婆娑羅ゆめ | ナノ
 05

父上に無事を喜ばれたのは良いが、その後に何故か褒められた。
刺客を屠った護衛の忍びが言う事には、忍びである自分と殆ど同時に敵に反応したと。
気付けても動けなかったのだから意味は無い、と冷めた頭で考えたが、それを読んだのか父上はもう一度俺を褒めた。

十分だ、立派であったと。

誇れるものがあるとすれば醜く泣き喚かなかった事くらいだが、それもどうだろう。
刺客に命を狙われて泣きもしない子供などおかしいかと思っても涙は出ないのだから仕方がない。


そして、俺はあれから目に見えて大人しくなったが、事件が精神に与えた衝撃が余りに大きかったのだ、と言う理由に落ち着いた。

正直言って、結構堪えている。
もう前世と呼んでも良いだろう、朧げながら前の俺は命を狙われた事なんて無かった。
そして俺は小さな子供。
入り組んだ思考とは裏腹に、この世に生まれてからの人生経験なんざ無いに等しいのである。

刺客が余りにも俺に近かった為に、神条の忍びは確実に急所を狙って殺した。
もちろん情報は引き出せていない。結局のところ、現時点で出来る事は殆ど無いのだった。


そんな折、正室からと届けられた花束。
怪我も病も無いのに見舞いとは……と思っても、すっかり元気を無くした俺への慰めに、と言われれば無下にする事も出来ない。
良き妻、良き母を装う為の演出だろうか。

俺は見舞いの……慰めの品だと言う其れを、形ばかりの感謝を述べて正室付きの侍女から受け取った。
上に被さった薄布の下からわさわさと植物の感触が伝わる。

侍女たちに分けてやれば良いか、おなごなら喜ぶかも知れない。


布を取った瞬間、ぶわり、花粉が舞い上がった。うっかりその花粉を吸ってしまい、咳込むと思えば、急激な酩酊感に膝をつく。

ぐらり、意識が揺れる。視界がブレて、目が霞む。

気付けば倒れ伏したまま、自分の荒い呼吸を聞いていた。

目の前が暗い。
意識が暗い。
身体が重い。
息が苦しい。
暗い。
黒い。

異変に気付いて室に来たのだろう、息を飲むような忍びの気配。俺が取り落とした花に布をかけ直す姿がぼんやり見えた。

「毒花……!」

忍びの声が聞こえた。
なるほど、あれか。あれのせいか。

俺は急に腹立たしい思いが涌いていた。何処か嗜虐的な気分で、何かを力任せに捻り潰してやりたいと思った。
震える手を布を被った塊に乗せようとしたが、腕を伸ばすような力も無い。
暗い視界の中で苛立ちのまま無意味に塊を睨んだ。
こちらに駆け寄ろうとした忍びの足が止まる。

暗い。

「っ、時丸様……!?」

目の前が黒い。

じわりじわり、身体から何かが抜けていくような感覚。何かが身体に巡っていくような感覚。
何やら心地好い。

気付けば俺の手は塊に乗っていて、毒を持つと言う花を布の上から握り潰していた。
やけに気分が良い。
こんなに早く回復するとは、意外にも大した毒では無かったのだろうか。

ゆっくりと起き上がって塊を見遣る。
毒花とは言え、衝動のまま握り潰してしまったのが悪いような気さえしてきていた。
どんな花だったのかまともに見れなかったそれを、何故か見たいような見たくないような。
逡巡しながらも結局慎重に布を外すと、ボロボロに枯れた汚らしい花が見えた。



バタバタと駆け付けた薬師が目を見開いて引き攣った声を上げる。
立ち尽くす忍びは震えながらこちらを見ていた。

俺の目の前は未だ暗い。
黒い闇が俺を覆っていた。



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