小説 | ナノ


現世に来たのは数百年振りだった。最後の記憶からだいぶ雰囲気が変わっていた。アスファルトの地面に空まで高く伸びるビル。殺風景だったあの頃とは恐ろしい程に違っていた。

きっとこれがお香ちゃんと来たのなら、楽しかったに違いない。ちらり、と隣にいる人物を見る。だいぶ上にある瞳は、真っ直ぐ前を見ている。私も同じく視線を前に戻す。パンダが寝転がって笹を食べていた。





「名前さん、来週末現世へ行きましょう」
「え…私?」
「貴女以外に誰かいるんですか」


まだ親指程度にしかない金魚草を植え替えていた時、鬼灯君はそう言ったのだ。鬼灯君とは幼い時から知り合いだけれど、こうして喋る事は多くはなかった。私はお香ちゃんにべったりだったし、鬼灯君も気付けば烏頭君や蓬君と一緒に行動するようになっていた。

そもそも私は鬼灯君が苦手だった。出会った時から大人っぽくて、何を考えているのか全く分からなかった。烏頭君たちに相談した事もあるけれど「名前が思ってるより、彼奴は単純だぞ」と言われて終わりだった。

私がこんなのだからか鬼灯君が自ら私に関わる事も殆ど無かったし、これから先も無いと思っていた。気付けば鬼灯君は閻魔様の第一補佐官になり、烏頭君達は対亡者の仕事に着いた。私と言えば、小さな花屋を営んでいるのだ。生きる世界は全く違う。

それなのに私の目の前には鬼灯君がいる。視察に来た時に店に来て挨拶程度はするけれど、こうして話しかけられたのは初めてだった。そして真逆現世へ誘われた事にもただただ驚いた。そして私は断る事は出来ず、鬼灯君と二人きりで現世に行く事になったのだ。





「名前さんは動物がお好きかと思っていましたが、違いましたか?」
「え?どうして?」
「偶に動物獄卒を撫でている姿を見かけていましたので」


地獄には無いお洒落な喫茶店で珈琲を頂いていた時、目の前に座っている鬼灯君がそう言った。真逆見られていたとは知らずに顔が赤くなる。それを隠すように珈琲を飲んだ。


「…ねぇ、何で私を誘ったの?」
「誘うのに理由は必要ですか?」
「だって、私達そんなに関わり無かったし…」


鋭い瞳で見られると、心臓を握られたような感覚になる。思わず声が段々と小さくなっていく。鬼灯君は何も言わずに私を見ていた。その視線に耐えきれなくなりそうだ。


「それもそうですね」
「え?」
「では、これから仲良くなりましょう」


予想とは違う答えが帰ってきた。すると鬼灯君はこちらに手を差し出した。何かと思えば「握手」と一言、低い声が聞こえた。慌てて手を握る。大きくて暖かい手のひらだった。





「あれー、鬼灯様だ!」
「シロさん、お疲れ様です」
「隣の人だれ?カノジョ?」
「違いますよ、友人です」


地獄へ帰って早々、出会ったのは真っ白な犬獄卒だった。可愛いなあ、この子は初めて会うなあ、と思っていたら"シロさん"と呼ばれたこの子から出て来た言葉に喉が鳴る。鬼灯君の彼女なんて烏滸がましい。


「へー、そうなんだ!俺はシロ!よろしくね!」
「よろしく、シロ君。私は名前です」
「名前さんは遊女とかなの?」
「ううん、違うよ。どうして?」
「だって凄く良い香りがするし、それに鬼灯様の隣にいても見劣りしないし!」


ワン!と一鳴きしたシロ君を見る目が、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。鬼灯君の隣にいて見劣りしないとか、この子は見た目より人に気を使うことが出来るらしい。ありがとう、そう言い頭を撫でれば気持ち良さそうに目を細めた。


「あ、そうだ。鬼灯君、私注文のあったお花を届けないといけないから、今日はこれで」
「そうですか、分かりました」
「今日はありがとう。楽しかったよ、また誘ってね!」


『これから仲良くなりましょう』そう言って歩み寄って来てくれた鬼灯君の気持ちを無駄には出来ない。どうやら私は彼に対して、間違った感情を抱いていたようだ。鬼灯君の大きな手のひらを握りお礼を言えば、少しだけ彼も微笑んだように見えた。


2018/03/29
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