# 箱庭のおとこ 「神条時臣は死んだ」 切縁から長閑な中庭を眺め乍ら、辛うじて言葉になったような、殆ど息のような音で小さく呟く。 安全に囲まれ、俺の好きな花が咲き、池には美しい鯉のいる庭。 吉継が箱庭と称したこの屋敷は、世間的には死んだことになっている世紀の裏切り者の為に用意されたものだった。 更に時臣の移動できる範囲は屋敷の内側ーー中庭に面した場所だけ。要は、吉継の思惑通りに死に損なった俺の為の、やはり文字通り箱庭だ。 今の俺はもう神条時臣ではなく、ただの時臣だった。 家を見限る時には既に神条の名など飾りに過ぎぬものではあったが、改めて実感すると感慨深く感じないこともない。 「時臣……今日は何をして過ごしたのだ」 「そうだなぁ、のんびり庭を眺めていたよ。池の鯉に餌をやって……」 甘えるような肩の重みの先に、俺の腕は無い。残された片腕の慣れぬ動きで銀糸を撫ぜる。 三成を裏切ったと言う"俺の利き腕"は斬り落とされ、愛用の刀は真っ二つに折られた上で神条時臣の墓場に刺さっているそうだ。 罪を洗い流した後に残った唯の時臣は、裏切りの残滓ですら無い。 「時臣、家康を殺さなくてはならない」 「そうだね」 家康は俺がこの手で殺した。 三成のなかに家康を残したくなかったから。家康が俺の友でもあったから、と言う理由は、余りに調子が良くて考えたくは無い。 「彼奴は秀吉様を殺した……時臣を連れて行こうとした……」 「……俺は、」 唇を開くが、ざらりと声が掠れた。 神条時臣として返事をするべきか、時臣として返事をするべきか、未だに迷うのだ。 普段は昔のままに振る舞うと言う三成の、此処に足を踏み入れた途端に様子を変え、何処か壊れてしまったような危うさを恐れている。 「"俺"は此処にいるよ、三成」 「嗚呼、そうだ、"時臣"……お前は此処にいる」 隠れた月よりも仄暗い微笑みだ。 余りにも覚束無い均衡をそれでも保ちつつ、後は吉継の差配で万事恙無く回ってゆく。 「泣くな、時臣……家康は私が殺してやる」 「うん」 いいや三成、俺は笑っているんだ。 此処は、なんて優しい箱庭だろうか。 |