# 白百合、光の如く 上杉軍の武将、時臣は同盟の使者として奥州に赴いていた。 南蛮語を多用する独眼竜が楽しそうに、更にその右目が仏頂面で目の前にいる。 本題があらかた話がついた後、たわいない戯れのような会話をしていたが、どうやら竜は時臣の婆裟羅について興味を持ったらしい。 「私の持つ婆裟羅は光ですよ」 「ha-n?すかした顔してやがるから婆裟羅者ならiceだと思ったぜ。上杉の部下だしな」 「政宗様!口が過ぎますぞ」 「お気になさらず片倉殿。……ところで伊達殿、"あいす"とは」 「oh……氷だ氷。you see?」 「"ゆうしい"とは」 「ah……もういい」 伊達殿はまだ予言の巫女殿にお会いした事が無いのだな、と氷の婆裟羅を扱う天真爛漫な巫姫を思い出して時臣は目を細める。 もし婆裟羅が性格や性質で決まるものなら、彼女は何だろうか。元気で明るい少女……炎か?風か? 「光は朗らかで暖かいものばかりではありませぬよ。眩ゆい閃光は肌を突き刺し瞳を焼く……痛みを伴って」 そういえば、と光で敵を焼き尽くす毛利の大鏡や輪刀を思い出し……ひっそりと笑う。 挑発されたとでも思ったのか、政宗は形の良い眉と、唇の端を吊り上げた。 「……面白え。やってみな!見せろよ、俺に。お前の力!」 言いながら六爪に手をかける政宗を見て、小十郎が目を剥く。 「政宗様!ご自重めされよ!此度の同盟の使者ですぞ!?」 「力量を計るにゃ、ちょうど良いChanceだろ!逃す手はねぇ!」 小十郎は嬉々とした面持ちで己を制してくる主君に顔を引き攣らせた。 「ご安心を、片倉殿。傷を負わせは致しませぬ」 「神条殿」 「ン?おいおい、こりゃあ舐められてんのか?」 「いいえ。ただ力を見たいが為の手合わせならば、お互い怪我をする必要も無いかと」 時臣は腰に据えた刀の鞘を一撫でして微笑う。 「"死合う"訳ではないでしょう?敵以外を屠りたいとも思いませんし」 「そう言ってられるのは今のうちかも知れないぜ?」 「それは楽しみですね」 横目でちらりと視線をやれば、小十郎は胃を抑えていた。 時臣は、どうも胃の病みそうな方だな、と無責任かつ理不尽に彼を憐れんだ。 ――――――――――――― 「Hell Dragon!」 「光よ!」 政宗が放つ凄まじい雷撃を、時臣は眩い光壁で相殺する。 「Shit!器用な芸当しやがる」 「お褒めに与り恐悦至極に御座ります」 お互いの刀を打ち始めてから暫く経った。 始めはまともに打ち合っていたが、積極的に打ち込んでこない時臣に業を煮やした政宗が途中から婆裟羅技を使い出し、今では婆裟羅合戦だ。 手練れの将による婆裟羅の力が行き交う場に飛び込むほど馬鹿でも命知らずでも無い小十郎の、お小言と言うには厳しく大きなそれも奥州のお殿様は完全に無視している。 常ならば己の片目の声にはもう少し耳を傾ける男と思っていたが、何故か今日は酷く気が乗っているようだった。 時臣はひとつ息を吐くと、刀を持たぬ手で腰から鞘を引き抜いて、二刀流の様相を呈す。 「何だ。まだ何かあるのか?ネタが尽きねえな」 ニヤニヤと笑う政宗はやはり随分と楽しそうだ。そろそろ(殿様の従者の胃が)限界だと思い、止めようとしていたが先ほどからこれでキリが無い。 「見よう見真似ではありますが、試させて頂こうかと」 「見真似?試し?Crazyだぜ……まぁいい、かかって来いよ」 言い終わるとともに向かってきた政宗の重い一撃を刀で受け、片手に掴んだ鞘を下方の死角から振り抜く。 既にその動きを読んでいたのだろう政宗は身体を引いて危なげ無くそれを避わした。 直ぐさま立て直して打ち込んできた政宗の刀を、今度はするり受け流して懐に誘う。 政宗が僅かにバランスを崩した隙を突き、刀を受ける得物を鞘に変える。くるりと素早く逆手に持ち替えた刀の鍔裏で、政宗の手首をしたたかに打った。 「ッ!」 地面に落ちた刀と痺れる手を見て、政宗は目を丸くする。 「さて、得物が無くなったので終了です」 かちん、と小気味よい音を立てて刀を鞘に納めた時臣は、ふと小十郎の方を向く。 「すみません片倉殿。一応、手ぬぐいと、桶に水を用意して頂けますか」 難しい顔で二人を見つめ続け、余りに急な終焉に些かぽかんとしていた小十郎はその声ではっと我に返り、ちょうど廊下を通り掛かった侍女に声をかけた。 ――――――――――――― 「申し訳ありません、加減をし損ねました」 時臣が深々と頭を下げる先には、対照的に頭を抱える小十郎と、濡れた手ぬぐいで赤い手首を冷やしながら、楽しげな顔をしている政宗。 「このくらい大した事ねえよ。痺れただけだ」 「だそうだ。政宗様もこう仰ってる。頭を上げてくれ」 「いえ、判断を誤り、約定を破りましたので……痕をつけてしまいました。当て身の方が良かったでしょうか」 「oh……勘弁してくれ」 それならそれで痣が出来るだろうに……と、思った事を心にしまいながら、小十郎はまた己の胃がキリキリと痛むのを感じた。 (独眼竜とその右目、ペースに引き込むことに成功) |