小説 | ナノ


「名前!」学校からの帰り道、私の事を呼んだのは、小学校、中学校時代の友人だった。まるで水を得た魚のように私に抱き着くと「久しぶり!青子、名前に会えなくて寂しかったの!」と言う。例えるなら子どものようなその姿に思わず笑ってしまった。


「三ヶ月振り位?最近忙しくて会えなかったもんね」
「名前も江古田だったら毎日会えたのに!」
「だってブレザーが着たかったんだもん」


友人――中森青子は唇を尖らせると「名前ってば、いつも勝手に一人で決めちゃうんだもん」と不貞腐れたように言った。ごめんね、と頭を撫でれば「青子は子どもじゃないよ!」とより一層唇を尖らせる。


「そういえば、快斗と付き合い始めたんだって?」
「もう知ってるの?」
「快斗が学校で言い触らしてたよ!」
「え?そうなの?」
「ニヤニヤしてだらしない顔して…名前にも見せてあげたかった!」


うんざりした表情を見ながら、嬉しいやら恥ずかしいやら、何と答えたら良いか分からず私は苦笑いするだけだ。けれどすぐに青子は笑顔を見せ「でもやーっと快斗とくっついてくれて、青子ね、本当に嬉しいんだよ!」と声を弾ませた。


「中学の時から両想いだって見え見えなのにさぁ」
「え?」
「え?」


青子の言葉に瞬きの回数が多くなる。「…中学の時から?」そう言った私に青子の瞳はみるみると見開き「待って!もしかして気付いてなかったの!?」と驚かれる。私は小さく頷けば「嘘でしょ…」と絶句された。


「快斗、ずぅーと名前に好き好きアピールしてたよ!?本当に気付いてなかったの!?」
「だって…青子のことが好きだと思ってたし」
「そんなのありえないから!」


「どれだけ遠回りしてるの」と青子は呆れたように言った。あの頃は快斗と青子は常に一緒にいたし、先生にもセット扱いされる事が多かった。快斗も満更では無さそうだったから、彼は青子の事が好きだと思っていたのだ。


「まあどうであれ、二人がくっついてくれて本当に嬉しいよ」
「ありがとう、青子」
「今の名前、本当に幸せそうな顔してる」


そう言った青子の表情は、優しい夕焼けと混じりより一層穏やかに感じた。本当に素敵な友人を持ったと、心から言えるのは私の自慢だ。





朝いつも通り自分の教室に入ると、クラスメイトの園子が――そう例えるなら芸能人スキャンダル現場を見て喜んでいるおばさんような表情をして私の席へやって来た。何事かと思えば「昨日、一緒に歩いてた人誰!?」と教室中に響き渡る声で言われた。

昨日は快斗と夕飯の買い物をしに二人でスーパーに買い物に行ったけれど…。どうやらその現場を園子に見られたという事だろうか。


「彼氏」
「彼氏ィ!?遠目から見てもイケメンだって分かったわよ!どこで知り合ったのよ!」
「小中学校の同級生なの。でも園子が江古田にいるなんて珍しいね」
「用事があってたまたま…じゃなくて、何で教えてくれなかったのよ!」


園子は切り揃えられた綺麗な髪を振り乱す。そこまで気になる事だろうか。自分だって彼氏がいるのに。園子からの質問攻めで困っている時「もう、園子。そこまでにしときなよ」と救世主の声が聴こえた。


「だって蘭、名前の彼氏の事気にならないの?」
「そりゃあ気になるけど…名前、困ってるじゃない」


流石幼なじみ、というべきか。蘭が来た事によってあっという間に園子の勢いは治まっていった。その時、ホームルームを告げるチャイムが鳴る。園子はまるで捨て台詞のように「放課後、覚悟しときなさいよ!」と言って自分の席に着いた。





ポアロという喫茶店は、気付いたら私達の放課後ルーティーンになりつつあった。此処の店員の安室さんという方が作るハムサンドがとても美味しく、私はその味に落ちた一人である。今日もハムサンドと紅茶を頼むと、いつもと変わらず優しい笑顔で安室さんがテーブルまで持ってきてくれた。


「安室さん、聞いてくださいよ!」
「どうしたんですか?」
「名前が私達に内緒で彼氏を作ってたんです!」
「内緒って…」


園子の恋愛への執着は、もう神レベルだと言っていいだろう。困ったように笑えば安室さんはにこりと笑い「そりゃあ、名前さんはとても可愛らしい方ですからね」なんて言うから、思わず顔が熱くなる。


「しかも、超イケメンだったんです!」
「ホー、それはそれは」
「もう、園子!ごめんなさい、安室さん。こんな話、聞いても楽しくないですよね」


安室さんは仕事中だというのに、こんなくだらない話で足止めしてしまってはいけない。中には安室さん目当てのお客さんもいるのに。それなのに安室さんは「そんなことありませんよ」とまた微笑む。


「そうだ!安室さんは彼女いないんですか?」
「僕ですか?」
「安室さん格好いいし、一人や二人いてもおかしくないじゃないですか!」
「いや、それはおかしいでしょ」


私の言葉に冷静に返したのは蘭だった。安室さんは少し悩んだ後、「僕の恋人は、皆さんもご存知ですよ」と言う。想像していなかった返答に、私と蘭、園子の三人は目をぱちくりさせる。


「では、これで」


そう言い、安室さんはキッチンへと戻って行った。私達三人の間には、何となく言葉にはしづらい空気が流れる。しかしそれを脱するかのように私の携帯が着信を告げる。ディスプレイには『黒羽快斗』の文字。覗き込んだ園子が目を輝かせた。


「何やってんの!早くでなさいよ!」
「静かにしといてね」
「分かってるわよ!」


私の隣で蘭は呆れたように笑っていた。私は通話ボタンをスライドさせる。もしもし、と言えば『あー、もしもし。俺だけど』と聞こえる。


『今日、俺の家に泊まりに来ねぇ?』
「うん、いいよ」
『じゃあ五時半頃に迎えに行くから』


快斗のその言葉で私は壁に掛かっている時計を見る。時刻は四時四十分。今から帰ったとしても間に合わないだろう。「今、友達と喫茶店にいるから五時半は無理かも」と言えば電話越しにため息が聞こえた。


『放課後に遊ぶなとは言わねぇけど、お前も女なんだから気を付けろよ』
「うん、ありがとう」
『駅まで迎えに行くから、電車乗ったら教えて』


そんな会話をして、電話を切る。目の前にはニヤケ顔の園子。「月曜日、覚悟しておきなさいよ。根掘り葉掘り聞くからね」と言われ、受け流すように私は紅茶を一口飲んだ。

五時頃には二人と別れ、私は電車に乗り込んだ。そして忘れず快斗にも連絡しておく。電車は少しばかり混雑していて、息苦しさを感じる。椅子に座り電車に揺られながら、流れていく風景を眺める。外はオレンジ色に染まっていた。

人混みに飲まれながら江古田で降りる。自動改札を過ぎると「名前」優しく私の名前を呼ぶ声が聞こえる。そこには私服姿の快斗がいて、私は駆け寄っていく。


「おかえり」
「快斗!お迎えしてくれてありがとう!」
「愛するお姫様の為なら喜んで」
「何言ってんの」


頭一つ上にある快斗を見上げながら笑う。すると私の手は快斗の大きな掌に包まれる。「さ、帰ろうぜ」と歯を見せて言った快斗に、私は頷いた。


「今夜は寝かさないぜ」
「快斗が先に寝るくせに」


長年の片想い相手が今、私と手を繋ぎ隣を歩く幸せ。その些細なことが嬉しくて、幸せで。繋がる掌はから伝わる快斗の温もりに、心がじんわりと暖かくなっていった。


2018/05/08
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