小説 | ナノ


両手いっぱいに注文のあった花を抱え込む。これだけ見ると、これから誰かに花束を渡しに行くみたいだ。地獄とは全く違う風景を歩き、目的地へと向かう。桃の甘い香りが漂う中、見知った人の姿を見つけ私は声をかけた。


「こんにちは、桃太郎さん」
「あ、名前さんこんにちは!」


人の良さそうな優しい笑みを返してくれたのは、漢方の先生のお弟子さんである。此処に来てまだ多くの日数は経っていないけれど、とても優秀だと先生が嬉しそうに言っていたのは記憶に新しい。


「注文を受けていたお花をお持ちしました」
「何時も遠くからありがとうございます。白澤さんも今はお店にいると思います。自分も一緒に生きますね」
「ありがとうございます」


桃太郎さんはとても優しい方だ。だから以前は少しヤンチャだったと聞いた時にはとても驚いた。今の姿からは全く想像が出来ないのだ。歩く事数分、たくさんいる兎に癒やされながら目的地に到着した。


「白澤さん。名前さんが来られましたよ」


そう言って桃太郎さんが扉を開いたと同時に聞こえてきたのは女性の怒声だった。私と桃太郎さんの間を怒りを隠すことなく、怒声の持ち主が通っていった。店内を覗けば、頬を赤くしいる漢方の先生――白澤様がいた。


「あー、痛い。本気で打たなくたっていいのに」
「あのー、白澤さん…」
「女の子は好きだけどこれは無しだよね。桃太郎君も女の子には気を付け、」


ぱちり、白澤様と目が合う。すると慌てるように「名前ちゃん!いらっしゃい!さぁ、座って!名前ちゃんの好きなお茶とお菓子を準備するね!」そう早口で言った。桃太郎君は大きな溜息を吐き、背負っていた籠を置く。


「今更取り繕ったって全部バレてますよ」
「白澤様、恋多きことは悪い事ではありませんが、程々にして下さいね」
「名前ちゃんが彼女になってくれたら、」
 

白澤様の言葉はそこで途切れ、次の瞬間には金棒と共に壁に突き刺さっていた。「馬鹿な事を言う人は、一生そこにいなさい」その聞こえた声は、さっきまで一緒にいた人だ。す、と黒い襦袢が見え大きな背中にはホオヅキが描かれている。


「鬼灯君?何で…?」
「注文先が気になりまして、失礼ながら後を追わせていただきました」
「おい!ストーカー!てめぇ、名前ちゃんとどういう関係だよ!返答次第ではぶっ殺すぞ!」
「友人です。今は、まだ」


すると鬼灯君はくるりと私の方へ向く。すると大きな手のひらが差し出される。その光景は先程、別れた時とそっくりだ。「鬼灯君?」そう名前を呼ぶと「一度しか言いませんから、耳の穴をかっぽじって良く聞いてください」低く、訴えるように言われ、私は慌てて頷く。


「結婚を前提にお付き合いしましょう」


一瞬、頭の中ではてなマークが浮かぶ。けれど直ぐに理解して、顔が、頭が、体中が熱く火照る。白澤様の騒ぐ声が聞こえる。でもそれよりも、自分自身の心臓の音が大きくてかき消してしまう。


「ざまあみろ、この淫獣」


気付けば私は鬼灯君の手を取っていた。とくんとくん、鬼灯君の手のひらから彼の鼓動も伝わって来る。鋭い瞳を見上げれば、それは何時もよりも優しい瞳に私は見えた。





「名前ちゃん、鬼灯様とお付き合い始めたんですって?」


花の葉をぱちんと切ったと同時に発せられたお香ちゃんの言葉。私は次の花を取りながら「まだそんな関係じゃないけどね」と返すと垂れた瞳がぱちぱちと瞬きを繰り返す。


「もう少し、お互いの事を良く知ってからにしよう、って約束したの」
「あら、そうなの?でも鬼灯様なら名前ちゃんの事、よく知ってそうだけどね」
「何で?」
「だって鬼灯様、」
「ーーお香さん」

お香ちゃんの言葉はそこで途切れた。店の入り口には鬼灯君が立っていて、何時もと違うのは金棒ではなくて花束と一緒だったのだ。


「名前さん、この花好きですよね。良ければ受け取って下さい」
「ありがとう!でも何で知ってるの?」
「さあ…何ででしょう?」


こてん、と首を傾げる鬼灯君は何だか可愛らしく見える。二人で出かけてから数カ月。今まで開いていた分の隙間が段々と埋まっているようだ。


「もし良ければ仕事が終わったら、一緒に夕飯でも如何ですか?」
「ぜひ、喜んで」
「では迎えに来ます」


そう言うと鬼灯君は、くるりとからの背中を向けて行ってしまった。「あら、案外上手くいっているのね」お香ちゃんの言葉に顔が熱くなる。私はそれを隠すようにして受け取った花束をお気に入りの花瓶に生けた。


2018/03/29
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