# 13 父上とともに、客を迎えた室に入れば壮年の男が一人と、若い女が一人。 おかしいな……入ってきた気配とは明らかに人数が合わないんだけど? 舐めやがってふふふ。 「困りますね」 「……如何なさいましたかな?」 「余所の鼠に頭上を彷徨かれるのは好かないな、と」 空気が冷える。父上は心なしか楽しそうだ。 男の笑顔はそのままに、非礼を詫びる謝罪を合図に忍びが一人、降り立った。即座に跪いた忍びを見下ろしてから、言う。 「あと二匹、躾のなっていない鼠がいるようですが」 笑いかけてやれば、冷えた空気は更に凍った。 最初からいたくノ一だろう女も含め、計四人の忍びが相当に居心地の悪そうな顔で控えている。 そして俺の横で笑いそうになっている父上。 「神条家当主、神条晴臣だ」 「神条家当主晴臣が息、時丸に御座ります」 「……風魔が長、風魔小太郎と申します」 頭領は、笑顔は完璧だが気配が引き攣っている。 「恐れながら、単刀直入に申し上げます。子供を引き渡して頂きたい」 「さて。某は息子を襲った賊を捕らえたのみですな」 「……皆まで言わせるおつもりでしょうか」 「ふむ?この件については時丸に一任してあるからな」 明らかに、はぁ?子供に?と言う顔をされた。 二人の視線を受けて、微笑む。 「そうですね。まさか、そう簡単にお返しするとお思いですか」 ぴくり、頭領じゃないが、忍びの一人の気配が揺れた。 「どういう意味ですかね」 「そのままの意に御座りまするが」 にこ。 にこ。 大した言葉選びもしてないので舌戦ではないが確実に笑顔合戦ではある。 「……こちらとしては構わないのですよ」 ほう、こっちはいつでも殺せるんだよ、調子乗ってんじゃねーぞ、って感じか。 まだ両手で足りる年頃の子供を相手になかなか鬼畜な脅しだ。 確かに外の兵が駆け付けるまでに数人殺して逃げるくらいの技量は有りそうだ。 頭領と、応戦する父上から溢れる殺気に肌がピリピリする。更に父上は目が据わっている。 しかし、たかが子供の安い挑発にここまで反応が良いとは思わなかった。 回収した上でいきさつを知る者を上手く口封じ出来れば里の信用も安泰、殺さずとも脅しで黙らせられれば儲けもの、とか? もしもそうなら随分と安易と言うか、それ博打じゃないか風魔。 任務に失敗して対象に捕まった、なんて。そんな失態が知れればもう使えないんじゃないかと思うが、あの歳であの実力は惜しいと見た。 下手すりゃ次期頭領候補だったりして……これはオイシイ。 くすりと笑んでから纏う闇を色濃くしてみせれば、顔色を変える鬼畜共。 「鼠が寝首を掻きに来たのなら"頂きます"よ」 室中に根を張るように張り巡らされた細い細い黒色の糸。 わざとらしく挑発しながら気を逸らし、少しずつ少しずつ絡みつかせた闇。 俺の周囲は俺の世界だ。 気付いた所で容赦無く黒を増やし、身体を縛り付け、ぞわぞわと闇を蠢かせる。 攻撃されても止められるが、まだ演出が必要だ。 「ッ!」 恐怖体験は苦手なのか、忍びの一人が怯む。そういうの期待してたよ。恐怖は伝染するものだ。 さぁお返しにもう少し脅すかと目を細めると、ゆっくりと力が流れ込んでくる。 俺の婆裟羅は万物の命を吸い取る闇。悍ましく愛しい俺の闇。 身体から失われるものに気付いたのか、目を見開いた風魔忍び達が息を飲んだ。 まるで蜘蛛の巣にかかったようだ。搦め捕られて喰われるのを待つ可哀相な羽虫。 流石に蝶々には見えない。俺は蜘蛛でも構わないけれど。 父上は興味深そうに婆裟羅を眺めて、にやりと唇の端を吊り上げた。 「っ、お待ちを……」 ああ楽しい。この力を使う度に胸を埋める高揚感にうっとりしていると、今度こそ頭領の顔が引き攣った。 舌なめずりでもしたらもっと怯むかな、しないけど。 「私、"私を殺そうとした方"を知りたいんです」 「そっ……、そんな事は……!」 「分かってます」 教えられない、と言うのだろう。それはそうだが、この状況では言い切るのも怖かろう。 にっこり、変わらずに笑顔を向けるが、これも恐怖の一端だろうか。 「ですからね、あの子は以前より私が雇っていたと言う事にしませんか」 「は……?」 「あの子は"私の暗殺依頼を受けた忍び"を消し、"私の為に証拠を手に入れてきてくれた"んです」 勿論、実際に依頼を受けたのはあの子だし、代わりに消された者なんて存在しない。 「ね、お分かりでしょう?」 「……」 正に唖然。 欲しい証拠の内容は事実であれ、作り話を許容して共犯になれと言うのだから正気の沙汰じゃあない。 「私の望み通り見事に証拠を掴んだ優秀な忍びを雇い上げたいんですよ」 しかしまぁ、何にしろ無理やり臭は如何ともしがたいが、お互いに関係者を軒並み消すよりは現実味があると思う。 俺はやはり笑顔で訴えかける。 なぁ平和的な解決だろう、そうだろう?……という意味を込めて。 「ねえ」 さっと表情を消した頭領と見つめ合う。 頭領の背後に控える風魔の忍び達は最早、恐怖の余りか先ほどから微動だにしない。 父上は正に悪役の真髄と言って良い壮絶な笑みになっている。実際は笑い出しそうなのを堪えているようだが。 「あの忍びは私の……ですよね」 生きて帰りたいだろう? 俺の副音声が通じたのか、交渉は無事に成立した。 |