ダイ大ゆめ | ナノ
 第6話

数年の後、世界は平和になった。
勇者たちの奮闘により魔王は倒され、魔王の邪悪な意思によって狂わされていた魔物たちは正気を取り戻し大人しくなったのだと言う。
勇者はパーティ一行を連れてカール王国へ帰還した。魔王討伐を果たした強者たちの凱旋である。

「勇者アバン!万歳!」
「大魔導士マトリフばんざーい!」
「ロカ様は騎士団の星だ!」
「ブロキーナ老師世界一〜!」
「レイラ様お美しい!結婚してくれ!」
「おい今言ったの誰だロカ様に殺されるぞ」

それでも王都は夜になってもお祭り騒ぎ。外では祝福の声が絶え間なく響いていた。
ロカ様は騎士団には戻らずレイラ様は共に、マトリフ様は未だ戦いの傷跡残るパプニカ王国に請われて相談役に。
ブロキーナ老師は残念だが戦いの最中に病が再発し、療養のためカール王国には来ていないらしい。

アバン様はと言うと、俺と睨み合っている……と言うより、一方的に俺に睨み付けられている。

暫しの間を空け、アバン様は溜息と共に肩を落とす。一挙一動がコミカルなのが流石だ。
アバン様は観念したのか身体をズラし、ずっと後ろに隠していた少年の姿を明らかにした。

灰色がかった銀髪に、肌は白く、瞳は薄い紫と特徴的な色合いだ。
この年頃の子供にしては些か表情が暗く、射るような視線すら感じるのだが、既に整った顔立ちにはまだまだ子供の愛らしさが強い。
緊張しているのか、それとも警戒しているのかは定かではないが、何より寂しげな瞳が印象的だった。

「ええと……この子はヒュンケルです」
「ヒュンケル」

頷いて、頭にそっと刻み込む。

「良い名前ですね。カッコいいし、とても強そうだ」

ヒュンケルと言う名の小さな少年は俺の言葉に僅かに反応したようだった。俺はそっと屈んで彼の顔を覗き込む。

「俺はルウイ。父母を亡くしてから教会で世話になっていたんだ。回復と補助の呪文が得意だよ」

今度こそはっきりと反応を示したヒュンケルの表情は未だ険しいままだが、どこか戸惑いの色を浮かべている。
俺はと言えば、そんな顔をされる意味が良く分からないので首を傾げる他ない。

「それにしても、子供とは」

アバン様がこうして連れてきたことと言い、彼の境遇は俺と近いのかも知れないが、繊細な問題を無理に聞き出そうとは思えない。

「アナタもまだ子供ですよ」
「そういう話をしている訳ではありません。直ぐそうして話をずらそうとする」
「元々おためごかし・・・・・・に乗るような子じゃないですが、暫く会わない内にますますしっかりしてしまいましたねぇ」
「可愛げが無いと仰っても構いませんよ? 騎士団の皆さんにはさんざん可愛がられましたけど」
「あらら」

戦闘経験のある神官が少ないと言うことで、騎士団の魔物討伐任務への随行も多かったのだ。
フローラ姫様ご自身が御身の大事を弁えていらっしゃる上、一度魔王に侵入された事実を省み、周囲を騎士で固めている。
子供に公役を課すのは心苦しいが頼めないかと、ご自分とて年若い少女であるフローラ姫様に言われてしまっては断れまい。俺は十にも満たないが男の子なのだ。かっこつけたいお年頃である。

そこで、自衛手段としての心ばかりの帯剣ーーと言っても短剣だがーーを目敏く見つけた騎士団員たちによって鍛えられたのだ。
当然、嫌がらせや虐めではない。
本来なら守ってくれる者、親を両方亡くした孤児に対する思いやりでもある。
参加させられた訓練は厳しかったが、彼らは暖かく接してくれた。

ともかく、俺はもはや数年前の俺ではない。力も素早さも段違いだし、魔法の腕も磨いた。攻撃呪文だって、初歩のものならもう大抵使えるようになった。
今にも逃げ出そうとしているアバン様を、人が来るまで足止めするくらいなら出来る……筈、なのだ。多分。

魔王を倒した英雄がなぜか普通の宿屋に泊まるという謎の行動。
祝福ムードで警戒の薄い王都から夜逃げのように旅立とうとしていた所に俺の訪問。
隠しきれなかった旅支度を見咎められて今に至る。

「手紙は残してあるのですよ?」

悪びれない声だが、ちょっと眉が下がっている。主張は譲れないが、申し訳ないとは思っている時のアバン様だ。
今度溜息を吐くのは俺のほうだった。

「仕方ありません。俺を従者としてお連れ下さい。その旨、俺も一筆書き添えましょう」
「従者ですか……カール以外では名も売れていない私に必要とは思えませんが……」
「世界は混乱の極みでしたからね。でも余り有名にならないよう、ちょっと狙ってたでしょう?」

アバン様を顔を背けて口笛を吹いた。わざとらしい事をわざとやるのがこの人だ。
確かに一緒に過ごした時間は短かったが、アバン様と共に過ごす時間の密度はとんでもない。彼の個性は圧倒的で、短期間でもこれでもかと詰め込まれる。

「だからと言って英雄アバンをお一人にする訳にもいかぬ、と言うのがカール王国の一臣民である俺の考えです。俺も旅に出たい……と言うのも勿論ありますけど」
「おや、素直ですね」
「練習試合をご覧になった姫様も、これならいつでも冒険の旅に出せる、と言って下さったのですよ」

俄かにアバン様の動きが止まった。

「ルウイ……あの本を?」
「ええ、良い本だと褒めて下さいました。写本を何冊か作って頂いて、書庫に寄贈いたしました」
「そうですか……ええ、あれはとても良い教本ですからね」

アバン様はしみじみと目を細めている。俺はあともう一押しかな、と鼻を鳴らした。
他にアバン様が不安に思うとするならば、俺の実力だろう。

「これでも先月、何でもありの実戦形式で副団長を下したんですよ。まあ、あとは基礎身体能力ステータスです。ある程度は時間が解決してくれますし、訓練を怠らなければそれなりになると思います」
「それはまた……彼らはアナタを一体どうしたかったんでしょうか……」

呆れたように目を丸くしているが、アバン様自身、幼い子供のヒュンケルを連れて旅に出ようとしているではないかと。

「一人でも生きられるようにしたかったのでしょう。皆はアバン様を信じておりましたが、もしもの時を思えば恐れが先に来ます。そんな中で、孤児である俺の為に時間を割いて下さったのです」

戦闘参加可能な人員を増やす、と言う打算が全く無かったとは言わないが。

「魔物はもう随分大人しいですから、さほどの危険はありませんよ」
「自炊や野営の経験もあります。ご迷惑はおかけしません」
「ルウイ……アナタ自身も何を目指してたんです……」
「元神官、今は旅人です」
「気が早い」

私がツッコミ役になる日が来るとは思いませんでした〜〜、などと首を振るアバン様にはまだまだ余裕が見える。
しかしそろそろタイムアップのようだった。

「アバン様はどちらのお部屋にいらっしゃいますかね!あ、俺は騎士団から派遣された者です!」

祭りの雰囲気に酔ったのか普段より元気の良い騎士が、下の階で話をしているのが聞こえる。
アバン様はチラリと此方を見た。

「廊下の左奥、従業員用の倉庫には裏口があります」
「おや、なんて抜け目の無い」
「アバン様も既に確かめてあったのでは? ーーピオリム」

光が俺たちを包むと同時、長話に付き合わされて眉を顰めていたヒュンケルの手を掴む。
ヒュンケルの肩がびくりと跳ねた。

「っ!」
「ごめんヒュンケル。ちょっと急ぐね」
「……平気です」

喋った! と思わず口走りそうになった。何とか堪えたが口元が笑ってしまう。
ムッとこちらを睨む姿がまた可愛らしい。

「よろしくね、ヒュンケル」
「……うん」

こうして駆け出すのが最初の一歩。
俺の旅はここから始まるのだ!



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