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main story




 
移動用にとシルフ様が用意してくれたのは、真っ白な毛並みの美しい馬だった。魔法でひとっとび出来ないのかと問うと、彼女はころころと笑う。
「魔法を使わなくたって、人間は移動の手段があるじゃない。せっかくあるんだから、使えばいーのさ」
魔法は便利道具じゃないんだからねと、彼女は続けた。私は頷く。
「はい」
「じゃー、いってらっしゃーい!」
「行ってきます!」
シルフ様の屋敷を出て、少し行った時だった。エコーさんがいない。
「フレイムさん! エコーさんがいないです!」
「ああ、だな」
フレイムさんは意外にもあっさりと頷いた。驚いていると、後ろからイズナさんの声がする。
「久しぶりだから、仕方ない」
「え?」
「大丈夫よぉ、後から追い付くわ〜」
「……もしかして」
もしかして、エコーさんが好きなひと、って。
私はその問いをぐっと呑み込んだ。あの夜の、切ない彼の横顔を思えばこそ。
エコーさんは大地の子。村長さんは、大地の子が風の大精霊を助けたと言っていた。そうだったのだ。大地の子と風の大精霊は、離れた国を守る人同士。
「……少しでも、2人で居させてあげたい」
私の言葉には、誰も答えなかった。けれど解る。みんなが、同じ思いでいることが。
その日の日暮れ、エコーさんは帰ってきた。申し訳なさそうな顔で。
私達は誰も彼を責めたりしなかった。
マッフェンはやはり、セントラルを抜けるとスラムやゴーストタウンが広がっていた。きちんとした宿なんて、どこにもない。私達は日暮れになると、安全に泊まれる場所を探した。野営も慣れたもので、代わる代わる見張りを変えて、私達はひたすらハイスヴァルムを目指した。
シルフ様の屋敷を発って5日が経とうという頃、熱風が頬を叩くようになった。この暑さは、間違いない。ハイスヴァルムのそれだ。
「フレイムさん」
「ああ、懐かしいな」
私のふるさと。そして、旅の始まりの国。私はまた、帰ってきたのだ。
「イリスちゃーんフラウちゃーん! 良さげな建物見つけたよ〜!!」
馬の上から叫ぶエコーさんに私は苦笑した。隣にいたイズナさんがむすっと頬を膨らませ、フラウさんを睨み付けて言う。
「イリスだっておっぱい小さいのに、何でボクだけ外されるわけ?」
「ええっ?!」
「あらぁ、イズナもエコーに特別扱いされたいのぉ?」
「そういうんじゃない」
感じてはいたことだが、面と向かって言われるとさすがに傷付く……。隣でフレイムさんが小さく「小さくたっていいじゃないか」と呟いていたけれど、とりあえず恥ずかしかったので何も言わなかった。
そして、不思議そうに走り寄って来たエコーさんの耳を掴んで、そのまま馬から引きずりおろすイズナさんはやっぱり強かった。
エコーさんが案内してくれた建物は、昔は小さな宿だったのだろう、いくつかのベッドがきれいなまま残されている場所だった。あまり雨風にさらされていないため、少し埃を落とせばそのまま使えそうだ。こういう場所には、「既に住んでいる」人がいる可能性もあるため、慎重に中を調べた。幸い誰も居ないようで、私たちは今夜をここで過ごすことに決めた。
屋内とはいえ、油断はできない。
今日の見張り番は、私とイズナさん。屋上に上がると、星が瞬いているのが見えた。
「此処からは、星が見える」
「イズナさんのいた町からは見えなかったんですか?」
確かあそこには街灯や光は少なかったはずだ。イズナさんはふるふると首を横に振った。
「違う。ボクが昔居た、施設からは、どう頑張っても見えなかった」
――施設。そう、風の精霊配下はマッフェンの施設で研究対象になったのだ。そういえば、ジンさんも言っていた。後遺症が、残っているって。
「ボクらはね。あの戦争のとき、マッフェンの研究施設の奴らにさんざん体を弄くり回された。人間は欲深くて愚かだと思ったね。ボクらの服をひん剥いて、皮膚にメスを入れてさ。そうして、人間との違いを探そうとした。ボクら精霊は、何千年と生きることが出来るから」
「……っ」
言葉に、詰まる。イズナさんは胸元に手を当てた。
「ボクらだって生きている。縛られ叩かれ、傷付けられればおかしくもなるよ。だからね。ボクは、サラマンダーやエントの考えが、解る気もするんだ」
それでも、と、イズナさんは続ける。瞬く星々の光を、その肌に浴びながら。
「ボクだって、あいつらが正しいとは思わない。だけど、【そうなる可能性】は、誰にだってあったはずなんだ」
……そうかもしれない。確かに人間は愚かだ。争いは絶えず、理性も知性も無駄に使う。だけれど、それでも。
「それでも、私たちはそうなりませんでした」
イズナさんは黙ったままで、ただずっと明星を見つめている。
「……イリスは、フレイムやフラウ、エコーをどう思う」
「……凄いと思います。強くて、優しくて、それに……」
「精霊だから?」
イズナさんだってそうなのに、どうしてそんなことを聞くのだろう。
「ボクにはね。もう、精霊としての力はあまり残っていないんだ」
「え、」
イズナさんは夜空から視線を落とす。アクアグリーンの瞳に、ゆらりと夜が映った。
「『あの時』、ボクとジンの体はいじられて、もうほとんど力は残ってない。機械を体内に埋め込まれたせいで、変な術を使えるようにはなったけど」
だけど、ボクはもうすぐ精霊じゃなくなる。
彼女はそう言った。私は無意識に、彼女の手を取っていた。
「イズナさんは強いじゃないですか。それに私は、みんなが精霊だから好きなんじゃありません」
「……」
「フレイムさんも、フラウさんも、エコーさんも。もちろんイズナさんも。精霊だから強いんじゃありません。誰かを思う力があるから。だから強いんです」
イズナさんは私を見た。まっすぐで強い瞳で。
「確かにキミは、勇者の生まれ変わりだ。でも、アイツとは違う」
「違う?」
「アイツはもっと、ガキだったからね」
くすっと笑う。私もつられてくすりと笑った。
「キミは確かにアイツの生まれ変わりだけど、アイツじゃない。みんなそれは解ってるから」
「……はい」
初めて見たイズナさんの微笑みは、夜空を翔ける涼風の様に優しかった。


                   ――――Mahen Episode end


Mahen Episode5
【the whisper of leaves in the breeze】






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