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フォレの出先で馬を調達し、2週間かけて国を縦断した。早馬ではあったのだが、各所でいろいろとあり、結構な時間がかかってしまった。最初は慣れなかった乗馬も、今は随分慣れてきた。フレイムさんとエコーさんは当然のことながら最初からうまく乗れて、教えてもらってやっとだったが。
 ぱかぱかと軽快な音を立てて進む馬の上で、冷たくなった風に吹かれながら、はあとエコーさんが溜息を零す。
「フレイムがいろんなとこでジーさんバーさん助けるから、こんなに時間かかっちまったんだよ」
「その口で言えた義理か? 山賊に襲われてた女の子助けて、散々口説いてたお前に言われたくない」
「ケンカしないで下さい……」
 二人の目がじとりと私を見た。
「な、何です……?」
「イリスにも原因の一端は有るよな」
「あるある」
「えっ?!」
「お前さあ、珍しいもんとか花とか見つけると、すぐどっか行っちまうんだもんな」
「本当だよー、俺の愛のレーダーでも探すの大変なんだから!」
「ご、ごめんなさい」
 知的好奇心はどうしても、我慢できなかった。あのまま教会に居たら、見る事は一生なかっただろう景色。何の因果か見る事が出来た風景。ひとつひとつをしまっておきたかった。
 そのまましばらく行くと、小さな門が見えてきた。フルス、と書いてある。
「あ、もうすぐフリッシュだよ」
「あそこがバオアー最後の町か」
「寒くなってきましたもんね」
 でも、確か精霊の力で国々は守られているはずだ。幾ら国境近くとも、寒いなんてことがあるだろうか。バオアーの国境では、入国してしまったら砂漠の暑さなんて全く気にならなかったのだが。
「とりあえず町に入ろっか。どっかで休みたいでしょ?」
 目をキラキラさせているエコーさん。休みたいのは彼自身なのではないだろうかと内心面白くなりながら、私は頷いた。
 フルスの町は、フォレと違って随分と賑わっていた。フォレが村と言う呼び名がふさわしいとすれば、フルスは街だ。様々な施設や飲食店が立ち並び、宿も多くある。フリッシュとの交易の町なのだろうか。そういえば、立ち寄る町は国境沿いの場所が多いが、何処も違った色があるのが不思議だ。
「ねえフレイムちゃーん」
「ちゃんって言うなキモイ」
「ちょーっとだけ、ちょっとだけでいいからあそこ寄りたいなぁー」
 猫なで声でエコーさんが言う。彼の指さした場所は、煌びやかなネオンが輝く飲食店のようだった。
「お前、あそこがどういうとこか解って言ってんだろうな?」
「うん」
 その笑顔は、にっこり、という表現がぴったりだった。半ば引っ張られるように店の近くに連れて行かれる。ちらりと覗くと、色とりどりのビンが棚に並べてあった。
「わ、綺麗ですね」
「ったく……。酒場にイリスを連れていけるわけないだろ!」
 フレイムさんはエコーさんを睨みつけながら言った。酒場、なるほど。お酒を飲む所なのか。確かに行った事は無い。
「だってさ! ずっとちゃんとしたご飯食べてないんだよ?! 二週間ずっとよ!? 一杯だけにするから、お願いっ」
 ちらりと見上げると、半ばあきれ顔のフレイムさんの顔があった。私はちょっとだけ後ずさる。
「あの、私、先に宿に……」
 エコーさんが私の頬を両手で包み込んだ。顔が近い。
「イリスちゃん……いや、イリス!」
「は、はいっ!」
「何事も勉強、何事も経験だよ! さあ、レッツゴー!」
 そのまま腰に手を回され、お店の中に押し込まれる。中は思ったよりも狭くなく、むしろ小綺麗な料理屋さんという雰囲気だった。フレイムさんに席を見つけてもらい、とりあえずそこに座ってきょろきょろと中を見回すと、角の方に女の人が集まっていた。きゃあきゃあと楽しそうな声が上がっている。
「何でしょう……?」
「若い女の子があんなにたくさん……!」
「おいエコー」
「俺、俺行ってくる!!」
「おいって!!」
 エコーさんは一目散に女の人集団に走って行った。額を抑えるフレイムさんが何とも言えず可愛らしい。
彼は笑顔で彼女たちに話しかけていたが、突然に叫び声を上げた。
「あっれ?! 何で居んのっ?!」
 如何やら中心にいた人と話をしているようだ。女の人達は不服そうな顔をしながら散り散りに帰って行った。そして見えたのは、きれいな男の人だった。
 エコーが彼の手を引いて――本人はとても厭そうにしているが――私たちのテーブルまで連れてきた。
「え、あの、お知り合いの方ですか……?」
「ねえねえ何飲んでるの? ウィスキー? スコッチ?」
「煩い黙れ」
 エコーさんは嬉しそうに笑っている。昔なじみの人なのかもしれない。
 雪色の肌に、ダークブルーで左側の顔が完全に隠れるような髪、釣り目の同色の瞳の彼は片手にロックグラスを持っていた。響く低い声は氷の様にも感じられる。
「ちょーだい」
 エコーさんがグラスを奪い、一口流し込んだ。男の人は腕組みをしながら目を閉じている。
「うわ、これノーム茶じゃん!」
「うまいぞ。バオアーが生んだ最高傑作だ」
「下戸かお前! 酒場でお茶飲む奴が何処にいんの?! しかもこれウチで作ってるやつだから!」
 二人のやり取りに必死で笑いをかみ殺しながら耐えていると、いつの間にかいなくなっていたフレイムさんが戻ってきた。
「あ、あの、どなたですか……?」
「エコーの同期のフェンリル。フリッシュに住んでるんだ」
「同期……」
 学校が一緒だったのだろうか? それにしても仲がいい。あんなに無邪気に楽しそうに笑うエコーさんは初めて見た。
「ほら」
 フレイムさんが私に手渡したものは、さっきエコーさんが飲んだそれに似ていた。ダウンライトを浴びてきらりと煌く琥珀色のそれ。
「飲んでみろよ、美味いから」
 フレイムさんは何時もの笑顔を浮かべながら、私の隣に腰を下ろす。恐る恐る口を付けると、風味豊かなお茶の味が口いっぱいに広がった。
「あ、おいしい……」
「だろ」
「はい、ありがとうございます」
 フレイムさんを見上げてお礼を言う。彼は何故だか目をそらしてしまった。
「あ、私、何か悪い事でも……」
「ちょっとちょっと! 君たちはイチャイチャしない!」
 ひょこりと私とフレイムさんの間から顔を出したエコーさん。一体いつ移動したのだろう。
「お前なあ……」
 エコーさんとフレイムさんの二人がまた話を始めたので、それを聞きながらふいと横を見ると、そこはお土産物売り場になっていた。木彫りの人形が置いてある。壮年の男性の人形だ。顔つきは精悍であるようだが、古いせいか良く解らない。
「あれ、でもこの人……私、どこかで……」
 手に取ってみようとすると、上からふっと手が下りてきてそれを奪われた。見上げると、ダークブルーの瞳と目が合った。
「あ、フェンリル……さん」
 彼は無言でおもむろに人形の頭を掴む。
「えっ」
「これはこうやって使う」
 人形の頭がぱこっと取れて後ろに落ちた。蝶番になっているようだ。驚いてその中を覗き込むと、そこには茶葉が入っていた。
「す、すごいです!」
「だろう。さすが民芸の国だ」
「農業の国だよ馬鹿!」
隣でエコーさんが突っ込みを入れる。私はついに吹き出してしまった。



Flish Episode1
【jolly good fellow】






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