オバロゆめ | ナノ
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「……皆、集まったようね」

アルベドが唇を開けば、些か露骨に思えるほど守護者たちの視線が集まった。
当然アルベドにとって居心地は余り良くないが、その程度で物怖じする守護者統括でも無い。
冷たい呼気をゆらりと漂わせながら、コキュートスが周囲を見渡している。

「パンドラズ・アクターガ居ナイヨウダガ」
「彼は宝物殿の管理者。至高の御方の命も無くおいそれと現れはしないさ」
「ナルホド、相違ナイ。トナルト次ニ相見エルノモ何時ニナルカ分カラヌナ」
「いや、それはそう遠くないだろう」
「どうしてでありんすか?」
「モモンガ様は出し惜しみをする気は無いと、そう仰ったからね」

外から素朴な疑問詞を投げかけたシャルティアへ、どこか意味深に返したデミウルゴスの眼鏡がキラリと光った。
ふんふんと頷くアウラの横でマーレがもじもじと指先をる。

「アルク・アルド様は宝物殿に足繁くお通いになってるらしいし、今度会えたらお話聞きたいな……」
「ソレハ良イ案ダ」
「ええ、是非ともお聞きしたいものですね」

程よく場の緊張が解け、それまで静かにやりとりを聞いていたアルベドが唇を開く。

「ではまず現状確認から行きましょう。各員、至高の御方々へのご報告は済んでいて?」
「当然でありんす。第一階層から第三階層まで、ダメージトラップを解除した上で防衛体制は完璧にしてありんすわ。モモンガ様のご希望通り、階層内の巡回もシモベの数を増やしんした」

誰より先に無い胸を……いや、無いようには見えなくなっている胸を張ったのはシャルティアだった。
守護者達がシャルティアの言葉を飲み込むように頷くなか、先に把握済みだったのだろうデミウルゴスが次いで口を開く。

「ナザリック表層の隠蔽は概ね予定通りに終了しました。周辺のダミーを含めて修正と改良を重ねることになっています。斥候もお許しがあれば直ぐに出せるように準備しており、あとはアウラ配下のペット達との連携ですね」
「表層については今後、僕が担当することになりました。何か気付いた事があれば言って下さい! 今のところ、なかなか良い出来だって、モモンガ様にも褒めてもらってます……えへへ」

喜びを噛み締め切れなくなったマーレが嬉しそうにはにかんだ。
それを呆れたような、羨ましいような顔で見ていたアウラが気を取り直して誇らしげに喋り出す。

「こっちは既にペット達を森に放って、巡回させてるよ。それで、デミウルゴス配下のシモベが動く時に上手く連携が取れるようにって言うお二方のご希望があるから、その辺の打ち合わせも。……あと、アルク・アルド様は特にウルフ達がお気に召したみたい」

結局マーレと似た者姉弟だったらしいアウラの頬が、耐え切れなくなったように にへ、と笑み崩れた。
シャルティアのジト目にも気付かない。

「此方モ第九階層ヘ我ガ精鋭タチヲ配備シタ。セバス トノ調整モ滞リナク済ンデイル」
「加えてペストーニャとの連携体制についても問題はありません。また、プレアデスに関しては後に沙汰があるとのことです」
「現段階ではいずれもいい調子だと言って良さそうですね。本題の情報交換はこれで恙なく完了した訳だ。さぁ……アルベド」
「……あの日のことね」

堅物二人が率直かつ簡潔に纏めると、デミウルゴスが ぽん、と手のひらを叩く。
ほんの小さく溜め息を吐いたアルベドが憂いを帯びた眼差しをどこか遠くへ送った。

「あの場には私もプレアデスもおりました。その言に間違いが無いか、その証人となりましょう」

生真面目に言うセバス・チャン。
厳しい言葉とは裏腹に気遣いを感じたアルベドは彼に向かって僅かに微笑んでから、唇を開く。

「あの日……御二方のご様子が気掛かりで、愚かにも許しも得ぬまま、不躾にもお側に近付こうとした私の前へ……瞬きの間にアルク・アルド様が身を滑らせ、立ち塞がったのよ」
「……!」
「余りの速さに、あの紅い瞳の輝きは長るる血潮の如く流線を描き、私を射抜く眼差しによって、この身は今にも凍り付かんとするほどだった」

守護者たちが身を震わせる。
アルク・アルドがモモンガを庇い、守護者へと相対するーー第六階層円形劇場アンフィテアトルムにおいて彼らの考えた通りだったからだ。
尊き美貌に冷たく睥睨される、想像だけでまさに心が凍り付くようだった。

しかし、アルベドは陶然として頬を赤らめる。

「……モモンガ様の横に立てるのはやはり、あの御方しかいない……当然の事なのに、今更ながらに、嗚呼、私は深く実感したわ……!」

けれど、「確かに……」と顔色を回復させる単純なシャルティアや、静かに聞き入るコキュートス、仄かに眉を潜めるデミウルゴスを他所に、アルベドは少しずつトーンダウンして行った。

「そんなアルク・アルド様に警戒されるような振る舞いをしてしまったのが……けして逃れ得ぬ私の咎であることは間違いないわ」
「……お叱りがあったんですか……?」

恐る恐る聞くマーレに、アルベドはそっと首を横に振る。

「いいえ、寧ろ……恐縮にも程があるけれど、逆に謝って下さったくらいよ」
「ええっ、何でよ!?」
「モモンガ様が取り成して下さったの」

至高の御方に謝らせるなどと、そう気炎を上げそうになった守護者たちは一転して なんと慈悲深いことか とほうっと息を吐いた。

「世界の転変……まさにその瞬間であったから、如何に至高の御方と言えど困惑があったと……そう仰っていたけれど」

アルベドはぼんやりとした面持ちで言う。

「あの方はお一人で永くを生きた御方……お優しいアルク・アルド様に要らぬ疑念を持たせてしまったのは……確かに私の責任だわ」
「……」

俯き、暗く重々しい声で懺悔するアルベドに、デミウルゴスが深く息を吐き出した。

「疑念は晴れたよ。僅かにも疑ってすまなかったね、アルベド」
「いいえ、いいえ……」

デミウルゴスが謝罪するも、アルベドは項垂れたまま力無くこうべを振る。
そこに難しい顔をしたアウラが口を挟んだ。

「そもそもデミウルゴスは何を不安視してたわけ? そりゃ、アルベドが失礼な振る舞いはしたみたいだけど……お許しがあったんでしょ? 叛意がどうとか言うから、こっちも驚いたのよ」
「……いや、こちらも不用意でした。些かナーバスに過ぎたとしか言えません」

さも申し訳無さげに柔らかく微笑むデミウルゴスに、アウラの眼つきが鋭くなる。

「誤魔化しは止めてよ。隠し事?」
「そう言うわけではありませんが……」
「いいのよ、デミウルゴス……ありがとう」
「アルベド」
「私が、アルク・アルド様の来歴を知っているから……デミウルゴスも過敏になったのでしょう?」

守護者たちの間に衝撃が走った。

「アルク・アルド様の、来歴……!?」
「ええ……皆にも話しておいたほうが良いのかも知れないわ。デミウルゴス、貴方はどう思うかしら?」
「……良いのではないかな。秘密になさっていた訳では無いはずだ」
「デミウルゴスも知ってたんでありんすか!?」
「恐らくアルベドとは別の断片をね」
「語り部の譜を繋げれば、もっとアルク・アルド様が見えてくるのかも知れないわね」

そしてアルベドは語り出す。
今だけは、彼女こそが至高の来歴を語り継ぐ吟遊詩人バードだ。

「こんな機会でもなければ、こうして語ることも……そうね、唄いましょう。私の知る、尊き至高の御方のお話を」



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