「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!」
「…我が儘言わないでよ三郎。」
「嫌だ!あんな女のところに行ったらダメなんだ!」
「……はぁ。」

わんわんとまるで赤子のように泣きわめく三郎に目を遣ると涙でいっぱいになり真っ赤になった瞳で行くな行くなと再び泣く。
かれこれ二時間はこうしているような気がして、無意識に重い溜め息が出た。
普段三郎はにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて生徒を揶揄したり雷蔵からボコられたりとまあこんな様子は無いのだが、我慢の限界がきたり俺がくのたまの話したりすると毎度こうなる。
最初は嫉妬してくれるのが可愛らしくて其れなりに嬉しかったのだが最近は正直ウザい事この上無い。
こんなにわんわん泣かれて慰めるのも簡単ではないし、三郎は一度拗ねるとかなり面倒だから更に慰めるのが大変だ。一度放置したら雷蔵からボコされたから放置なんてことは出来ない。(何だかんだ言って雷蔵は三郎を大切に思っているから厄介なのだ。)

「なぁ三郎、私はこれから学園長のおつかいなんだ。離しておくれよ。」
「嫌だ嫌だ嫌だッ!なまえは私より学園長のおつかいを取るのか!?」
「そういう問題じゃなくて、」
「じゃあどういう問題なんだ!」
「…はぁ。」

先程の溜め息とは少し違い、呆れを含んだ溜め息を吐けば三郎の肩わ大袈裟な程にびくりと震え雷蔵を模したその瞳には怯えや言い知れぬ恐怖に染められていた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。なまえに迷惑かけてごめんなさい。もう我が儘言わないから嫌わないでくださいお願いします。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」

只管に謝り続ける三郎に聞こえないように小さく溜め息を吐いて虚ろに歪む三郎の瞳と視線を合わせれば三郎はくしゃりと雷蔵の可愛らしい顔を歪め嗚咽を溢しながらじっと私を見る。
顔から出るもんを全部出しながら泣く三郎はお世辞にも雷蔵と双忍と言われているとは思えなくて、剥がれかけた顔を撫でながら小さくくすりと笑いかければ三郎は私から視線を外すことなくじっと涙で真っ赤になった瞳を向ける。

「ねぇ三郎、何がそんなに嫌なんだい?今まではお使いくらいの間くらいお利口に待っていられただろ?」
「………。」
「生憎私は特集能力なんて大それたものは持っていないから三郎が何を考えているかなんてわからないゃ。」
「……っ!」
「だんまりじゃ何が言いたいのかわからない。ねぇ三郎、君には口はないのかい?これはただのお飾りだったのかい?」
「ちが、う…っ!」
「ゆっくりでいいんだ。理由を話してくれないか?」

こくりと頷いた三郎の頭を優しく撫でると三郎はずずっと鼻を啜りゆっくりと口を開いた。

「…なまえが、なまえがあの女を好きになってしまうのが嫌だ。なまえは私の恋人なんだ。」
「…そうか。」
「あの女は変な妖術を使う。だから六年のあの人は別れてしまった。私はそんなの嫌だ。なまえと離れるなんて嫌だ。私はなまえが居ないと息も出来ないんだ。雷蔵や八左ヱ門に兵助と勘右衛門、なまえが居なければ私の世界は完成しない。兵助と八左ヱ門はあの女を好きになってしまった。雷蔵は私を置いてきぼりにしてしまった。勘右衛門は私を知らんぷりする。嫌だ嫌だ嫌だ。なまえまでもが私を置いてきぼりにしてしまったら私はどうすればいいんだ?息が出来ない、目を開けれない、生きる意味がわからない。なぁなまえ、私ちゃんといい子にするから置いてきぼりにしないでおくれよ。なまえが嫌だと言うなら雷蔵の顔も借りないし、下級生を揶揄したりしない。授業だってちゃんと受けるしなまえ以外にはもう誰にも合わない。お願いなまえ私を置いてきぼりにしないで。」

ぼだぼたと再び溢れる涙は三郎の雷蔵を模した頬を濡らし、伝って落ちた滴は私の装束に黒い染みを作る。三郎は酷く寂しがりで三年の某後輩のように妄想癖があると云う少々厄介な性なのを不図思い出した。
一応言っておくが私と三郎は恋仲等ではない。…否、私がそう言っても雷蔵たちは私たちを恋仲だと思っているから手遅れなのかもしれない。私は押しに弱い性なのである。日本人とは悲しき者よ。

「そうか。大丈夫さ三郎。私は三郎を置いてきぼりになんてしないから、安心して。」
「…本当に?」
「私が信用ならないか?」
「そんな事は無い。なまえは何時だって私の味方で、何時も私の側に居てくれる絶対的存在だ。なまえは私の全てなんだ。なまえを疑うなんて死んでもしないよ。」
「ならば、安心してよ。」
「…うん、我が儘言ってごめんなさい。」

謝罪を口にする三郎の頬を撫でれば何処か期待するように視線を寄越したあとにゆっくりと瞳を閉じ、顔を近付けて来たので、小さく笑い三郎の唇に自身の唇を合わせれば三郎は甘い声を上げる。
唇を離し三郎の細く長い指に指を絡ませ口を付けてやれば更に嬉しそうに笑うものだから、私も三郎に絆されていたのだろうかと小さく笑った。

「ねぇなまえ、私はなまえが一等大切だからな。もし私がなまえ以外を好きになってしまいそうになったらなまえが私を殺しておくれよ。私はなまえを好きなまま死にたい。まぁ、私がなまえ以外に心を奪われることなんてないのだけれどな。」
「ああ、わかった。」

三郎はふわふわと甘い笑顔で言葉を続ける。
よくこんなに長い台詞を噛まずにすらすらと言えるものだと感心しつつ半分以上を流す。罪悪感等は感じない。三郎の話は長いからあまり好きじゃあないんだ。

「……、」

別に天女サマはどうでもよかったのだが、私のそこそこ平穏な日々を奪ったのはあの天女サマのせいである可能性が高いので取り敢えず天女サマを殺してしまおうと思う。
怨むなら自分の美しさを怨んでくださいね天女サマ。





この手が君を離さないように




「別に天女サマは嫌いじゃあないよ?」
「…っ、なん、で…?」
「敢えて言うなら、邪魔、唯それだけです。」
「ぅあ…っ!!」
「すいませんね天女サマ。自称恋人は妬き易い性格なのでね、私が天女サマに触れる可能性が零ではないことが気に食わないようなのです。」

ぐちゃぐちゃぽいっ。
もう綺麗で美しい天女サマは居ません。
綺麗なタコ壺はもう汚いし、そのなかにも汚いぐちゃぐちゃの生ゴミしかありません。
鼻が曲がりそうな匂いも何とかしなければなりません。
面倒事が増えたと云うことに溜め息を吐きましたが自称恋人を落ち着かせるためにはまあ仕方ないでしょう。

美しい美しい天女サマ。
もし来世があるなら、来世は頑張ってくださいね




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