婆娑羅ゆめ | ナノ
 12

「いや、まこと面白い話が聞けたのう!」
「それは、良う御座いました……」

散々話を引き出されては否定と訂正、そして事実を吐き出し続けた時臣は色褪せたような姿で力無く頭を垂れた。
時臣の否定を押し退けて、神条の倅は相模の若獅子ぢゃのう!と嬉しそうに褒めちぎった氏政公は本当にご満悦で、年甲斐も無くはしゃぐ笑顔はきらきらと輝かんばかりである。
その浮かれようときたら、途中に何度も挟まれた北条家の偉大なご先祖様の話を大人しく聞いている方がよっぽど気が楽に思えるほどだ。

「もう室に案内させよう。ゆっくり休むと良いぢゃろ」
「……恐れ入ります」
「は、有り難く」

恭しい所作にも関わらず脱力感の拭えない時臣とは対照的に、晴臣は息子を構い倒して満足したのか楽しげに笑った。


振る舞われた夕餉を胃に収め、用意された室で夜を明かした翌日。

「来たがっていた雪臣に土産を買っていってやろうか」

そう上機嫌を引きずったままの晴臣が言う。時臣は目を細めつつも、まぁ土産というのは悪くないな、と肯定した。
そして朝餉を頂いた後、主君であり国主である城主に簡単な挨拶をして出立したのである。
にこにこと笑む氏政公に差し出され、うっかり土産を手に入れてしまいながら……小田原で人気というこの菓子は国主もお気に入りなのだろうか。
ならばと親子顔を合わせ、帰路を急いだ訳なのだが。


渡した土産を手にしてにこりと礼を言った雪臣が、控え目にしょんぼりと眉を下げる。
儚げな仕草に時臣が首を傾げると、雪臣は視線を横に動かした。

「時臣、せめて細殿だけでも連れていってあげれば良かったのでは無いですか。可哀相なくらい心配していましたよ」

時臣が兄の言葉と視線を追えば、その先に控える細が涙目で時臣を見上げていた。
涼しげでいっそ朴念仁じみた顔付きとは程遠い頼りない瞳に、時臣は思わず眉を下げる。

恒常的に襲撃を受ける訳では無いが、コタロウ不在の今は余り屋敷を空けたくない。
勿論傅役を始めとして侍が控えてはいるが、既に初陣で予想外な展開を目の当たりにした時臣は警戒を重ね、万が一の事があれば兄を連れて逃げるように、と細を残したのだ。

「敵国に赴く訳も無し、そう危険な事などないよ」

時臣はまるで呼吸をするように嘘をついてしまった。

細を連れて行かなくて良かったかも知れない。
その場にいれば力量も省みず、時臣を害す可能性を消そうと目を色を変えるだろう
相手は腕利きの軍忍び、更に武田の者……その上、此度は同盟の使者。
火事場の馬鹿力で手傷を負わせてしまってもそれはそれで困る。そうなれば猿飛の自業自得ではあるのだが、けして良いとは言えないだろう。

時臣は微笑んだが、細には安心は与えられなかった。何故なら時臣が笑顔を作って直ぐ故意に、人為的に爆弾が落とされたからである。

「いやしかし武田忍びが現れた時は驚いたな。一体どうなる事かと」

愉快そうに笑う晴臣に、細がぱきりと音を立てて固まった。
ひくり、額に青筋を浮かべた時臣の唇の端が不自然に歪む。

「父上ぇぇぇええ!!!」

時臣は細へ、武田忍びは使者であった事、自分にも父にも怪我が無い事、主君含め全く無事である事を言い聞かせ宥めすかす事に尽力した。
最近こういう事ばかりなのは何故。時臣は歎く。

離れた室で時臣の雄叫びを聞いた母・浄姫は、騒音から抜け出した雪臣が土産の菓子を届けに訪れるまで目を丸くしていたそうな。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -