婆娑羅ゆめ | ナノ
 恋の病という奴です

優しい瞳、涼しげな目元、知的な口許、柔らかな髪、健康的な肌、長く美しい手足に穏やかな声。
政宗とはまた方向性の違う、何処からどう見ても完璧な時臣はいつも通りの笑顔で、辛辣な言葉を吐き出すのだ。

「救いようのない馬鹿女だけど装飾品としてならそう悪くない」

何であんなのと付き合ってんだ? 嫉妬心からそんなことを聞いたのが不味かった。後悔先に立たずとはよく言ったものである。
政宗は平常心を保とうと、今にもひきつりそうな頬を固めた。にやりと口角を歪めるのを、いつものように出来たのか些か不安ではあったが、鏡で確かめる訳にもいかない。

「……粗末で安っぽいaccessaryだな」
「そう言うなよ。好みは人それぞれだろ」
「そんなに気に入っていると思わなかったがな」
「うーん。惰性で連れているのをお気に入りと呼んで良いのなら、そうなのかも」
「……なるほど」
「無理すんなよ政宗、お前はそういう奴じゃないって知ってる」

くすり、悪戯っぽい笑みを浮かべる時臣はどうしたって爽やかな好青年にしか見えない。
その後、数分で心変わりしたのかそれともただの軽口だったのか、先程まで話題にいた女を捨てる算段について話し始めたとしても、だ。




「さて、そんな時臣くんに政宗くんが言われたこととはー?」

へらり。時臣とは質の違い過ぎる笑顔。
政宗は苦々しい思いで佐助の笑みを一瞥し似合わない溜め息をついた。視線を逸らして肘をつき、珍しく歯切れ悪く、もごもごと口を動かす。

「『政宗は上等過ぎて服に着られてる、みたいな事になりそうだから却下だなぁ』……」
「うわ、何だそりゃあ」
「褒められてんのか貶されてんのかわかんねぇ……」
「時臣くん的には超褒めてるよ。最大級じゃない?」
「嬉しくねーよ……拒否られてんだろこれ」

おっめでとー、と茶化す佐助に、政宗は頭を抱えて唸った。普段から身形に気を使っている政宗には珍しく、髪のセットが崩れるのも御構い無しだ。

「いや……そんな事言う奴止めとけって……」

見下ろす元親が遠慮しつつ、少々言い辛そうに口を開くと、言い辛いなら言うなとばかりに政宗が吠える。
出た、暴れ竜。呟くのは佐助だ。

「うるせえ!時臣は良い男なんだよ!」
「恋人をアクセ感覚で考える奴のどこが良いんだ?」
「チカちゃんは喋った事無いしねー」
「いやまぁ、それはそうだけどよ」

よく知らねぇ奴のこと悪く言うのは性に合わねぇが、幾らなんでも……そう言い募る元親に、佐助は苦笑するしか無い。

「実際そんな事言うとは思えないくらい感じ良いんだって」
「仲良い奴にしか言わねーんだよ!」
「……仲良くなれたのにそんな奴だったのか……」
「そして千年の夢から覚めたくない政宗くん」

憐れなり独眼竜。我らがクラスの暴れ竜とて人の子であったか。
二人の視線は生温く、そして何処か遠い。

「Shut up!!! 一度好きになっちまったらそう簡単に嫌いにゃなれねーもんだろうが!」
「恋は盲目って言うしねえ」
「見えてなさすぎるだろ」
「聞けよ!!」





騒がしい教室の入り口、その死角に時臣はいた。声をかけるタイミングを失って、立ち尽くす――と言うよりも、興味深く其処にいた。

政宗はまだ俺のことが好きらしい。
こんなに嫌な奴のことを。不思議だ。

時臣はひとり首を傾げてから、漸く騒ぎが収まった教室へと一歩踏み込んだ。別に何も聞いていないよ。そんな顔で微笑んで。笑顔も知らんふりも彼の得意分野である。

「政宗まだいる?」
「ha……!? 時臣ッ」
「いた」

嬉しそうににっこり笑えば、政宗は一瞬息を詰める。
時臣に群がる他の者達のように顔を赤らめて無様に擦り寄ってくるような事は無いが、其れが好ましかったし、そもそも、政宗のような完璧に整った容貌ならば見苦しくないどころか絵になるような気さえするし、そうされたとしても疎ましくは思わないだろう、とも時臣は考えていた。

「帰ろ。 あ、てか佐助くん達も帰ろうよ」
「Ahー……こいつらはまだ用事があってな。俺は帰るが」
「な、」
「うんうん、またねー」

勝手に何だと元親が口を開けた途端、佐助は其れを遮るように手を振った。彼は随分と空気が読めるようで、不満げな元親には目もくれずに政宗とアイコンタクトをとっている。

「そっか。じゃあ政宗貰ってくね」
「!」

もう一度、政宗はやはり一瞬だけ動きを止めて、時臣から軽く目を逸らしながら何事も無かったように鞄を手に取った。
やはり時臣の思った通り、仄かに緩んだ口許も、微かに赤らんだ頬も、時臣を不快にさせることはない。寧ろ、好ましく思えるほどだ。何故だろうか。
時臣は、"特別な人間である政宗"にとって"特別な人間"であると言うことは、"時臣も同じように特別な人間"であるような気がするからだろうか、と訳のわからないことを長々しく考えてみたが、考えている内に政宗が此方を見て「帰んねーのか」と笑ったのでどうでもよくなった。

時臣は政宗が好きだ。派手な男前で、洒落ていて、懐が深くて、自分とは正反対のイイ奴で、時臣にとって好ましい事ばかりだ。
時臣の内面は実際のところ非常に卑屈で、自分の性格の悪さを嫌と言うほど自覚している。自覚しているが、治らないし治す方法が分からないのでそうそうに諦めた。
表面的に取り繕う処世術だけは得たので一見問題は無いのだが、どうしても、政宗のように綺麗な考え方が出来ない。時臣は自分の性根が腐って染み付いているのだと考えている。

政宗、政宗、俺って嫌な奴でしょう? お前みたいなイイ奴に好かれていて良いような人間じゃないよ。

そんな"嫌な奴"が、本当に好きな相手には既にもう優しく出来ていて、だから政宗は時臣に恋をして。だからこそ政宗が時臣を嫌いになれないだなんて、時臣は全く気付いていない。
まだ政宗に好かれているという事実に安堵と喜びを感じ、今も一等美しい微笑みを浮かべていることも、その表情に政宗が目を奪われていることも、佐助達が呆気に取られていることも。
今はまだ、何も。



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