼が此処であんな格好をして働いているなんて知らなかったのだ。

「はあ、」と気が抜けた返事をすると青い瞳がぐっと近付き「僕の事、気になりますか?」なんて言ってきた。不覚にもその綺麗な顔を間近で見てしまい、顔が熱くなる。


「俺の女をたらし込むのは止めていただけます?安室さん」
「おや、お連れの方がいらっしゃいましたか。申し訳ございません、僕の視界には映らなかったようです」


一体、これはどう云う状況なのだろうか。目の前で繰り広げられる光景は、まるで少女漫画のようだ。しかし生憎、それにときめくほど初では無い。有り難い事に客は私達しかいないけれど、女性店員からの熱い視線が痛いほどに体に突き刺さる。


「えっと…とりあえず、お仕事に戻られた方が…」
「失礼いたしました。そうですね、何かあればお申し付け下さい」


人好きのする笑顔を見せ『安室さん』はキッチンへと戻って行った。その後ろ姿は違和感しかない。公安を辞めるなんて事はしないだろうから、それなら潜入捜査という線が強い。しかし潜入捜査をするのは主に警視庁の公安部であり、彼は警察庁の公安警察だ。そんな彼がわざわざ表立った行動に出るという事は、余程の事があったという事か。

そんな事を考えていると「おい、名前」と名前を呼ばれる。陣平は眉間に皺を寄せ、私を見ていた。この表情は不機嫌になる一歩手前だ。


「お前、安室なんて男が良いなんて言うんじゃねぇよな?」
「いや、今会ったばかりの人に対して言う訳ないじゃん」


普段は驚くほどにしっかりしている陣平だけれど、たまにこうして良く分からないことを言う。この間は萩原君の事を褒めた時に「それなら萩原と付き合えば?」なんて言われたっけ。

確かに安室さん、いや、降谷君は素敵だと思う。初めて会った時に目が奪われたのも本当だし、一癖あるけれどそれを踏まえた上でも唆られる人だ。

紅茶に淹れた砂糖を掻き混ぜながら、女性店員と親しげに会話をする降谷君を見る。すると青い瞳とバチリと合ってしまい、慌てて目を逸らした。


「オイ、何赤くなってんだよ」
「なってない」
「耳まで赤いぞ、アホ」


そんな訳あるか、と思うけれど顔が熱いから耳まで赤いのも本当かもしれない。疚しいことなんて何一つ無いはずなのに、居心地の悪さを感じる。


「何かございましたか?」
「ねぇよ」
「お客様には聞いておりません」


安室透という人物は、恐らく優男設定なのだろう。それなのにやけに陣平に突っかかる。いや、陣平が突っかかっているのだろうか。普段の二人ならこんなこと、絶対にありえないのに。

私にしか聞こえないくらいの小さなため息を吐いたのにも関わらず、流石は警察と言うべきか。二人はそんな私に気付き、視線が突き刺さる。


「そもそも、名前が誰にも構わず良い顔してるから悪いんだからな」
「急に何の話?」
「貴女が魅力的、という話ですかね」


そう言うと安室さんは、これはまた素敵な笑顔を見せてくれた。彼と知り合って数年経つけれど、こんなに優しい表情を見たのは初めてだろう。ここまでの演技力、私も見習いたい。


「名前さんはこの方とお付き合いされて長いのですか?」
「もうすぐ十年経とうとしています」
「ホー…それはそれは」


安室さんは何かを探るようにして私を見る。そんな彼と目線を合わせないようにしていると、今度は陣平と目が会う。鋭い瞳の中に、戸惑う表情をした私が映っていた。

すると陣平は頭をガシガシとかきながら、大きく息を吐いた。すると自分のバッグの中から一枚のパンフレットを取り出す。それを見た安室さんの瞳は大きく開かれた。


「まだ友人には言ってねぇけど、十年も待たせたからな。盛大な式を挙げる予定だ」


テーブルに置かれたのは、海外挙式のパンフレット。私が以前から希望していた式場だ。ニヤリと笑う陣平に、眉尻を下げ笑う安室さん。そして私は照れくさくて下を向いていた。


2018/06/21
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