「…ユリコ?」
ふと、違和感を感じた。
授業中だと云うのに意識は完全に違う方向へ向かっている。
どうしたんだ、私らしくない。
普段ならば滝夜叉丸に負けたくない、と必死に聞いていた筈の科目なのに、内容が全く入って来ない。
どくどくと心臓が嫌な音を発てる。
早く、早くユリコに会いに行かなければならない気がする。
ああ、何でこんな時に限って授業が長いんだ。





「…─ユリコ!」
スパン、と音を発てて開いた襖。
僅かに切れた息を整えながら部屋を見渡せば普段居る筈の姿は無く再び心臓がどくりと嫌な音を発てる。
部屋の隅々を見るが、ユリコは居ない。
何時も使っていた髪紐が畳に落ちていて、ユリコが愛用していた小松田さんから貰ったと云う扇子が寂しく机に置かれていた。
「…っ!」
まさか、まさか誰かに拐われたのか?
タソガレドキの忍組頭雑渡昆奈門か?タソガレドキ城城主黄昏甚兵衛が興味半分でユリコを連れて来いと言ったのか?併し、タソガレドキ城は今合戦中だから、武力も無いユリコを連れ去るなんて無駄な事はしない筈だ。
ならばオーマガトキ?否、其れは有り得ないか。
抑、ユリコの情報自体学園が出回らぬ様手を回しているから、ユリコがタソガレドキ城以外から狙われるなんて無に等しい。
タソガレドキがユリコの事情を知っているのは察して戴きたい。
「タカ丸さん!」
「ん?どうしたの?」
「ユリコを、ユリコを知りませんか?」
部屋を後にして、走り回った先に見つけたタカ丸さんに声を掛ければタカ丸さんは首を傾げ「知らないよー、」と言った。
「…ユリコが、居ないんです。」
「えぇ!?」
吃驚した様に目を見開くタカ丸さんにユリコを探すのを手伝って欲しいと頼めば、タカ丸さんは表情を引き締め快諾しとくれた。
その後も喜八郎や一年坊主、かなり癪だが滝夜叉丸、鉢屋先輩等にも声を掛けた。
いつの間にか学園にユリコが消えたと云う事が広まり、空が茜色になる迄時間が有る生徒や教員方がユリコを探したが、ユリコは一向に姿を見せず、皆次第に探すのを止め始めた。
「ねぇ、三木ヱ門、サチコたちを保管している場所は?」
喜八郎の言葉にはっ、と息を呑む。
そうだ、彼処はまだ探していないじゃないか。
走ってサチコたちを保管している倉庫に向かえば、小さく戸が開いており、ゆっくりと其れを広げる。
「…──、」
ひゅう、と喉が鳴った。
あの日ユリコを置いて、あの日「ユリコ」と出会った場所に、昔と変わらぬ姿形のユリコが静かに在った。
ユリコに触れると昨日感じた体温なんて感じなくて、柔らかい肌なんてなくて、私を見て微笑む瞳なんてなくて、昔と変わらぬ、火器としてのユリコだった。
ひんやりとした無機質な感覚は懐かしくて、愛しくて、切なかった。
「ユリコ…っ!」
何にも言わず、消えちゃうだなんて酷いじゃないか。
せめて、せめて、何か一言でも言ってくれればよかったのに…!
頬に涙が伝う。
一度溢れた涙は止める術を知らずに、ぼたぼたと地面に黒い染みを作っていく。


───嗚咽。


せめてもう一度だけ会いたい。










ユリコが消えて早数ヶ月。
最初こそ落ち込んでいた一年坊主たちも段々気持ちを切り替え、今やユリコなんて最初から居なかったのではないかと思う程以前と変わらぬ日々を過ごしている。
私はと云うと、今日も今日とてユリコやサチコの散歩をしている。
確かに、ユリコが居なくなったのは悲しいが、火器としてのユリコは私の側に居るし、何時までもぐずぐずと泣いている訳にはいかない。
ならば以前より増してユリコたちを手入れして、可愛がってやろうじゃないか、と決めたのだ。
ユリコを撫でて今日あった事を軽く話す。
返事なんて無いけど、ユリコに話し掛けてやるのは最早日課なのだ。
「…ねぇ、田村くん。」
隣で私とユリコを見ていたタカ丸さんが小さく言葉を紡ぐ。
「ユリコくんにね、田村くんをどう思っているか聞いたことがあるんだ。」
タカ丸さんは優しく柔らかい笑顔を浮かべながら私を見る。
「      って言ってたよ。」
「…っ!」
可笑しいな、悲しくなんかないのに、ぽろぽろと涙が溢れる。
泣かないと決めたのに、早くも決まりを破ってしまった。
全部タカ丸さんのせいじゃないか。
「っ、やだなぁ、私だって同じに決まってるじゃないか。」
滲んで綺麗に見えないユリコに向かって言葉を紡ぐ。
震えて裏返った声には、確かな愛しさが在った。







さあ、今日も散歩に行こうか。



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