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 私の頭の中が、真っ白になった。ゆうしゃ、勇者。私が、勇者の生まれ変わり。
 そうか、やっと解った。フレイムさんが見ず知らずの私に力を貸してくれた理由。あの夜の3人の会話の意味。今まで出会ってきた人たちの親切も。
「……そんな事、急に言われてもっ、」
 私の口からは、思った以上に強い語気の言葉がこぼれ出た。私はなんておろかなんだろう。フレイムさんのやさしさに舞いあがって、それは私に向けたものじゃなかったって言うのに。
「私は前大戦の勇者様みたいに、誰かを纏める力もないし、強くもないし、」
 夢に出て来た彼は、力強く剣を掲げていた。ひ弱な私がその姿に被ることは、どう考えてもない。目頭が熱くなる。涙が零れ落ちた。
「っ、それに、誰も救えないんです!」
 私は扉を開けて飛び出した。森の中を走って走って、そして木の陰にへたり込んだ。
「う、ぅ……っ」
 頑張りたかった。あの子供たちの笑顔の為に。でも私には、やっぱりそんな資質は無いんだ。ここまで来たけれど、彼らは私のために一緒にいてくれたんじゃない。精霊として、勇者を守るためだったんだ。そんな思いがこみ上げ、涙となってあふれ出る。帰ろう、帰る場所は無いけれど、せめて兄様の所へ。兄様なら、こんな時なんて言ってくれるだろう。
私は重い腰を上げた。
 ――がさり。
 隣の茂みが、大きく鳴る。そして聞こえる唸り声。私は腰に手を伸ばす。
「嘘……剣、置いてきちゃった……」
 恐る恐る隣を見ると、そこにいたのは、私の身長を優に超える大きさの熊だった。モンスターの類ではないようだが、それでも、大熊は私を見て口から涎を垂らした。
 ……食べられて、しまう。
 素手で、熊に勝てるわけがない。私の足は竦んだ。くまのくちが、にたぁりと、開く。
 ああ、このまま死んでも、構わない。私は目を閉じた。
「――あれ、」
 襲い来るはずの爪も、歯も、いつまでたっても感じなかった。私はゆっくりと目を開く。熊は、目を見開き動きを止めていた。その胸元からは、見慣れた剣の切っ先が。熊の巨体が、ぶんと空に浮き、後ろへと吹き飛ばされた。そこに立っていたのは。
「ふ、れいむ、さん……」
「同じだな、あの時と」
「え」
「船で戦闘になったあの時と同じ顔、してる」
 フレイムさんは剣から血を払うと、私に近づいた。
「イリス、済まなかった」
「えっ、」
 そして、彼は深々と頭を下げた。驚いた私は、如何することも出来ずただおろおろと戸惑う。
「な、なんで、フレイムさんが謝るんです」
「精霊だってこと、ずっと黙ってて。悪かった」
「そ、れは――」
「でもイリス。これだけは、勘違いしないでほしいんだ」
 フレイムさんはそっと私の頬に触れる。フェンリルさんの指とは違う、大きくて暖かな手のひら。私の心臓は大きく高鳴った。
「俺たちは、みんな、お前が勇者だから一緒に来たんじゃない」
「で、でも。でも、私が勇者様の生まれ変わりだから、だから守ってきたんでしょう?」
「違う」
 フレイムさんの語気は強かった。有無を言わせないその声に、私は言葉を噤んだ。
「みんな、イリスだから、ここまで来たんだ。イリスの思いに応えたくて、イリスの優しさに世界を見捨てたくなくなって。だから俺は、イリスを守りたかった。勇者の生まれ変わりのお前じゃなく、イリス、お前そのものを」
「……っ」
「俺だけじゃない。エコーも姉さんもだ。みんなイリスが好きなんだよ。それに、俺は――」
「……フレイムさん」
 フレイムさんはそこまで言うと、小さく首を振った。そして微笑む。優しい笑顔だ。何時だってこの太陽に、私は救われてきた。
「いいや、何でもない。……なあ、イリス。勿論お前には断る権利だってある。だけど。頼む」

「俺たちと世界を救ってくれないか」

「私に、できる、でしょうか」
「出来るさ。イリスだから、出来るんだ」
 そう言われ、私が、首を横に振ることが出来るだろうか。私は小さく頷いた。
「戻ろう、イリス。みんなが待ってる」
「……はい」
 差し出された手は、温かく、そして力強かった。
私はまだ、この手を取る事が出来る。


Mahen Episode3 
【Inheritance】






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