婆娑羅ゆめ | ナノ
 "小太郎"

「風魔、時臣様をお待たせし剰(あまつさ)え幾日も寝こけるとは何事だ」
「……」
「此方を向け風魔。お前の目に時臣様のご尊顔を映す栄誉をくれてやる訳にはいかない」

細は起きぬけの虎太郎に、お小言にしては激しい文句をぶつけている。
虎太郎が助けを求めるように此方を見ると、間髪入れずに追い撃ちをかけた。

「心配だったのなら素直にそう言えば良いのに」
「時臣様!?」
「……?」

笑い混じりにそう言えば、細は慌てふためき、虎太郎はそうなの?とでも言うように首を傾げる。

「時臣様、何を仰るのですか。そのような事はけして……ええい風魔、何だその目は!」

兜に隠されていない無垢な瞳に見詰められて居た堪れなくなったのか、細がばっと立ち上がる。

「……何か食べるものを用意してきます」
「ああそうか、有り難う細」
「粥くらいなら食えるだろう風魔」
「……」

物言いにか気遣いにか態度にか、なんにしろ多々ある不思議な要素に、虎太郎は何処か戸惑うような素振りを見せる。
細は何を思ったのか、眉を寄せて腕を組んだ。

「無理にでも胃に入れねば体力が戻らないぞ。お前は其れで時臣様の忍びが務まると思うのか」
「虎太郎が元気ないと寂しいとさ。良かったね虎太郎」
「……時臣様……」

細こそ、もう言い返す元気が無いらしい。
仏頂面を少し赤らめてから、とにかく御前を失礼しますと言い残して消えた。
明らかに情がわいてるようにしか見えない。世話焼きさんめ。

さて、と虎太郎に向き直る。

「虎太郎、次から共寝しようか。まぁ横で寝ていたから今更だけどね。私の室だし、此処」
「!?」

虎太郎はきょろきょろと周囲を見回した。まだ本調子でないのだろう。

「頭領殿からの文にね、虎太郎は睡眠が不得手だと」
「(……、すみません)」
「どうして謝るかな」
「(おのれの、ちからを、かしん、しました)」

虎太郎が軽く俯く。

「(ときおみさまの、けはいが、かんじられず、ねむれなかったのです)」
「私の?」
「(はい……)」

しょんぼりと目を伏せると、睫毛が影を作った。

全くこの子は可愛い事を。
俺がいなければ満足に休む事も出来ぬ。
闇に囚われた愛おしい子。

口許に笑みが浮かんだ。
瞬く間に心を埋めていく暗い悦びをごまかすように手を伸ばす。
俺も所詮、闇の者か。

俯いた頭を撫で、指で髪を梳いて感触を楽しんでいると、虎太郎はきょとんと目を丸くした。

「……!!」

目を丸くしていた虎太郎が、次の瞬間ぱっと目を見開く。わたわたと顔や頭を触ったかと思えば、今度は顔色を青くした。

「どうしたの虎太郎」
「(かみ、め……かぶと、と、ずきん……!)」
「大丈夫だよ、私の室に運んでから外したから」
「(でも、ずっと、みられて、)」
「落ち着いて。細も何も言わなかっただろう、気にしてないよ」
「何の話ですか」

片手に盆を持った細が現れると、ぴたり、虎太郎が見事に動きを止めた。
動揺の余り気配を読めなかったらしい虎太郎がぽかんと口を開ける。

「虎太郎の髪と目について?かな」

言えば、盆を卓に置いた細は事もなげにふむ、と呟く。

「珍しい毛色ではありますね。時臣様の美しい黒髪を引き立てる点については評価しますが」
「……!?」
「しかしその目では闇に紛れず難儀するな……それで隠しているのか。まあ良い、冷める前に食べろ」

何と言うか、揺るがないなぁ、細。
やはり表情を変えずに持論を言い切った細に、思わず吹き出しそうになった。


それからと言うもの、虎太郎は兜を付けても頭巾は被らなくなる。
黒尽くめの虎太郎は闇に融けて消えた。そしてそう遠くない未来、紅い髪の忍びは伝説を作る事となるのだ。

"風魔小太郎"

代々継がれし名、最強の代である。



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