短編 | ナノ


「数馬ー。」
「…うわ、」

しまった。
と思ったのとなんて顔だと顔を顰めそうになったのは無意識であるし決して彼を不快な気分にさせたくて顔を歪めたのではなく、普段から彼が自分に余計なちょっかいをかけてくることと彼の整った顔に不釣り合いな傷に吃驚したからだ。
普段のにやにやとした表情は浮かんでおらず機嫌が悪そうに眉を寄せ口をへの字にした顔はいつもより何倍も人間らしいが彼らしいとは言えず不思議と普段のにやにやとした表情の方がいいなどと思えてくる。

「…どうしたんですか、その顔。」
「なんでもいいやろ。早く治療してよ。」

折角心配してやったのになんて奴だ。
冷たく返された言葉に多少なりとも腹立だしさを感じながらも干渉されるのを好まない彼からしたら自分なんかにどうしたのかなどと問われるのは不愉快極まりないのだろう。不機嫌そうな雰囲気からしてあんなことを問いかけるのは間違っていたのかもしれない、などと思っても聞いてしまったものは仕方がないし時間が戻れる訳でもない。
一秒でも早く治療を終わらせて彼にこの場から去ってもらうことでしか自身は一息吐くことも気を抜いて包帯を巻くことも出来ないではないか。ああ、全く面倒な人が来たものだ。

「治療をするので、こちらにどうぞ。」

包帯や消毒などを箱から取りだしながら控えめに声を掛けてやれば彼ははあ?と更に不機嫌そうに顔を顰めた。なにがはあ?だ。治療をしてやるからこちらに来いと言っているのにいちいちつっかかって来ないで頂けないだろうか。
なんてことは先輩である彼にに言えるはずもなく(彼が先輩であろうと同輩であろうと彼と自身の性格的にも言えないのだろうが)その気持ちは言葉になるとこはなく喉元で崩れて消えていった。

「だから、治療をするので、」
「数馬がこっち来てよ。」

言葉を遮り当たり前だろ、と云うように言葉を発した彼に目を瞬けながらもこのまま自身がここを動かなければ彼はずっとあのままなのだろう。保健委員として怪我人を放置しておくわけにはいかないし一人の人間としてもモラルに問われる。包帯や消毒を抱え彼の側に寄れば彼は早く治療して、と小さく自身に言葉を投げ掛けた。
患部を濡れた布で拭き消毒をすれば傷口が見え思った以上の大きさに無意識にひどい、と声が出た。
その声を拾ったであろう彼はにい、と口角を上げくのたまから爽やかだと称される笑顔を作り自身の頬に手を伸ばしてきた。いきなりのことにびくりと肩を震わせれば彼にはそれが面白かったのかまた楽しそうに笑い頬を撫でてくる。

「ほんと、数馬は可愛いね。」
「だ、黙ってください!」
「なんで?こんな孫兵並みの美少女の顔をぐちゃぐちゃに踏み潰したような可愛い顔滅多にないよ。」
「先輩それ明らかに貶してます。」
「数馬は貶してなんぼだろ」

けらけらと楽しそうに笑う先輩の顔は本当にとても綺麗で、ナイフで切られたように整った唇や綺麗な瞳(彼と親しく三之助に執着している倉沢先輩は腐った雨水のような色だと称するが)や艶やかな髪、陶器のように白い肌や耳障りのよい声、くのたまからも爽やかだと評判。正に完璧としか言い様がないが性格は本当にゲスで腐ったクズなヤツなのに、顔だけはいいと云った当たり世界と云うのは不平等でしかないのだと理解させられる。

「ねーねー数馬ー。セックスしよー。」
「煩いです。」
「いいじゃん、お前のケツ穴なんて私のためにあるんだろ?寧ろお前は私のために生きてるんだろ?」
「意味がわかりません、」
「は、数馬はやっぱ頭が悪いな。お前なんてどうせ誰からも気付かれないでひっそい生きてんだろ?私だけはお前をちゃんと認識してやってんだから感謝しろよ。」
「………。」
「あー、まじ数馬死ね。」


彼の傷口に絆創膏を貼っていけば傷が傷んだのか盛大に舌打ちをしたあとに自身に罵詈雑言を浴びせる。全くもって意味がわからない。セックスをしようと言ってきたり死ねだのなんだの言ってきたり。そう云えば三之助も某先輩からは罵詈雑言を浴びせられていた、と思い出す。彼とあの先輩はかなり親しかったし、似た者同士なのだと理解した。

「はい、出来ました。」
「ありがとー。数馬手当て遅いねー。死ねば?」
「…本当に死んだらどうしますか?」

気になっただけた。
もし僕が本当に死んだとしたら彼は罪悪感を抱くのか少しばかりは悲しんでくれるのかそれとも平気な顔をして(本当に平気なのだろうけれども)のうのうと暮らしていくのか。
かたりと小さな音をたて救急箱の蓋を閉じれば彼ははん、と小馬鹿にしたように鼻で笑った後自身を押し倒し意地の悪い顔で笑った。押し倒されたことに動揺しつつも彼からは何度か押し倒されているしこの感覚は綾部喜八郎先輩の作った蛸壺に落ちる感覚と似ているため特に取り乱すこともなく大きく深呼吸をすればすっかりいつもの調子に戻った。

「数馬が死ぬのは私に犯されてからだろ。」

にやりといつもとはどこか違った笑みを浮かべた彼に頭の何処かで警報が鳴った。


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