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 次の朝はすがすがしかった。フラウさんの甘い声で起こされると、どうしてこうもどきりとしてしまうのだろう。私は体を起こし、顔を洗って歯磨きをして(こんなに文化的な生活はここのところ全くしていなかったけど)、フレイムさんとエコーさんの待つ食堂へ向かった。
「お早うイリス、よく眠れたか?」
「はい、フレイムさんとエコーさんはどうですか?」
「フレイムのいびきがうるさくてさー」
「嘘つくな! お前こそ寝言がうるさかったぞ!」
 楽しそうだ。私はくすくすと笑った。
「あら〜? 何の話ぃ?」
「あれ、え、今日の食事当番って姉さん?」
 フレイムさんの頬が引きつる。そうよお、いまできるからね〜という言葉に、私たち3人は戦々恐々とした。
「フレイム、フラウちゃんて昔からそうなの……?」
「ああ、何でかは解らないんだが、料理の腕だけは壊滅的でな……」
「お前良くそれで馬鹿舌にならなかったね」
「兄貴の料理が美味かったから」
「サラマンダーさん料理うまいんですか?!」
 あの仏頂面の彼が……。人は見かけによらないものだ。
「おまたせ〜」
 運ばれてきた料理は、やはり初日に食べたそれと同じくらい強烈な印象だった。紫色のスープに浮かんでいる魚介類はタコか何かだろうか、最早、原型がほとんど無いから、吸盤で判断するしかない。ご飯も、どうやったらこんな色のものが出来るのかいまいち解らないが、ピンク色をしていた。混ぜ込まれている肉もピンクだから、多分この肉の色なんだろう。
「みんな遠慮しないで食べていいのよ〜」
 頬に手を当てて言うフラウさんはいつもと変わらず可愛いが、可愛い色の料理はどうにも尻込みしてしまう。
「い、いただきます」
 フレイムさんがスープを一口口に含む。何とも言えない表情の彼に、エコーさんが隣で小さく「勇者だフレイム……」と呟いた。私も心の中で何度も頷く。
「おいしい? フレイム」
「う。うん、美味しい。味付けが独創的だけどどうしたの」
「えーっとぉ、お塩が利きすぎちゃったからお砂糖で中和したのよ〜。タコの形のモンスターがいたから、食べたらおいしいかなって思って入れたら、ご飯もスープも綺麗な色になったのぉ」
 あ、タコじゃなかったんだ、これ、一体何なんだろう。フラウさんの笑顔の圧力に負け、私とエコーさんも口を付けた。甘いんだかしょっぱいんだかわからない味に、ゴムみたいな食感のタコ(仮)。多分二人とも、フレイムさんと同じような顔になっていると思う。
 とりあえず食事を終え、フレイムさんが淹れてくれたコーヒー(絶品)を飲みながら一息ついていると、エコーさんが私の腰に付けられた剣に気が付いた。
「あれ、イリスちゃんその剣どうしたの」
「貰ったんです」
「イリス、剣なんて使えないだろ」
 私とフラウさんは顔を見合わせて笑った。面食らったような二人に、私はきちんと向き直る。
「私も守るために強くなりたいんです。おふたりみたいに」
「それでぇ、毎日特訓してたのよ〜」
「ええ?! イリスちゃんそんなことしてたの?!」
「姉さん、知ってたのか」
「私と二人きりで特訓だったんだものぉ」
「……イリスは戦わなくったっていいんだぞ?」
「いいえ、フレイムさん。私も、戦います。……あの、でも」
「うん?」
「まだ、うまく出来ないので……一緒に練習、してもらえますか?」
 フレイムさんは私をじっと見ていたが、その後ふっと微笑んだ。優しいそれに、やっぱり安心する。
「解った。俺の特訓は厳しいからな、ちゃんと付いてこいよ」
「はい!」
 エコーさんが私の後ろからひょいと顔を出す。綺麗な顔が、近い。
「もー何で弓じゃないのー? 俺が夜通しマンツーマンで特訓するのに!」
「うふふ、エコーがそう言うと思って剣にしたのぉ」
「え、酷くない? フラウちゃん年々俺に対しての扱い酷くなってない?」
「気のせいよぉ。あら? でもこの剣、私の渡したのじゃないわね〜?」
「……ひみつです」
 ふふ、と笑う。昨夜の彼女との約束だ。
 私たちは、ラヴィーネを出発した。
 それから二週間。私たちはひたすら歩いた。フラウさんの案内のおかげで、足場が悪い道を通る事は無かったが、それでもやはり雪国。寒さや雪が私たちの行く手を遮った。道中、フレイムさんやフラウさんに稽古をつけてもらったが、なかなか上手くいかなかった。実践になると、どうしても足がすくむのだ。未だに怯えているのが、本当に情けない。
 私がミッテツェントルムを出てから約3か月が経とうかという頃、私たちはとある村に到着していた。フリッシュの中にありながら、そこだけが一種異様の相を呈していた。
 家の造りがまず違う。今まで見て来た町の家は、何処も煉瓦で出来ていたが、この村の家はドームの様になっている。村の至る所には大精霊様を模した宝飾が飾られ、雪が被らないように祠状になっているのも不思議だ。
私たちは休息を兼ねて、その村――レンダ村――に立ち寄ることになった。
「この村、なんだか不思議な雰囲気ですね……」
「そうだな」
 何故だろう、初めて来たはずなのに、何処となくノスタルジーを感じる。平和な村だからだろうか。私たちはとりあえず、一晩を明かせる場所が無いか、村の長に尋ねることにした。
「すみません、お邪魔します」
「はいはい」
 中から出て来たのは、腰の曲がった老人だった。長い白髪は床に付き、ひげやまゆ毛も伸びて顔が良く解らない。唯一見える口元が微笑んでいるので、歓迎されているのは違いないようだ。
「おや、あなた方……」
「突然お邪魔してすみません。この村で一泊させていただきたいんですが」
 フレイムさんが言うと、村長さんは少し黙ってから、私たちに椅子をすすめた。家の中は案外と広く、温かかった。
「旅の御方とお見受けいたしましたがの」
「はい。彼女はイリス。ハイスヴァルムの生まれです」
「イリス・ルイです」
「イリス、いい名前ですな。そうかそうか」
 村長さんは長い髭を撫で、ゆっくりと言葉をつづけた。
「この村は、かの大精霊戦争の勇者の仲間の一人が、生まれ育った村なんじゃよ」
「え、そうなんですか……!」
 全く知らなかった。そういえば、私は、断片的にしか戦争のことを知らない。
 知らなくては、いけないような、気がした。
「あの、もしよかったら。教えていただけませんか、大精霊戦争のこと……」
 フレイムさんも、フラウさんも、エコーさんも、何も言わなかった。村長さんはふむ、と一つ頷くと、優しい語り口で話し始めた。
「かつて、5国を取り巻く大精霊戦争という大きな戦争があったんじゃ。その戦争の発端になったのは、人間の驕りじゃった」
「驕り、」
「そう。お嬢さんは、ミッテツェントルムが昔、リナリアという国だったのは知っておるかの?」
「あ、はい。知っています」
 確か、戦争で滅んでしまった国だったはずだ。その大地に、今、ミッテツェントルムがあるのだ。
「よろしい。我らが世界「アルマディア」には、精霊に守護された4国と精霊のいない1国が存在しておる。その一国がリナリアじゃった。リナリアは、精霊が居ない代わりに、豊かな大地と豊富な資源を有しておったが、もっと力がほしくなってしまった」
 村長さんの話は、淡々と事実を述べるだけのそれではない。吟遊詩人さんを思い出すような、詠うような。私はじっとその話を聞いた。
「そして、リナリアが計画したのは、四大精霊のひとつ、風の大精霊シルフ様の乗っ取りじゃった」
「な、」
 大精霊様を乗っ取るなんて、そんな冒涜的な事! 
 がたん、と、椅子を立つ音がした。エコーさんが立ち上がっていた。
「俺、ちょーっとトイレ」
 それだけ言うと、彼は外へ出て行ってしまった。村長さんは扉が閉まったのを確認すると、また口を開く。
「シルフ様が捕えられたのは、マッフェンが利益と研究材料欲しさに彼女を差し出したからじゃった。シルフ様を失っても、彼らは生きて行けるだけの文明を持っていたからの」
「研究材料、って……」
「マッフェンが対価として要求したのは、バオアーにいた地の大精霊ノーム様配下の二大精霊じゃったのよ。リナリアはその二精霊を言質の通り捉え、彼の国に差し出した。おまけに、マッフェンで抵抗を続けていたシルフ様配下の二精霊まで一緒にの」
「な、なんて……、なんてこと、」
 精霊を捕まえて、あまつさえ交渉の材料にするなんて。許されることじゃない。隣にいる二人も唇をかみしめている。同じ気持ちなのだと、すぐに解った。
「特殊な檻に閉じ込められた精霊たちは逃げることはおろか、言葉を発すことも出来なかった。研究材料にされたシルフ様配下の精霊はその体を弄られ、様々な機械にかけられた。シルフ様も同様じゃった。勿論ノーム様は怒った。その怒りが大精霊シェードを呼び覚まし、戦火が生まれたんじゃ」
 シェード、聞いたことが無い精霊様だ。
「その、シェード様は、何を司るのですか?」
「闇じゃよ。人間の、いいや、生命全ての闇じゃ」
 闇。人の心に掬う、争いの種。誰の心にも、闇は有る、けれど。
「シェード様は、この世に有らざる精霊じゃった。闇を体現した彼は、人の世にあらぬ諍いを及ぼす。対になる光の精霊アスカ様と共にお眠りのはずじゃったが、ノーム様はリナリアへの対抗手段として彼を呼び覚ました」
 ――私には、ノーム様の気持ちが、解るような気がした。精霊様はみな、家族の様に一つにつながっていると教会で聞いたことがある。だから精霊教会の人はみな家族なんだと。家族を奪われ、蹂躙されて、怒らない親がいるだろうか。取り返したがらない親が、何処にいるだろうか。そのために力を欲したとしても、一体誰に彼を責めることが出来るだろう。
「しかし、それを悲しんだのは平和を愛する水の大精霊ウンディーネ様での。彼女は、争いをやめるようにノーム様に進言した。何度も、何度も。しかし、暴走した彼に聞く耳は無かった」
 フェンリルさんが言っていたことだ。そうか、あの時の話の、ウンディーネ様の相手は、ノーム様だったのか。
「其れに悲しんだ彼女は、ついにその身を閉ざしてしまう。フリッシュは完全不戦主義を貫き、国を氷で閉ざしたんじゃ。それから100年に渡る戦火により、人類は滅亡する危機にまで瀕した」
「そうまでして、ノーム様は……」
 私の問いに、村長さんは首を横に振った。否定の意だった。
「ノーム様は怒ったが、しかしそこまでの事を望んだわけでは無かった。闇を手にして強大になったシェードが暴走したんじゃよ。シェードはその力をさらに確固たるものにするため、人間に憑依した。それが後に「魔王」と呼ばれるようになったんじゃ。世界の危機に、これまで行方をくらましていた日の大精霊イフリート様は、「魔王」へ対抗する戦力として「勇者」を選抜した。討伐隊が組まれ、その力は少しずつだが強まっていった。その中の一人が、この村の男じゃったのよ」
 勇者。魔王を倒す、勇者。私は何故か、夢の彼を思い出していた。軍を率いて、空高く剣を上げた彼を。
「ノーム様も、責任をお感じになったんじゃろう。リナリアに捕らわれていたシルフ様配下の精霊を秘密裏に助け出し、対魔王勢力へ加えた。イフリート様は自分の配下の精霊をフリッシュに送り、水火同盟を結んでさらに勢力を広げた。リナリアはその年、同盟国のマッフェンにも侵攻をかけての。ノーム様はそれを皮切りとして同盟を破棄し、そのほかの精霊も奪還したんじゃ」
 そうだったのか。大精霊戦争とは言葉ばかりではなく、本当に精霊様が大きくかかわる戦争だったのだ。勿論、その精霊様を守るために戦った人間もいただろう。勇者様の様に民を救おうと思った人もいただろう。闇に捕らわれた魔王のような人も。でも、それはきっと、精霊様のせいなんかではなく、それぞれの、意志だったに違いない。
「勇者側には光の大精霊アスカ様も付いた。勇者とその仲間によって、大精霊戦争は終焉を迎え、首謀国だったリナリアは滅亡した。そして、平和の国として、新たにミッテツェントルムとして生まれ変わったんじゃよ。ああ、そういえば」
 村長さんはふと首を傾げた。エコーさんの出て行った扉をちらりと見て、また下を向く。
「シルフ様を助け出したのは、大地の子だったはずじゃ」
 大地の、子。その言葉を、私は、どこかで――。
「さ、長くなってしまったの。宿はこの村にはないんじゃよ。狭いと思うがこの家を使ってくれ。わしは今夜はおらんから、好きに使ってくれて構わんよ」
 そう言って、村長さんは外へ向かった。不意に私を振り返ると、彼は呟くように言った。
「あんた、イリスって言ったね」
「あ、はい……」
「虹の子か。似ているのは、運命かもしれんのう」
「え、何の事ですか、」
 村長さんはもう答えてくれなかった。彼の出て行った扉の奥に、ちらりと見えたブラウンの髪。私は思い出していた。あの時の、あの言葉を。


 
Flish Episode8
【And it's the least I can do,】






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