短編 | ナノ


パシャリ
携帯電話のカメラのシャッター音と女の子の高い声が耳に入り、無意識に寄った眉間の皺を立花に指摘されぎゅう、と握られた拳を開き人差し指と中指でゆっくりと皴を和らげる。存外力が入っていたのか、筋肉が解れていくのがわかった。

「そう機嫌を悪くするな。」
「…嫌いなんだああ云うの。」
「女子のはああ云うものだ。」
「わかってはいるが…。」

はは、と小さく無駄に綺麗に笑った立花を一瞥してもう随分と温くなったコーヒーが淹れられたコーヒーカップを手に取り口を付ける。鼻から薫るコーヒーの苦くて芳ばしい香りと喉を通るコーヒーの上手い具合に合わさった濃くと甘味が先程の苛立ちをすっと流していくように胃に入っていった。

「もう温かろう。淹れ直してもらえばどうだ?」
「いや、猫舌だし大丈夫。」
「そうか。ならいい。」
「気遣いありがとう。立花こそいいのか?」
「大丈夫だ。この紅茶は温い方が美味しいからな。」
「そうか。」

ちくたくちくたく、パシャリ、きゃっきゃっ、こそこそ、ざわざわ、こぽこぽ、かちゃかちゃ。
沢山の音が響くこの空間は、もう何年も前から気に入っており、不愉快な思いもするが、倍、もやもやとした気分を飛ばしてくれたり、先程のコーヒーのようにすっと流してくれたりもする。

「お前はこれからどうする。」
「…なにが。」
「惚けるな。」
「別に惚けてなんていないさ。」
「答えろ。私は真剣に聞いているんだ。」

きゅっと立花の雰囲気が堅くなり立花の綺麗な柳眉もほんの少しだけつり上がった気もする。
こんな表情もいちいち美しく様になるのだから、本当に美人は得だと思う。現に近くに座る女子高生もちらちらと立花へ熱い視線を送っている。こいつは昔からよくモテていた。

「どうもしないさ。」
「…何故、」

立花の気落ちしたような声。嘲笑する自身。
何とも奇妙な光景だがこんな光景は、幾度となく見てきた。最初は潮江、次に七松、中在家、善法寺、食満、そして、立花。
コイツは昔から何時も最後に訪ねるてきたな、と人知れず小さく笑いながら立花に目を遣れば立花はそのキリッとした涼しげな目元をふにゃりと下げ何処か泣きそうな顔をしていた。
コイツは其処らの女子よりも綺麗な顔立ちをしているせいかこんな顔をされればまるで自身が悪いことをしたかのような錯覚に陥る。これが食満たちならば軽く笑って飛ばせただろうが立花は昔からよくしてもらっていたし、ずっと自身の側で支えてくれていたためか、酷い罪悪感に襲われる。

「そんな顔をするな。立花が気にすることじゃあないさ。」
「しかし…っ!」
「はは、綺麗な顔が台無しだぞ立花。」

どうしようか、どうしようか。
軽く笑って飛ばしてやると立花は更にくしゃりと顔を歪める。何がいけないんだろうか。コイツはこう言うと何時もムッとしたように眉をつり上げそして小馬鹿にしたように楽しそうに笑って返していたじゃあないか。やはりこの手は何度も効かないのだろうか。

「なあ立花。」
「…なんだ。」
「最初はさ、どうにかしようとした。どうにかしようと頑張って、頑張って、頑張った。けれど、どうにも出来なかった。」

ゆらゆらとさ迷う視線の先には大きく切り取られたある一枚の写真。

「無理なんだよ。私は、お前たちとは並べないんだ。」
「……、」
「しかしな立花。並べなくとも、探してやることは出来る。」
「探す?」
「ああ。」

こくりと一つ頷くと立花はきょとんとしたように首を傾げた。
さらりとした立花の紫がかかった髪が小さく艶やかに揺れる。
すう、と一度息を吸い込みゆっくりと吐き、立花の目をじっと見つめる。

「お前たちが離れようが、私がお前たちを見付けて引き合わせてやる。なに、もう何回も繰り返してきたことさ。富松にも尊敬して欲しいくらいには迷子を見付けるのは得意になったよ。」

けたけたと笑いながら軽く冗談を飛ばす。
富松の迷子捜索は毎度毎度大変そうだがアレはまだ楽な方だ。居る存在を、探すだけ。手の届く存在を、手繰り寄せるだけ。
居ないかもしれない、届かないかもしれない、そんな存在を捜す方が、ずっとずっと苦労する。
しかしながら、富松の迷子捜索はそれなりに大変そうなので見掛けたら助けてはいる。あの二人はもう少し富松を労ってやってくれ。

「…すまない。」
「何故お前が謝る。お前は何もしていないだろう。」
「それでも、」
「私は謝られるよりはお礼を言われたい。」

くしゃり、また立花の綺麗な顔が歪んだ。ああ、そんな顔をさせたいんじゃあないのに。

「立花、私は時を刻まないこの体が、好きだよ。」
「…?」
「何度も何度も、お前たちを見付けて、こうして見届け、また巡り逢う。運命なんかじゃあない。全ては必然から始まり、必然に終わる。なあ、素敵な物語だとは思わないか?」

立花は何も言わない。
ただ、泣きそうな顔をして綺麗に、美しく、絵画のように微笑むだけ。

「仙蔵、私は、幸せだよ。」








「私の存在意義は君なんだ、仙蔵。」
「…知っている。」

くしゃりと泣きそうな顔をしてそう言う奴を見て、胸がずしんと重くなった。
コイツは何れだけ孤独と戦いながら私たちを捜していたのだろうか。何れだけ涙を流しながら嘆いたのだろうか。何れだけ絶望して、何れだけ哭いて何れだけ喜んで何れだけ、何れだけ、何れだけ、

「仙蔵、これは、必然だ。」

何れだけ、自分に言い聞かせていたのだろうか。


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