小説 | ナノ


最近、体調が悪いとは思っていた。何だか体は怠いし、異様に眠たい。風邪かと思い体温を計れば微熱程度であった。忙しい日が続いていたし、体調を崩してもおかしい事は無い。そう思っていたけれど、ふと、スケジュール帳を開いたときに違和感を感じた。

私は自分の体を管理する為に、月のものが来た日を記録するようにしている。しかし、今月はまだ来ていない。予定日を二週間も過ぎている。少しぐらい前後する事はあっても、こんなにずれた事は今まで一度も無かった。

もしかして、いや、そんな馬鹿な。仕事が終わったと同時に乱歩さんが私を呼ぶのを振り切って、逃げるようにして薬局へと飛び込んだ。そして今まで触れたことの無い、ピンク色の長方形の箱をレジに持って行く。





イエス、ノーで答えるのなら私は吃りながら「イエス」と答えるのだろう。そこにははっきりと青い縦線が浮かび上がっている。説明書を読めば、縦線が出れば妊娠しているとの事だ。

嬉しい、嬉しいけれどこれは喜んでいいのだろうか。相手は分かっている。長年交際している同じ職場の乱歩さんだ。大好きな人との子どもが授かったのだ、嬉しくないはずがない。けれど、乱歩さんはどうだろう。自由気まま、思うがままに生きている乱歩さんにとって子どもという存在は邪魔なのではないだろうか。

重い足取りでリビングに戻ると、テーブルに置いていた携帯がブルブルと震えていた。ディスプレイには【江戸川乱歩】の文字が映し出されていた。震える手で通話ボタンを押す。すると機械越しに乱歩さんの不機嫌な声が聞こえた。


『ねぇ、何で先に帰ったの?』
「、急に用事を思い出して」
『ふーん。今から家、行ってもいい?』
「っ、今日はだめ!」
『何で?』
「あの、」
『言えない事でもあるの?名前の事なんかもう知らない!』


通話が切れたことを知らせる、単調な音が鼓膜を震わす。乱歩さんを怒らせてしまった。後悔先に立たず、とは言うが此処ではっきりと告げるべきだったのだろうか。私にはどれが最善の答えか分からない。

頭が混乱してぐるぐる回る。明日は仕事が休みだ。とりあえず病院に行ってみよう。心を落ち着かせるために大きく深呼吸をして、私は仕事用のジャケットを脱いだ。





「心臓も元気に動いてますね。予定日は――」


どうやら妊娠は嘘でも幻でも無かったようだ。ぼんやりと病院で貰ったエコー写真を見る。そこには小さな小さな塊が写っていた。これが私と乱歩さんの子ども。あと七ヶ月もすれば人の形となって出てくるのだ。


「あれ?名前ちゃん?」
「…太宰くん」
「産婦人科から出て来てどうしたの?もしかしておめでた?」


病院を出ると職場の後輩の太宰くんがこちらを見ていた。今日は国木田くんと虎探しでは無かっただろうか。そんな事を考えつつも太宰くんの質問に頷けば、瞳は大きく開かれて「え?本当に?」と言われた。


「昨日検査薬したら陽性だったの。だから病院に」
「おめでとう。乱歩さんは知っているのかい?」
「知らない。まだ言ってないの」


どうしよう。私の声は震えていて、太宰くんの耳に届いたかも怪しい位だった。けれどしっかりと高い位置にある耳に届いていたようで「とりあえず、社長には伝えないと。赤ちゃんいるなら、任務は控えないとね」と言われた。静かに頷く。

私も異能者の端くれで、戦闘系の異能だから任務とあらば走り回る事が多い。でもお腹に命を授かった以上、私はこの子を優先させないといけない。ぎゅ、と拳を強く握った。





今日は乱歩さんは出勤だったはず。まだ会うには心の準備が出来ていなくて、私は事務所では無く自宅へと足を進める。社宅では無い事務所の傍にある、至って普通のアパートだ。

カンカンカンカン。階段を上るとヒールの音が響く。私の部屋は二階。階段を上りきると、そこには見慣れた人の姿。私の部屋の前で苛々したように、上がってきた私を見た。


「…何処行ってたの」
「な、んで、今日出勤日ですよね?」
「社長に許可取ってから来た。質問に答えて!」


猫のような瞳が私を映す。私は震える手で、鞄からエコー写真を取りだす。それを乱歩さんに見せると「何これ?」と冷たく言われた。


「…赤ちゃんが出来たの」
「え?」
「私と乱歩さんの赤ちゃん。昨日分かって、でも迷惑掛けるかもって思って、それで、」


じわり、じわり。視界が段々と滲んでいく。俯向けば、ぽたり、涙が靴先へと落ちた。乱歩さんの表情は見えない。今どんな顔をしているのだろうか。次、乱歩さんの口から出てくる言葉が怖い。


「ばっかじゃないの?」


その声に顔を上げる。少し上にある乱歩さんの顔は、少し赤く染まっていた。名前を呼ぶと「そもそも名前はネガティブ過ぎるんだよ!」と言われ、私の髪の毛をくしゃくしゃする。


「僕、我儘だし自己中だってのは理解してるよ。だからって恋人に子どもが出来たからって捨てるような男に見えるの?」
「、それは」
「まあ、いいや。とりあえず社長の所に行って子どもが出来た事を報告しよう。これからは内勤だけにしてね。そもそも僕名前が任務に出るのは心配になるから嫌だったんだよ」
「乱歩さん、」
「あ、その靴も禁止!そんな踵の高い靴を履いて転んだらどうするんだい?もう名前の体じゃ無いんだよ?今までの二倍、自分の体を大切にしないといけないんだから!」
「乱歩さん」

そこで饒舌になっていた乱歩さんの口が止まる。細く開かれた瞳が真っ直ぐに私を見つめている。ぎゅ、と大きな手を握り真っ直ぐ彼を見つめる。


「好きです」


そう言うと乱歩さんはにやりと笑い「知ってる」それだけ答える。すると乱歩さんの顔がゆっくりと近付き私の耳元で止まった。


「名前が想像してる百倍、僕は名前の事が好きだよ」


何時もより低い声が、私の鼓膜に響く。ぎゅう、と心臓を掴まれる。乱歩さんの掌が私のお腹に触れ「僕はこれから大切な命を二つ、守っていかなくちゃ」そう言って、ゆっくりと唇が落ちてきた。


2018/03/22
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