# 02 俺が手綱を握り駆ける馬に、音も無く寄り添うようにして並走するのは慣れた気配だ。 無色透明の微風が周囲を踊る。覚えが無ければ気付かないような其れは、俺に危害を加えられた途端、暴風となって吹き荒れるだろう。 「小太郎、疲れないか?」 「(主、)」 「時臣」 いつものやり取りだ。 音にならずとも名を呼ばれたい俺と、何故か恥ずかしそうに口を噤む小太郎。 「(……ときおみ様、疲れた?)」 「まさか」 そしてこの恐るべき身体能力は素早さに特化した忍びならではなのか? ただ小太郎が特別な気がしてならない。 先日、"虎太郎"は風魔頭領"風魔小太郎"を継いだ。 すらりと長い手足に均整の取れた体つき、変わらない赤髪と隠された月瞳。 お互いに無音(小太郎だけだが)の会話にも慣れ、初期のような覚束なさは感じられない。俺が読唇術に強くなったのもあるかも知れないけれど。 「小太郎は馬を使ってないから」 「(乗馬すると、敵への反応速度が遅くなる)」 「嘘だ。小太郎に限って」 「(……少しは、変わる)」 「絶対誤差の範囲内だろう」 多少困ったように目を伏せる(ような仕種をする)小太郎は、風魔と北条の忍び達を束ねる者には見えない。 北条軍を強化する為に風魔から多数の忍びを雇い入れ、正式に忍隊が結成された。 風魔が北条に従う限り、北条は永続的に風魔から忍びを雇う……永続的な主従関係。今や、風魔は北条の庇護下にある。 不安定な乱世の中、風魔は傭兵であることより仕えるべき主に忠節を尽くす事を選んだ。 里の存続、或いは生きる支えの為に。 感情を殺しながらも静かに、心の拠り所を求めてもいたのかも知れない。 久々に見た先代の瞳には確かに、安堵が垣間見えたから。 風魔党、そして北条忍隊を共に長として纏める小太郎が、北条家当主ではなく一家臣の武将である俺を主とするのは異例に思える。 小太郎がただのコタロウであった時から俺の忍びであったとは言えども。 「わしにはそこまで手が回らんわい。若いのに任せるぞい」とは氏政公の弁だ。 氏政公は偉大な先人を崇めながらも本人の実力を正当に評価してくれる。 お陰で北条軍の、血や名誉を尊ぶ性格も一新されつつあった。 幼少から俺を鍛えてくれた指南役が北条の練兵顧問を務める事となり、今の北条軍は一味違う筈だ。 ―――風が変わってきた。そろそろ着く頃だろう。 ぐるぐると廻し続けていた思考を解し、切り換えるように軽く頭を振る。 「信玄公にはお会い出来るのかな、久々に」 「(ときおみ様、会いたい?)」 「どうだろう。会ったら会ったで大変そうだから」 「(……)」 「だろう?」 戦場とは言え、既に邂逅を果たした身だ。 顔見知りと表現する事すら可笑しいかも知れないが、顔を合わせる可能性はけして低くない。 何より氏政公が大喜びで紹介し始めそうなのが恐ろしい。 智将、武田信玄……北条領を騒がす"相模の若獅子"が何者か、解らぬ男では無いだろう。 遂に見えてきた小田原城に、俺は背筋を伸ばした。 |