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 温かな風に、目が覚めた。未だ夜は明けきっていないようだ。私はパジャマ代わりにと与えられたワンピースの上にショールを羽織り、そっと外へ出た。
 いつも与えてもらってばかりではいけない。私も何かしなければ。昨日の様に木の実が有れば、朝ご飯が作れるだろう。昨日の森へ、足を向ける。
 朝霧に包まれたそこは、夜のような鬱蒼とした空気は無い。足を踏み入れようとしたその時、右肩を掴まれた。
 驚いて振り返ると、エントさんの姿がそこにはあった。
「エントさん……」
「何してらっしゃるの」
「あ、あの……昨日のお礼に、朝ご飯でも作ってあげようかなって……」
 エントさんの茶色の瞳が私を射抜く。たじろぎながらも見つめ返すと、エントさんは大きな溜息を零した。
「貴女、この森の植物の何が食べられるものなのかご存じなの?」
「あ、」
 言われてみれば、確かに知らない。図鑑で見た知識だって、それほど役には立たないだろう。
「仕方のない子ね」
 エントさんは森に足を踏み入れた。私はその後を追う。
「もしかして、ついてきてくれるんですか」
「成り行き上仕方なくですわ。誰が好き好んでいくものですか」
 それでも私は嬉しかった。同じくらいの年ごろの女の子のお友達は、居たことが無い。彼女が友達と思ってくれているかはまた別の話ではあるが。
朝露に濡れる緑はどことなく神聖で、それでいて身を包むやさしさがある。煌く水滴が美しかった。その中で、エントさんはてきぱきと実や花や葉を集めて袋に放り込んでいく。
「すごいですね」
「何がですの?」
「エントさんが」
「はあ?」
「見ただけで、どれが食べられるかわかるんですね」
 エントさんは恥ずかしそうに顔を背けた。耳が薄ら桃色に染まっている。やはり可愛い。
「ずっとこの森に住んでいるのだもの、それくらいわかりますわ」
「ずっと? すごいですね。お父様とですか?」
「ええ、そうよ」
 私は嬉しくなった。久しぶりにこんな会話が、同じ年頃の女の子と出来ている。零れる笑みを抑えておけない。
「何ですの、気持ち悪い」
「いえ、何でもないんです」
「貴女って、嫌な奴ですわ」
「ふふ」
 袋にいっぱい食材を詰めて森を出た。夜はすっかり明けて、朝日が村に差し込んでいた。
「ありがとうございました」
「別に、何もしてませんわよ」
「私、この森が大好きになりました」
 エントさんが振り返った。その瞳には驚きの色が写っている。
「どうしました?」
「あ、いいえ。何でもありませんの。あの方と同じ事を、言ってらっしゃったものですから」
「え、あの方って……もしかしてエントさんの好きな人ですか?! もしかしてエコーさん?!」
「違いますわよあんな馬鹿! あの方はもっと――」
「イリスちゃん?!」
 エコーさんの声だ。私はエントさんの後ろからひょいと顔を出す。
「ちょっと何処行ってたの!?……エント、お前まさか」
「……さよなら」
 エントさんはそれだけ言うと、また鳥に乗って何処かへ行ってしまった。エコーさんが私に駆け寄って、両肩を掴まれる。
「イリスちゃん大丈夫?! 何かされなかった?!」
「いいえ、なにも……いい方ですね」
「そう……なら、良かった」
 胸をなでおろしたようなエコーさんが息を吐く。私たちは連れ立って歩き出した。
「何やってたの? 朝起きたら居ないから、心配したんだよ」
「あ……ごめんなさい。皆さんに、朝ご飯を作ろうと思って」
「それで森に?」
 こくりと頷く。エコーさんは俯いた私の頬にそっと触れ、目線を合わせてくれた。
「ありがとね。気ぃ使ってくれたんだ」
「あの、ごめんなさい」
「いいのいいの。俺こそごめんね?」
 エコーさんは私の頭を撫でる。羞恥から赤くなる頬に気づかれなければいいなと、そっとショールを引き上げた。
 家に戻ると、フレイムさんが駆け寄ってきた。
「イリス! 良かった、無事だったんだな!」
「ごめんなさい、大丈夫です」
 この人たちは、どうしてこんなに見知らぬ私を心配してくれるのだろう。不思議だけれど、いやな気分にはならない。フレイムさんにも事情を説明し、今日は私がブタさんエプロンをつけた。
 教会ではあまりたくさん料理は教わらなかったが、見よう見まねで作ってみる。パンは昨日の残りを出して、オーブンで焼いた。エントさんと取った葉を軽く炒めて桃色の花を彩に添える。パンを付けるソースは、細かく砕いた木の実を昨日のスープを混ぜたものだ。
「いいねえいいねえ、可愛い女の子が料理する姿って何とも言えずそそるねえ」
「黙れ女たらし」
「ちょっと朝からひどくない?!」
「ふふ」
後ろで聞こえるやり取りに笑みをこぼしながら、出来上がった食事を出す。
「昨日のエコーさんの料理よりおいしくないと思いますけど」
「いやいやおいしそうじゃん! いただきます!」
「美味い!」
二人が喜んで食べてくれるのを見て、ほっと一安心した。とりあえず、少しは感謝を返せただろうか。食事を終え、出されたお茶を飲んでいた時、ふっと思い出したようにエコーさんが首を傾げた。
「そういえば君ら、バオアーまで何しに来たの?」
「……あっ!!」
 ……二人の声が、きれいにユニゾンした。



Baor Episode5
【Isn't breakfast ready yet?】






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