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 ヴィルシュタットの入り口には、ジンさんの言った通り警備の人が大勢いた。なるほど国境にだれも居ない訳だ。ジンさんは私たちをいったん待たせると、一人門番へ話しかけに言った。
「しっかしジンのやつ、あんなしっかりしてるとはな〜」
「そうだな。随分良くなったみたいだ」
「え、ジンさん病気だったんですか」
 感心したようなエコーさんと、それに同意するフレイムさん。私は驚いて問いかけた。
「うーん、そうなのよぉ。ちょっと前までね? でももうよくなったみたい〜」
 フラウさんも安心したように微笑んでいる。
 ――まるでみんなが、家族のようだと思った。サラマンダーさんも、エントさんだって……、本当は。
 ジンさんが戻ってきて、私たちに微笑んだ。
「入国の許可が下りました。どうぞ、マッフェンの真髄へ」
 門を潜ると、そこは別世界だった。鉄筋構造の建物は天を刺すように高く伸び、薄明の空に余多の電光が走っている。それはまるで、冒涜的なまでに。人々はせかせかと慌ただしく歩き、コンクリートで固められた地面に革靴の音が響いている。
その光景に、私たちは圧倒されてしまった。これが、科学と文明の国の、姿。
「まだ軍の会議まで時間がありますから、少しこの街をご案内しますよ」
「あ、ああ……。そうだな」
 フレイムさんが頷いた。
「この街は、主に居住区、商業区、工業区に分かれています。工業区は歩く事も必要無く、地面が自動で動いています」
「す、すごいですね……!」
「ええ。居住区では運動も出来ますが、基本的には機械が何でもやってくれますから。人間はただ指示すればいいんです」
 ――確かに便利だろう。昔の私を思い出した。
旅で学んだ自分で行動する大切さを、この街は真っ向から否定する。
「ちなみに軍部は商業区の奥にあります。私に用があればそちらにどうぞ」
「あ、はい……」
そういえば、エコーさんが静かだ。ちらりと彼を伺い見ると、眉を顰めビルを見上げている。私の視線に気が付くと、彼はにこりと笑って見せた。
「すごいよね、こんなの俺初めて見たよ」
「エコーさん……」
「うん?」
 つらそうな笑顔だ。私は問いかける言葉を飲み込んだ代わりに、彼の手をそっと握った。
「……イリスちゃん」
「あの、何の力にもなれないと思うんですけど、でも……」
「ふふ、ありがとね」
 エコーさんの笑顔は、今度は温和なそれだった。私たちは居住区に足を踏み入れる。そこも変わらず、人々はあくせく動き、巨大なマンションが盤の目状に規則的に立ち並んでいた。
「私はこれで。そろそろ時間ですので」
「あ、ああ。ありがとうな、ジン」
「いいえ。お役に立てたでしょうか」
「軍の方で、何かあったら教えてね〜?」
「ええ、勿論です。では……、ああ。そういえば、この居住区を抜けた先にあるヴァーチェルにはイズナと彼女がいますから。良ければ行ってやってください」
「……ああ」
 三人の歯切れが、どこか悪い。やはり知り合いのようではあるが、何か因縁でもあるのだろうか。双剣の映える、ジンさんの毅然とした後姿を見ながら、ぼんやりと思った。
「エコー、いいか?」
「俺はいいっての。それよりも早く会いに行ったほうがいいんじゃない? この事態は彼女たちにも伝えるべきでしょ」
 エコーさんはどことなく、さっきよりも吹っ切れたように見えた。フレイムさんとフラウさんは頷いて、私たちはコンクリートを歩いた。やっぱり私には、この硬さは足になじまない。人間のエゴが、自然を隠しているようにも思えた。
 幾許か歩くと、突然に視界が開けた。――森だ。振り返れば鉄のジャングルが広がっているのに、不思議だ。もしかして、ここは――
「シルフ様の……、ご加護……?」
 フレイムさんが小さく頷いた。私は彼に手を握られながら、石畳の小道を歩いて行く。フラウさんが先行して、後ろにはエコーさん。私はフレイムさんを見上げた。
「どうした?」
「あの、この先には……」
「うん。俺たちの知り合いが住んでるんだ」
「そう、ですか」
 ――聞くべきだろうか。私の感じる、この疑問を。
 そして、あの夢の事を。
 石畳は、突然の終わりを告げた。私の目に映ったのは、小さな家だった。幾つもの形の違う石を組んで作られた外壁。扉は木で出来ており、屋根には扇状の瓦が敷き詰められている。
パラソルの下に据え付けられた小さなテーブルとイスは、手作りだろうか、ミントグリーンのクロスがかけられている。あまりに先程の光景とはかけ離れている。まるでひっそりと山に住む仙人のような。エコーさんが、すっと進み出た。こん、と、小さくノックをすると、家の中からパタパタと足音が響いた。
「はい、どちらさま」
 少年とも少女ともつかない声。風のさざめきの様に、耳に通り良い。
「エコーだ、イズナ。開けてくれ」
「エコー?」
 がちゃり、と鍵の開く音の後に現れたのは、ジンさんと同じ、健康的に白い手は大きな斧を持っている。ビリジアンを思わせる髪は、右側が長いアシンメトリーに切りそろえられている。湖の淵のような深い緑のアーモンドアイが、私たちを映し出していた。
「あれ、フレイムもフラウもいるの」
「ああ。久しぶりだなイズナ」
「うふふ〜。お元気?」
「なんだ、せっかくここまで来てくれるなら、ボク、フェンリルがよかったな」
 眉ひとつ動かさずに彼、彼女だろうか、が言う。おろおろする私の背を、フレイムさんが推した。
「こいつはイリス。俺たちと一緒に旅をしてきたんだ」
「い、イリス・ルイです」
「ふーん? ボクはイズナだよ。あ、ちなみに、オンナだからね」
 見透かされた?! 私はこくこくと何度も頷いた。
「脅かすなよイズナ。イリスが可哀想だろ」
「ふうん、その人間の肩を持つんだね、フレイム。さては」
「ちょっとー! お客さんなら早く通してよー!」
 家の中から響いた声は、間違いなく少女のそれ。私はほっと胸をなでおろした。イズナさんは渋々というように、私たちを家に迎え入れた。家の入口で、武器を傘立てのようなところに立て掛ける。
 家の中は、可愛らしかった。家具は大体が手作りだろう、木のぬくもりがある。ランプの中で揺らめく蝋燭の光が、淡く室内を照らし出していた。どことなくエコーさんの家にも似ている。
 その中で、うずたかく積まれた本の上に、一人の少女が座っていた。光をはじいて煌く新緑のような髪は、頬の横に降ろした前髪を残して後ろで切られている。真っ白のワンピースが、白磁の肌にあいまって、まるで透けるようにすら感じる。彼女は手に持っていた本を置くと、にっこりと微笑んだ。
「あたしの城に、ようこそ」
 涼やかに流れる声に、フレイムさんとフラウさんと、イズナさんまでもが、床に膝をついた。驚いて3人を見るも、顔を伏せて、まるで平伏しているようだ。エコーさんだけが、壁に背を預けて腕組みをして立っている。イズナさんの睨み付ける目線にも、彼は堪えるそぶりも見せない。
「ふふっ。エコー、君っていっつも礼儀がなってないよね」
「ふん、あんたに倣う礼儀は持ち合わせてなーいの」
「エコー、あんた……シルフ様になんてこと言うんだ」
 イズナさんが背負った斧に手をかける。本気で怒っているようだ。私も膝真づいた方が良いのかと体をかがめると、ふわりと風が吹いた。私の体を起こすようなその風は、ひゅうとすぐに過ぎ去った。
「イズナ、あたしの本をぶちまける気?」
「……いえ」
「折角こんなとこまで来てくれたんだからね、ちょっとくらい大目にみるみるー」
 彼女の笑顔は屈託がない。
ああ、いま。イズナさんは、何と言っただろう。
「――あの」
 口が渇いて、うまく言葉が出てこない。かすれる音は、うまく声になるだろうか?
「お尋ねしたい事が、あります」
「なあに?」
 心臓が、ばくばくと大きく鳴った。ずっと思っていた。私の疑問。聞いたら終わってしまうような気がして、聞けなかったそれ。今、ここで聞かなければ。

「皆さんは、やっぱり――精霊なんですか」

 部屋のだれも、言葉を発しなかった。
 私は、目の前の彼女を、じっと見つめた。彼女は、くすりと小さく笑った。
「そうだよ。あたしは風の大精霊、シルフ。よろしくね」
「シルフ様!」
 制止の声はフレイムさんのそれだ。その声を遮ったのも、シルフ様だった。
「もう隠しておけないじゃん。それに、この子には、『真実』を知る権利があるんだから」
「真実――」
 耳に痛い沈黙が、部屋中に渦巻いている。シルフ様は、ふうと一つ息を吐いて、そして話し出した。
「ここに居るのは、みんな精霊だよ。火の精霊、フレイム。氷の精霊、フラウ。大地の精霊、エコー。そして、風の精霊、イズナ。きみの出会ってきた彼らの『友人』もそう。フェンリルは氷、ジンは風。謀反人のサラマンダーは火、エントは大地」
 やっぱりそうだったのだ。心のどこかで分かっていたつもりだったけれど、それでもこみ上げる虚無感に耐えられない。わたしは唇をかみしめた。
「そして、君だよ、イリス・ルイ。君は――勇者の生まれ変わりなんだ」
 


Mahen Episode2 
【Fate】






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