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翌朝、私は簡易ベットの中で目を覚ました。あの後、私たちは何も話す事は無く、ただ星空を見上げていた。そして、帰って来たのだ。
あの本に描かれていたのは、間違いなく彼だ。私は複雑な気持ちで支度をした。リビング代わりの部屋に向かうと、そこには既にフレイムさんが座っていた。エコーさんは食事当番で、キッチンに立っている。昨日の面影など、そこには欠片も存在しなかった。
「お早うイリス」
「お、はようございます」
 改めて見ても、彼だ。でも、あの本は少なくともここ2,3年の間に書かれたものではなかった。そうだとしたら、彼のこの姿は、一体。
 私は平静を装いながら椅子に座る。エコーさんはとキッチンを見ると、フラウさんと楽しそうに話をしている。もしかして好きな人はフラウさんなのだろうか。
 私の中では、色々な思考が渦巻いていた。
 エコーさんのご飯はもちろんおいしかった。私たちは村長さんにお礼を言うと、レンダ村を後にした。
「イリスちゃん、大丈夫〜? なんだか暗い顔してるわ」
 マッフェンがもう間もなくだという事で、エコーさんとフレイムさんが先行して歩いてくれ、私はフラウさんとその後についていた。こっそりと耳打ちされ、私はぶんぶんと首を振った。
「いえ、あの、大丈夫です! ごめんなさい」
「いいのよ〜。不安よねぇ。怖いときは何時でも言うのよぉ?」
 フラウさんは優しい。私は微笑んだ。
――しかし、フレイムさんがフラウさんの弟という事は、必然的にフラウさんも。そして、子供の頃からの友達だといっていたエコーさんや、フェンリルさんや。サラマンダーさんもエントさんも。私は背筋が粟立つのを感じた。
「イリス! フラウ!」
 フレイムさんの叫び声に、思考が現実に戻される。
ふっと空を見上げると、以前見たハルピュイアともう一種類、別のモンスターが私達を取り囲もうとしていた。
「またあのモンスター……!」
「マッフェンにまで居るなんて……どういうことなんだ?!」
「しかもガーゴイルも居るじゃんよー」
「あらあら、どうしましょ〜」
でもあの時とは違う、私には闘う力がある。恐る恐る腰の剣に手をかけた私を、フレイムさんが制した。
「無理するなイリス、自分を守るだけで良いんだ」
「そそ、イリスちゃんは服汚れちゃうからね、ってフラウちゃん?!」
もう戦闘は始まっていた。
降りてきた一体のガーゴイルを、フラウさんの槍が見事に貫いている。
「一体目〜」
それがゴングとなったかのように、一斉に魔物達が動き始めた。
「俺様、ハルピュイア担当ね!」
エコーさんはそう言うなり滞空している一匹を撃ち落とした。素早い構え。やはりこの人はすごい。
「なら俺はガーゴイルを姉さんとやる」
「はいな〜」
……また、わたしは何も出来ないのか。何のために特訓して来たのだろう。
このままでは、私は変われない。
「フレイムさん、私っ!」
私は迷いなく剣を抜き放った。そのまま、フレイムさんが相手をしているガーゴイルに斬りかかる。
「イリス!」
「イリスちゃん!?」
「あららら〜」
「痛っ、」
思ったよりもずっと固い。じん、と、手に痺れが走った。
魔物の身体はこんなにも硬いのか。泣きそうになる私の側に、三人が駆け寄って来た。
「はあい、六体目〜」
私が斬れなかったガーゴイルをいとも容易くフラウさんが貫き、屠っていく。
「イリス! 馬鹿! 何で来たんだ! 姉さんとエコーのフォローがなきゃ今頃……ッ」
フレイムさんは私の肩を掴んで、ほとんど叫ぶように言った。赤の瞳に私の泣きそうな顔が写っている。情けない。これじゃあ、みんなの様に、何一つ守れやしない。
私はほとんど無意識に、フレイムさんの言葉を遮った。
「俺は姉さんと、じゃないです! 私が、私が……、フレイムさんの背中を護りますっ!」
 三人が動きを止めた。
……、あれ。私、何を言っているんだろう。
フレイムさんは目を真ん丸にして私を見ている。私は。かあっと耳まで熱くなった。
「ち、ちが、違うんですそういうんじゃないんです! 私はただっ」
「おー、あー、わかった、俺様わかっちゃったぁ」
「うふふ、もうお姉ちゃんといっしょは卒業かしらぁ?」
「ちょ、待って下さい!」
二人は安心したようにまたそれぞれに数を減らしに行く。
「ったく、負けたよ、イリス」
 フレイムさんはいつもと変わらない微笑みを浮かべ、私の手を握った。
暖かい、力強い意志が伝わってくる。
「フレイムさん……」
「これで倒せるはずだ。イリス、俺の背中は任せた。一緒にやるぞ」
「はいっ!」
体の中から力が湧いてくるみたいだ。握られた手がまだ暖かい。
「えいっ!」
さっきはあんなにも硬いと感じた魔物の皮膚が、なぜか柔らかくなっている。これなら、私でも倒せる。流石に複数の相手は無理だが、一体だけなら。一度に何体ものモンスターを相手している3人にはかなわないけれど、少しでも数を減らせたら。
「いけるな、イリス!」
「はい、何とか……っ!」
今までの戦闘で、だいぶ数は減ったが、まだ何匹か残っている。エコーさんとフラウさんが私たちの後ろに付いた。
「おいフレイム。初めから動かない奴がいるよな」
「私達を観察してる〜?」
「確かに個体じゃなく群れ、種族の連繋、……何かあるな」
三人は何かに気付いているようだ。それを見上げ等と顔を上げると、ふっと私の目に映ったものがあった。
「え、あれ……っ、大きい鳥が2体、こっちに来てます」
「この感じ……っまさか!」
「ちっ、馬鹿やろー……」
ハルピュイアとガーゴイルをかき分け、それらが眼前に現れた。
私はあの鳥を知っている。
 船の上で、私たちを襲ったハルピュイアの後ろにいたあの鳥だ。そして、私は、鳥の上にいるひとも、知っている。あの時と同じ、ダークブラウンの髪。たなびくシルク。はためくレース。あれは。
「貴方方、目障りですわ」
「エントさん……、何で……っ」
「ナンデ? 以前に言わなかったかしら、敵は、敵よ」
「敵って、私達は…!」
私たちと、エントさんが、敵? 突然の事すぎて、何が何だか解らない。私の思考を遮るように、ひゅ、と頬をかすめ、金属がぶつかる音が響きわたった。
「じゃましないでフラウ!」
「んもう、危ないでしょ〜? 可愛いイリスちゃんに当たったらどうするの?」
地面に何本かのナイフが刺さっていた。私の頬をかすめたのは、フラウさんの槍だったようだ。ああ、あれは、本で読んだ事がある。どこかの島国の武器でクナイと呼ばれる刃物だ。妙に冷静な頭は、それでもどこかしびれたように働かない。
「次は外さないわ!」
「当たると思うか?」
初めて見るエコーさんの怖い顔、フラウさんもいつもの柔らかい表情ではない。フレイムさんは、一体どんな顔をしているのだろう。動かない体で、フレイムさんを見ようとした、その時。また、声が響き渡った。
「止めろエント、目的を忘れるな」
フレイムさんの声だろうか、いや、違う。もう一匹の鳥の上に立っているのも、私の知っている人だった。
「兄貴……っ」
「そんな、サラマンダーさんまで、どうして……!」
 短い臙脂の髪を空に靡かせ、サラマンダーさんがそこにはいた。どうして、二人とも、あんなにやさしい人なのに。
「兄貴、これも、師匠からの仕事なんですか?」
「いいや。師匠は関係無い。俺個人の意思で、動いている」
「サラマンダー、個人の意思でエントも一緒じゃ、どー考えてもオカシイだろ」
矢先をサラマンダーさんに向けるエコーさん。サラマンダーさんは動じる様子もなく、フンと鼻で笑った。今まで仲が良かった仲間同士がいがみあう、そんなのは、嫌だ。
「いつになく真面目だなエコー。お花畑から出て来たのか?」
「ちっ、ガキが、舐めた口ききやがって……」
 吐き捨てるように言うと、エコーさんは矢をつがえた。その前にフレイムさんが立つ。
「っち、どけろフレイム!」
「エコー、抑えてくれ!」
 サラマンダーさんとエントさんには、確かに戦闘の意志はもう無いようだった。エコーさんは彼らを睨みつけながら、つがえた矢を下ろした。
「兄貴はエントと何をするつもりなんだ!」
「わたくしはこんな無愛想で無口な方と馴れ合うつもりはないですわ」
「そうなの。じゃあ誰か、黒幕さんが居るのね〜」
「胸だけじゃなく、頭にも一応中身が詰まってましたのね」
「今日は、警告にきたのだ。各地の争いを、これ以上鎮めて回られると我らの計画に支障が起こる。邪魔をしないでもらいたい」
「邪魔な事あるかよ、皆困ってんだ! 助けてやんのが、俺らの使命だろうが!」
「貴方の価値観を押し付けられるのは困りますわ」
フレイムさんは絶句し、エコーさんが怒鳴る。まるで現実味のないこの空間に、私はただ立ち尽くしているほかなかった。
「あら〜? またお客さんかしら」
 いつもより幾分かとがったフラウさんの声に振り返ると、何人いるのだろう、とにかくたくさんのフリッシュの旗を掲げた人たちがこちらに向かってきていた。
「時間切れだな、エント。退くぞ、目的は果たした」
「……せいぜい大人しくしていることですわね」
「っ、待て!!」
 フレイムさんの叫び声もむなしく、彼らは渦雲の向こうへと飛び去っていった。言葉を無くす私たちのもとへ、フリッシュの騎士団が近づく。
「イリス、大丈夫かい?」
「兄様……!」
「戦闘があったようだな」
「フェンリルさんまで……」
 騎士団に混ざり、兄様とフェンリルさんがそこにはいた。二人は黒馬から降り、私たちのもとへと歩み寄った。
「お前たちの見送りに行こうと思ったら、まさかこんなことになっているとはな」
「フェンリル……」
 エコーさんがほとんどつかみかからんばかりの勢いで彼に駆け寄った。呆然と立ち尽くす私の肩を、そっとフラウさんが抱く。
「サラマンダーとエントが……っ、お前は、お前は違うよな?!」
「落ち着け。何があったかは解らないが、俺の何が違うんだ」
 冷静なフェンリルさんは、いつもの彼だ。エコーさんは幾分か落ち着いたようで、一つ大きな溜息を吐いた。
「怪我はないかい、イリス」
「はい、兄様」
「答えは見つかったかな」
 兄様の微笑みは、いつだって私に優しい。私の気持ち。私の心。
 私は頷いた。
「そう、良かったね。これからも大変なことが続くだろうけれど、イリスとみんななら大丈夫だ」
「サイ兄様……」
「我がフリッシュ騎士団はバオアーの民と共にこちらの守りに付く。積極的な戦闘はしないつもりだ」
 フェンリルさんの言葉に、騎士団長さんが頷く。フレイムさんが絞り出すように言った。
「危険な戦闘になるかもしれない。どうか、気を付けてください」
「ああ。お前もな」
 私たちは、後は任せろという騎士団さんと兄様と、そしてフェンリルさんに見送られ、ついにフリッシュを後にした。
 これから一体、どんな未来が待ち受けているのか、その行く末の霞を消し去れない儘に。

                        ――flish Episode End
 
Flish Episode10
【You were always there...】






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