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 フリッシュの首都、ラヴィーネは美しい町だった。石畳は煉瓦で作られ、家々も同じように赤銅や黒、白などのモザイク模様に彩られている。街灯は水滴を模したな雫状のランプが揺れ、薄暗がりの町を淡く飾っていた。屋根には雪があるものの、道にはあまりそれが無い。どういう仕組みかは解らないが、町の外よりもほんのりと暖かいように感じる。
 少し進むと、眼前に聳え立つのは教会だった。水色を基調としたアラベスクの壁、ステンドグラスがきらめく窓。緻密な模様で、女神さまが描き出されている。私は見惚れた。
「俺はここで失礼する。教会のつてを通じて、独自で調べようと思う」
「そうか。連れてきてくれて感謝するよ、フェンリル」
「喧嘩相手が居なくなるのは寂しいけどー、ま、しょうがないっか」
「フェンリルさん……」
 そっと、彼の指がまた頬に触れた。初めて会ったその日と同じ。私は彼の瞳を見た。
「イリス。君は間違えるな」
「え、」
「答えはそう遠くない所にあるはずだ」
 私にだけ聞こえる声で耳打ちすると、フェンリルさんは教会の門の中に消えて行った。
 間違えるなよ。それは一体、何を。
「イリス? どうした?」
「もしかしてフェンリルに口説かれた?!」
「ち、違いますよ! 何で私が口説かれるんですか……!」
「じゃあなんて?」
 フレイムさんの目が私をとらえる。その赤から逃げるように、私は目をそらした。
「元気でなって、言って下さいました」
「……そうか」
 それ以上、彼は綿に何も言わなかった。私はフェンリルさんの入っていった教会の門を見つめる。
「あの、我がままを言っても、いいですか」
「どうした?」
「私……、私、祈りたいんです」
 エコーさんとフレイムさんは、少し驚いたようだった。そのあと二人で目を見合わせ、微笑みと共に頷いてくれた。
「いいよ。イリスちゃんは教会の子だったんだもんね」
「この教会はウンディーネ様の信者じゃなくても入れるはずだ。行こう」
 中は、それはそれは荘厳な雰囲気を醸し出していた。三又の蝋燭が、ちらちらと優しい火を放ち、壁には絵画やステンドグラスが埋め込まれている。描かれているのは大精霊戦争を写したものだろうか。
礼拝堂は、中に入ってすぐのところにあった。門を潜ると、大きなシャンデリアがいくつも輝き、礼拝のための人が長椅子に座っているのが見えた。ゆっくりと、中へ進む。奥には、ウンディーネ様を模した像が飾られている。私は、そっと指を組んだ。
 祈りの言葉を、唱えようとした、その時。
「火と水と、大地と風をお守りくださる御精霊様。如何か卑しいこの身の不浄をお許しください」
 これは、この祈りの御言葉は。私は弾かれたように後ろを振り返った。
 白い肌、少し長めの黒髪、紫の瞳。痩躯を包む、黒の神父服。
「――サイ兄様っ!!」
 私は駆け出した。教会の中だという事も忘れ、誰の目も気にすることなく私は兄様に抱き付いた。生きている。暖かい。ぽろぽろと涙があふれて止まらない。
「イリス、なのかい? どうしてこんな所に……!」
 兄様の匂いだ。私は涙をぬぐうと、兄様の顔を見上げる。何も変わっていない。私は声を上げて泣いた。
 そんな私を咎めることなく、兄様は居室へと私を連れて行った。フレイムさんとエコーさんも一緒にだ。兄様は私を膝に乗せ、ずっとやさしく頭を撫でてくれた。
「驚いたよ、あの火事で、イリスは死んだとばかり……」
「私もよ。あの時、お使いから帰ってきたら教会が燃えていて……。兄様こそ、死んじゃったって思っていたの」
「あの時、気分が優れなくてね。外の空気を吸いに出ていたらいきなり中から爆音がして、どのくらいかは解らないが吹き飛ばされたんだ。気が付いた時には、教会は燃え落ちた後で……イリスの遺体も見つからなかった。だから、シスターの兄を頼ってここまで来たんだ」
「そうだったの……」
 兄様が生きていて、本当に良かった。とん、と後ろから肩を叩かれ、振り返るとフレイムさんとエコーさんが訝しげに私たちを見つめていた。
「イリス、そちらは誰なんだ?」
「あ、ご、ごめんなさい。私の元いた教会での兄なんです。兄様、こちらはフレイムさんとエコーさん、私の事をここまで連れてきてくれたのよ」
 兄様はにこりと笑った。
「サイ・シオンです。妹がお世話になりましたね」 
「いいえ。俺はフレイムです」
「エコーです、よろしく。イリスちゃんにお兄さんが居たなんて知らなかったなあ」
「あ、いえ……本当の兄じゃないんです。教会では、みんなが兄弟でしたから……」
 なるほどなるほどとエコーさんが頷く。フレイムさんは真剣な顔で兄様と私を見ていた。
「イリス、それにしても、君たちはどうしてここに?」
 兄様の問いも最もだ。私は今までの事を説明した。ハイスヴァルム軍がバオアーに向かったこと。バオアーが寒冷化で作物が取れなくて困っていること。雪山のモンスターの事。そうして、ここに入る前に見たマッフェン軍のこと。兄様は黙って私の話を聞いてくれた。
「そうか。冒険をしたんだね、イリス。よく頑張った」
「兄様……」
 優しい言葉。兄様の。私はまたこぼれそうになる涙をぐっとこらえた。
「イリスは泣き虫だね」
 くすりとほほ笑む兄様に、私は恥ずかしくなる。
「そういえば、さっきまでフェンリルさんっていう方とも一緒だったの、兄様知ってる?」
「ああ、知ってるよ。彼はここの敬虔な信者でね。教会の仕事も良くしてくれているんだ」
「イリス」
 フレイムさんが私に呼び掛ける。振り返ると、彼はさっきの真剣な顔ではなく、優しいいつもの笑顔を浮かべていた。
「俺とエコーは宿にいるから。兄さんと積もる話もあるだろうし、後から来てくれればいい」
「待ってるからねー!」
 二人はそう言い残して、部屋を出て行った。二人きりになると、兄様は、ふふ、と小さく笑った。
「良い人たちじゃないか。イリスをちゃんと守ってくれたし、それに何より、腕が立つみたいだ」
「どうして解るの?」
「フレイム君の手、ずっと刀の柄に掛っていたし、エコー君もそうだった。僕が何かしたら、今にも切りかかってきそうだったな」
 兄様はもう一度、今度はおかしげに笑う。
「そんな! 兄様は悪い人じゃないわ!」
「それはそうさ。でも、フレイム君やエコー君は、君を守りたいんだね」
 兄様の白くて細い指が、さらりと私の髪を撫でた。紫の瞳が、優しげに揺れる。
「でも、違うの、兄様……。あの人たちが私に優しいのはね、私じゃない人を思い出しているからだと思うの」
「それは誰? イリスの知っている子かい?」
「知らない子よ。でも、夢に見たの。その子と私が似てるから、こんな私を守ってくれたの」
「イリス」
 兄様の低い声が、耳に響く。昔と何も変わらない、優しい笑顔の兄様。できるなら、ずっとこの胸の中に居たい。
「イリス。君は、僕が誰かに似ているから、自分の命をかけて僕を守ろうとするかい?」
「……、しない、兄様が、サイ兄様だから……だから、守ろうって思うわ」
「だろう? あの二人はきっと、君が好きなんだ」
「す、き……」
 フレイムさんと、エコーさんが、私の事を。好き。
「イリスはどうだい? あの二人が嫌いかな?」
「……ううん、嫌いじゃ、ない……」
 フレイムさんも、エコーさんも、フェンリルさんだって、私は嫌いじゃない。太陽のような笑顔も、花の様な微笑みも、氷のような潔さも。私は好きなのだ。
「なら、解るね。宿に帰ったら、ちゃんと話を聞いてごらん?」
「はい、兄様」
「良い子だね、イリス。いっておいで」
「――また、逢いに来ても良い?」
「もちろんだよ。いつでもおいで」
 

Flish Episode5
【seek the earth for dearest】






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