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師匠さんが出て行くと、入れ替わりにサラマンダーさんが入って来た。髪と同じ、臙脂色の目にじっと見つめられる。思わず目をそらすと、彼はふうと溜息を零した。
「先程は、済まなかった」
「えっ、」
「どうも、口が悪いと、師匠にも言われる。怖がらせてしまったのなら、済まない」
私は慌てて手を振った。
「あ、いえ、あの、こちらこそ……」
 誤解していたのは、私のほうだった。一瞬でも怖いと感じた自分が、恥ずかしくなる。
「兄者、仕事とは……」
 そんな私の心境を知ってか知らずか、フレイムさんがずいと身を乗り出して言った。
「実は、このハイスヴァルムの内戦を指揮していた過激派が、内密にバオアーに逃げたという情報がある」
「過激派……」
 吟遊詩人さんや、商人から伝え聞いてはいたが、本当にいたなんて。
 私は唇をかみしめた。
「つまり、仕事って」
「ああ。君たち二人で、バオアーへ行ってほしい」
 沈黙が流れた。フレイムさんは何故か眉を顰めて俯いている。短い期間ではあるが、一緒に居て、こんな彼は見た事が無かった。
「……そんな大事な仕事、俺なんかより、兄貴の方が……」
「フレイム。外では兄貴と呼ぶなと何度言えば」
「だって、俺は兄貴より弱いし! 能力だって……」
「フレイム」
 咎めるような声色のサラマンダーさんに、はっと顔を上げるフレイムさん。私はそんな二人を見ながら、何故か懐かしい気持ちになっていた。
「俺が残る。またあの方にどこかに行かれても困るしな」
 ふ、と、サラマンダーさんが笑った。
 ああ、フレイムさんに似ている。
 サラマンダーさんは、師匠さんが本当に好きなのだ。
「……解った」
 フレイムさんは頷いた。でも、と、彼は続ける。
「俺はともかく、イリスはどうして」
 そう、そうだ。私がどうして。
「あの、私がいても……フレイムさんの足手まといになるだけじゃ」
 サラマンダーさんはじっと私を見つめた。先程の様に、怖いとは感じない。
「話は聞いている。ミッテツェントルムの教会のようなことが、また繰り返されるのは厭だろう?」
 は、とした。
 ――こんな思いをするのは、私だけでいい。
「行きます。私……行かなきゃ」
「……いいのか?」
 フレイムさんが私の顔を覗き込む。朱色の目が、心配そうに揺らめいている。
「はい。大丈夫です」
 私はきっぱりと頷いた。これは、そう、私の使命のようなもの。何故かそんな気持ちが、心のどこかで湧きあがった。
「すまない。頼んだ」
 サラマンダーさんは頭を下げた。慌てるフレイムさんをちらりと見上げ、彼はまた少し笑ったように見えた。
「荷物はまとめてある。砂漠は暑い、肌を守るコートも忘れずに持って行け」
「解ってる、ったく心配性だな」
「お前がそそっかしいからだろう。健闘を祈る。ああ。あと」
「今度は何だよ!」
「汗もかいただろう、シャワーがある。此処の風呂は綺麗なはずだ。これから砂漠だ、身を清めるといい」
 そう言い残し、椅子の下から引っ張り出した砂漠越え用の二人分の荷物を、二人であんぐりと口を開けて受け取るしかなかった。
用意周到という言葉がこんなに似合う事が有っただろうか。
 サラマンダーさんの出て行った扉を二人で見つめながら、取り残された感をぬぐうのに数十秒の沈黙が必要だったことは言うまでもない。
「あ、ええと、イリス」
「はい」
「シャワー。浴びて来いよ」
「え、えっ?!」
「? 汗かいただろ?」
 ああ、そういえば。
 ……私は一体何を考えてるんだ。
「じゃあ、はい。浴びてきます」
「うん。後これ、兄貴が……じゃなかった、兄者が用意してくれた砂漠用の服。着方解るよな?」
「たぶん」
 紙袋に入った服を受け取り、私はそそくさとバスルームへ向かった。高級な宿だけあって、しっかりした作りになっている上、何故か湯船にきちんとお湯まで張られている。
 汗やら泥やらで随分汚くなった服を脱ぎ、湯船に浸かる。気持ちいい。
 ミッテツェントルムを出てから、お風呂になんて金輪際入れないと思っていた。
 外でフレイムさんが待っていることを思うと、それほどゆっくりはしていられないのだろうけれど、やはりちょっとは。次はいつになるか、解らないし。
 私はひとしきり汗を流し、髪も洗って外へ出る。ひんやりとした風が心地よい。
 渡された紙袋を開けると、中にはハイスヴァルムの民族衣装が入っていた。
 ロングの桃色のワンピースに、薄手の白地のショールが入っている。サリーというそうだが、見た事は有るものの、実際に来た事は無い。ワンピースはともかく、この長いショールをどう巻くか。肩にかけ、はさんだり織り込んだりと見よう見まね、悪戦苦闘の末、ようやく形になった。
 鏡で見ると、案外様になっている。私はそっとバスルームを出た。
「あの、終わりました」
「お、似合うな」
 満面の笑みで言いながら、ここはこうで、こうのほうがいいと服を直してくれるフレイムさん。何時の間に何処でシャワーを浴びたのか、彼も服を着替えて、砂漠用の服になっている。褐色のしっかりした筋肉質の肌が垣間見え、私は少なからず目のやり場に困った。
「あ、ありがとうございます……」
「よし、じゃあいくか」
「え、もうですか」
「もうって、もう夜だけど」
 ……行く末は不安にまみれている。


Highthvalm Episode2
【courage to advance】






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