短編 | ナノ


「お前は幸せになんてなれないよ。」
「うるさい黙れ。」
「お前は幸せになんてなれないよ。」
「口を縫い付けるぞ。」
「お前は幸せになんてなれないよ。」
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」

にやにやにたにたと癪に障るような表情で口元を歪めるアイツにまた僕は叫んだ。
僕が叫ぶ度にアイツは何度も何度もまるで呪文のように同じ言葉を投げ掛ける。その度に僕はまたうるさい、黙れと言葉を繰り返す。同じことの繰り返し。無限ループ。僕もアイツもしていることは同じなのだ。

ぐっと奥歯を噛み締めにたにたと笑うアイツを睨み付けるとアイツはその目を三日月形に変え更にその胸糞悪い笑顔を深くする。
ああ、不愉快で仕方がない。

「…早く消えろよ。」

掠れた声でそう言えばアイツははんっと鼻で笑う。それを見てまた僕は不愉快になる。
これだってもう何回も繰り返した。何回も何回も、毎日、1日に何回も繰り返した。早く止めたい。早く消えてほしい。

「お前は幸せになんてなれないよ。」

同じ言葉しか言わない。にたにたと表情は変わるくせに、喉から通る音はずっとずっと同じ。
アイツと初めて出会った時からずっとずっと同じ言葉。
もう何回この言葉を聞いたのだろうか。数えるのも億劫になってしまう。それくらいに、億劫になる程に、何度も何度も聞いたのだ。
僕とアイツは瓜二つな容姿なのだか、アイツは僕よりも少しだけ幼くて髪が長くて服装が可笑しい。
声も僕より高くて、丁度4年くらい前の僕のような声をしている。声変わりをする前の高くて少しだけかさついた声。青年でも、況してや男性もなく、「少年」の声。
まるで4年前の僕が可笑しな格好をしているみたいで実に不愉快だ。いや、例えどんな姿であっても不愉快には変わりないのだが「僕」の姿で僕自身を不愉快にさせていると考えると、大嫌いな奴と同じ姿なのだと思うと胃の辺りがむかむかとしてくる。
そろりと視線を向ければアイツは何処か哀しげに僕と友人が写った写真を見ていた。そこには満面の笑みを浮かべた僕と親友である不破雷蔵。雷蔵は幼稚舎からの仲でお互いに何でも知っている、と云うくらいに仲が良い。優柔不断で引っ込み思案でどちらかと謂えば内気な男としてはどうかと思うような、けれど面倒見がよい、そんな雷蔵が大切で大切で、何よりも愛しい。

「………、」

そういえば、アイツが頻繁に現れるようになってからは雷蔵と会っていないではないか。以前は毎日顔を合わせていたのに今では廊下ですら会わず、メールが入っても適当に返すだけ。ああ、雷蔵は寂しがり屋だから、明日にでも会って話してやらないと。

「…お前は幸せになんてなれないよ。」
「――っ!?」

なんだ、とアイツに顔を向ければアイツはひどく哀しげな表情で写真を見つめたまま喉を震わせていた。何なんだ。何故アイツがそんな表情をするのだ。意味がわからない。
先程までのひどい嫌悪感が嘘の様に消え、今では切なく苦しい、そんな感情だけ。何が切ないのかなんてわからない。ただただ苦しくて、少しでも気を抜けばダムが決壊したように涙が溢れてしまう気がした。

「お前は幸せになんて、なれないよ。」
「っるさい!!!!僕は、僕は幸せになる!!!絶対になるんだ!!!」

苦しい、泣きたい、誰かに縋りつきたい、抱き締めてほしい、優しい言葉をかけて欲しい。嗚呼、雷蔵、雷蔵、雷蔵、雷蔵!!

「…ったす、けて…!」

怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
嫌悪感しかなかったアイツが怖くて仕方がない。助けて、助けてよ雷蔵。

「―…返してよ、そこは、そこは、私の場所なんだ。」

初めて、あの言葉以外の言葉を発したアイツはボタボタと涙を流して、僕の顔をぐしゃぐしゃにしていた。
意味がわからない。私の場所?違う、ここは僕の場所だ。ずっとずっと、僕の場所なんだ。誰の場所でもなく、僕の場所なんだ。

「…―違うよ、そこは、私の場所。ねえ、返せよ、お願いだから、私を返せよ…!!」
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!!」

ダム決壊。
涙が溢れて止まらない。発狂するようにアイツ…―三郎に言えば三郎はぐっと顔を歪めゆっくりと僕に近付いてくる。一歩下がればまた一歩近付いてきて、とうとう壁まで追い詰められる。

「…ねえ、存在しないのは、お前なんだよ。」

ぽたり、ぽたり。
三郎の涙と僕の涙がぐちゃぐちゃに合わさり服に黒い染みを作る。三郎の瞳はどこまでも吸い込まれてしまうのではないかと云うくらいに深く、目を反らすことが出来ない。ぼんやりと意識が薄くなっていくのがわかる。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。僕はまだ僕でいたい。僕はまだ雷蔵の側に居たい。僕は、僕は僕は僕は僕は―…

「ばいばい、  。」



まぼろしである僕が言うには
(次は僕が我慢してあげる)
(けど、お前を幸せになんてしてやらない。)





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