短編 | ナノ
「きよたか、くん?」
こぼれた言葉がやけに震えていて、今すぐに彼の存在を確かめたくなった。
どくりどくりと、心臓が大きく脈を打つ。首筋から落ちた汗が不快だ。
数時間前まで一緒にいて、携帯のメール履歴には日付を越えた頃に一通彼からメールが来ている。存在を確かめるもなにもないのだけれど、何故か今すぐに彼の熱に触れたくなったのだ。
Gロックで表示される時刻は午前三時二十八分。
実家暮らし故にこんな時間に会いに行くだなんて彼の家族にも迷惑がかかってしまうために、憚かられる。
ベッドから抜けてカーテンを開けると、くらりと目眩がしてその場に踞る。ぐらりぐらりと世界が揺れているようだ。眼球を抉られて、眼窩に大きななにかを詰められるような。そんな不快感に吐き気さえ催す。
その場から動くことも出来ずに、不快感を和らげようと深呼吸をしていれば漸く不快感は引き、瞼を持ち上げる。
窓から差し込む光に違和感を覚え立ち上がると、窓から見えるのは街頭の人工的な光だけ。
まるでなにかを溶かすようなそれはどこにもなくて、息を詰めた。
「とりあえず隣にいてよ」
朝露が気温を下げているのか、半袖では肌寒く僅かに震える。 開門されたばかりの校門を走り抜けて目的の場所へと急ぐ。
息が上がっていくのがわかるが、不思議と苦しくはなくて、ただ急がなくてはならないと云うことだけが思考を埋めて脱いだ靴を乱雑に下駄箱に押し込み教室に向かうことなく、一直線に階段を上る。
休むことなく足を動かしていれば、漸く目的の場所まで辿り着いて、呼吸を整える間もなく、震える手で扉を開く。
ぶわりと冷たい風が頬を撫でて、視界を妨げるように朝日が差す。
「…きよたか、くん?」
フェンスの直ぐ其所にある見慣れた白い学ランを視界に入れたときに、背筋に冷や汗が落ちた。
覚束無い足取りで彼に近寄れば、彼は見たこともないような穏やかな表情で景色を眺めていて、その横顔が知らない人のようで、それでいて消えてしまいそうで、無意識に彼の腕を掴んだ。
「ね、なんでこんな所にいるの?見回りは?て云うか、早く、ない?いつもより、随分早いね?ね?寒いよ?早く、校内に行こう?風邪ひいちゃうよ?」
焦燥したように、一度開いた口は閉じることは出来ずに震える声で言葉を紡ぐ。
その度に彼の腕を掴む手に力が込められていって、まるで彼が消えてしまあわないように、繋ぎ止めているように。
「ねえ、清多夏くん!なんとか言ってよ!」
そんな穏やかに笑う人じゃないよ、そんな表情、知らないよ。
「…すまない」
そう言って泣きそうに微笑んだ彼を引き留める術なんて、持ち合わせていなかった。
「朝焼けに溶ける」
吐き出した息は震えていて、頬に伝う涙を拭う気力さえなくて、ずるずるとその場に崩れ落ち、彼が溶けたその場所で嗚咽する。
確かに彼はそこに居て、否、彼ではない彼はたった今までそこに存在していたのに、朝露のように消えてしまって。
「…なまえくん?」
聞きなれた、心地好い声が鼓膜を揺らした。
鼻を啜りながら振り返ればそこには彼がいて、自身の頬を濡らす涙を見るなり焦ったような、それでいて怒ったような表情をして足早にそばに寄ってくる。
肩に触れる体温と言葉を紡ぐ度に震える空気が、彼の存在を確かにしていて、また涙が溢れだした。
「それもまた君のいちぶ」
《補足》
消えたのはロンパ世界での石丸くんでありつまりパラレルワールド。
死ぬのは彼であって彼じゃないけれど同じ姿形をしていて、根本的なものは同じだから、彼女は悲しんだ。
彼のなかにある彼が完全に消えてしまう。つまり石丸清多夏のなかにある石丸清多夏は消えてしまうことへの虚無感。
そんなはなしですすいません。