「…は?」

目の前には身長の高い無駄に綺麗な黒髪を散らばせすうすうと寝息をたてる見知らぬ男。
誰だ誰だ誰だ。それより何より愛しの可愛いユリコは何処へ行った。
昨日は実習が入りユリコやサチコの手入れが出来なかったから今日は二倍してやろうと張り切って来たのに肝心のユリコが居ない。私は絶対に此処にユリコを置いて行ったのに。ま、まさかコイツがユリコを…?

「…ん、」

ゆっくりと瞳を開けるソイツを見て、何故かユリコを連想してしまう。…いやいや、ユリコはこんな男じゃない。そもそもユリコは火器だ。其れにユリコが人間ならきっと華奢で美しい可憐な少女な筈だ。
普段なら男を束縛してユリコの場所を吐かせるなり学園長に知らせるなりするのだが何故か動けない。
どくどくと心臓が五月蝿いくらいに脈打つ。

「…あれ、なんで俺人間なってんだ?」

男は吃驚したように起き上がり手を見て不思議そうに声を出す。
人間になっている?まるで人間じゃないみたいな口振りじゃないか。

「…あ、三木ヱ門じゃん。」
「…!」

僕に視線を向けた男は嬉しそうに目を細めた。
どきどきどきどき、心臓が五月蝿い。
喉がからからに乾いて上手く口が開けずパクパクと鯉みたいに口の開閉を繰り返して、やっと出た言葉は自分でも意識していなくて、予想外としか言いようがない言葉だった。

「ゆ、ユリコ?」

違う違う違う、私は何を言っているんだ。ユリコは人間ではないだろう。
だからそうだ、目の前で嬉しそうな笑顔を浮かべる男なんて見ていないし況してはユリコみたいだなんて思わない。

「なぁ三木ヱ門。」
「な、なんだよ。」

男は首を傾げながら私に声をかける。
待て、何故普通に返事しているんだ。早く捕らえてユリコの場所を吐かせて学園長に差し出さなければいけないだろう。

「なんで俺人間になってんだ?」
俺は心底不思議そうに言う。私に聞くな。其れに人間になっているって、意味が判らない。
動物や無機質なものが人間になるだなんてあり得ない。
ヘムヘムみたいな忍犬も普通は有り得ないだろうが人間になるだなんて絶対絶対絶対、有り得ない。
「お前誰だよ。」
「……え、ユリコに決まってんだろ。」

やっと出てきた言葉に対しての返答に目の前がくらりとした。
え、コイツ頭大丈夫か?何回も言うがユリコが人間になる筈はない。
当たり前だろ、みたいな顔されても困るんだが。

「てか、驚かないだな。」
「は?」

自称ユリコはけらけらと笑いながら言葉を紡ぐ。
驚かない?何を言っている。驚かないわけがないだろう。驚き過ぎてどうすればいいか判らないだけばバカ。
眉間に皺を寄せて自称ユリコを見る。見れば見るほどユリコを思い出してしまう。意味が判らない。
「…ユリコは何処だ。」

少しだけ震える声。
こんなの滝夜叉丸に見られたら腹を抱えて笑われるに違いない。

「だーかーらー、俺がユリコだってば。」
「ユリコは可愛い女の子だ!」
「女だなんて証拠何処にあんだよ!」
「そ、それは…!」
「俺は男なんだよ!」

自称ユリコは目付きを鋭くさせ僕を睨むように見遣る。
表情は何処か必死なようで、胸が苦しくなった。
何でだよ、ユリコは女の子なんだよ。…自分でも薄々判っている。ユリコが女の子だなんて証拠は無いし、この自称ユリコは本当にユリコだって事を。
ユリコは僕の大切な子だ。自分の子くらい判っていなきゃ名前なんて付けれない。
自称ユリコの雰囲気というか何というか、よく判らないが自称ユリコはユリコだ。
お伽噺みたいだし、信じたくはないけど、此れは現実なんだ。

「…本当なんだよ、」

自称ユリコ…、いや、ユリコは顔を悔しそうに、悲しそうに歪めながら小さく呟く。
胸が痛い。見知らぬ男の姿とはいえ、ユリコはユリコに変わりはない。


「…あぁ、お前はユリコだよ。」


ああ、もう、どうしよう。



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