短編 | ナノ


好きか嫌いか問われれば、多分彼のことは好きなんだと思う。否、大好きだ。
彼が笑っていれば自分も嬉しくなるし、彼が落ち込んでいたら自分も落ち込んでしまう。彼が他の女の子と仲良さげに話していたら胸の辺りがもやもやとして気持ちが悪くなる。友人曰く嫉妬なのだとか。
最初はそんなに意識していなかった。
赤くて跳ねた前髪や少しキツメだけれど笑ったら可愛らしい顔立ち。特徴的な話し方に友人を大切にする優しさ。
少しずつ、少しずつ、それでいて確実に彼は私の心に広がっていったのだ。

「……あ。」

ぱちり。
不図交わった視線に心臓がどくりどくりと早鐘を打つ。頬に熱が集まって息が詰まる。こんな時どうればいいんだろうか。笑えばいいのか、頭を下げればいいのか、ああ、ああ、どうしよう。
きっとこれが彼の友人である神崎左門や次屋三之助、三反田数馬たちであったなら適当に笑顔を作り会釈をしていたのだろう。けれど彼であったらどうだ。急に思考が上手く回らなくなり口が縫い付けられたかのように開かない。緊張しているのだ。これまでにないくらいに緊張しているのだ。

「…あ、あのさ!」
「え?」

まだ少しだけ高い彼の声が鼓膜を揺らす。綺麗で心地好い声だ。このままずっと聞いていたいくらいに、凄く綺麗ですんなりと耳に入ってくる。贔屓目無しでもきっとこの声は大好きなのだろう。

「よかったらさ、この後一緒に遊び行かね?」
「え…?な、なんで?」
「あ、いや、無理ならいいんだけどさ!お前今日誕生日だろ?だから、まあ、祝ってやろう、みたいな。あ、勿論左門たちも、一緒だからな!!」

モゴモゴと口を動かしぷい、と顔を反らす彼の頬は髪と同じようにほんのりと赤く色付いていて、少しだけ落ち着いていた心臓が、再びどくりどくりと早鐘を打つ。返事をしなければならないのに上手く舌が回らない。どくりどくりどくり。心臓がまた大きく脈を打つ。返事はまだ出来ない。

「あ、えっと、その…っ!」

勿論、嬉しいよ。
これだけの簡単な台詞なのに何故こんなに時間がかかる。こんなの私じゃない。私はもっとちゃんと、はっきり意見を言えるじゃないか。ドラマや漫画に出てくる可愛らしいヒロインみたいにふわふわとした女の子じゃない。喧嘩してもはっきり意見を言えるし、好きなものだって胸を張って言える。ああ、ああ、どうして彼はこんなに私を掻き乱すのだろうか。私を私じゃなくする彼なんて嫌いだ。大嫌いだ。否、嘘。私を私じゃなくする彼でも大好きだ。

「…ダメ、か?」
「…えっと、」

頑張れ、頑張れ頑張れ頑張れ。
不恰好でもいい。上手く笑えなくったって声が上擦ったってなんだっていい。今出来ることを、今しなくちゃいけないことをするんだ。

「…嬉しいよ。富松たちさえよかったら、一緒に遊んでくれる?」
「はは、よかった!断られたらって心配してたんだ。」
「断るわけないじゃない。凄く嬉しいよ。」

嬉しい、恥ずかしい、嬉しい。
繰り返される気持ちが心地良い。

「じゃあ、放課後迎えに来るから。」
「ありがとう、待ってるね。」
「ああ。」

ひらひらと手を振りながらその場を去る彼の背中を見ながら胸を押さえると、どくりどくりどくりと心臓は大きく脈を打っている。けれど、凄く暖かくて心地が良い。口元がだらしなく緩む。


「…放課後、楽しみだな。」





君に染まる季節





君と並んで歩けるようになるには、あと何れくらいだろうか。


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