鍵を開ける音がして、次の自分の行為によって来るべき音に備え、目を瞑って紐を引いた。──ぱあん、と予想を裏切らない乾いた音が玄関に鳴り響き、紙吹雪や色とりどりの紙テープが散らされた。

私の腕の中に納まっていた雅も音に吃驚したのか、背筋を震わせて私から飛び降りて帰ってきたばかりの征くんの足元に擦り寄った。いつもぴん、と綺麗に立っている耳を伏せてこちらを睨め付けているようだった。そんなに驚かなくても良いのに。
驚いたのは行動に移した雅だけでなく、征くんもまた然りである(驚かせる目的を達したといえばその通りだ)。声を上げたり大袈裟にのけぞったりという反応はないにせよ(征くんがそんな反応をするなら是非見てみたいものだが)一瞬驚嘆を顔に湛えてから、遅れてやってきた紙テープを被って呆れたように目尻を下げた。

「誕生日おめでとう、征くん」

さっきまでの呆れたような顔を一転させ、嬉しそうに頬を緩めて、私の頭に手を乗せ反対の手で私の身体を引き寄せゆるく抱き締めた。ありがとう、と低い声が耳に心地よい。征くんが首筋に顔を埋めてくるのが赤い髪がさらさらとどうにもくすぐったかった。しかし、彼は至って真面目にそうしているようで突き放せなかった。

「生まれてきてよかった、って思えた」
「…大袈裟だよ」
「そんなことないさ」

「もしかして誕生日忘れてたなんて言わないよね?」
「一分前までさっぱりな」案の定だったらしい。

気障っていうより、大袈裟だなあ。でもそんな大袈裟な台詞がむず痒くも嬉しくもあって、私まで釣られたように笑う。あたたかい気持ちに包まれる。
玄関でこうしてるのもなんだし、と中に入るのを促すと案外あっさり腕を解いて、(その後あたかも自然であるかのような仕草で手を握られたが)二人で食卓に着いた。

どうしてもサプライズに拘りたかった私は、今日夜は用意しなくていい、と言って家を出た彼を止めることなく、ケーキだけを準備して帰宅予定時刻十分前から玄関で雅とともに待機していたのである。甘いのが好きでない征くんのことを考え、小さなホールのビターテイストのチョコレートケーキを予約していた。
冷蔵庫から取り出して、ナイフも揃え、席に着いたとき、用意してあった箱が目に付いた。…先に渡してしまおうか。


「あ、食べる前にいいかな?」

じいっとケーキを凝視している征くんには申し訳ないながらおずおずと言い出した。なんとなく今渡してしまいたい、と。見せたらどんな反応を見せてくれるだろうか。という期待よりも、どちらかというと受け入れてもらえるだろうかという不安の方が大きかったのは秘密だ。小奇麗にラッピングされた小さめの箱を取り出して征くんに渡す。開けてもいいか、という言葉に静かに頷く。


「…これは?」

顔は見れなかったが声だけで彼が戸惑っていることが分かって、ますます目があわせられなくなる。また静かに口を開く。

「首輪、のつもり……。雅と、私と征くんの」
「首輪?」
「うん。あ、でも私と征くんのは首につけるんじゃなくて…」

レザーの黒と赤と白の三本のそれは猫用のもので、人間の首につけるようにも(?)小さすぎる。キーホルダー感覚でつけてもらおうと思って、と説明すれば納得したように頷き、くすりと笑みを漏らした。

「なまえらしいな」
「どういう意味ですか、それ」

私の言葉を無視して、我知らず顔で呑気に彼の膝の上で寝ている雅を持ち上げて、三つのうちの一つの白い首輪をつけてやっていた。嫌がるかなと不安になりもしたが、大人しく従っているのを見て少し安心した。なまえにはこれ、と渡された赤色のものを受け取る。征くんは黒の首輪を取り出してどこに着けて欲しい?と聞いてきた。

「…え、私が決めるの?」
「そのつもりじゃなかったのか」
「お揃いみたいなつもりだったんだけど……」

頬に手を添えて黙考して、「その鞄でもいいかな」と部活に持っていっているエナメルバッグを指差した。勿論とでも言いたげにすぐさま頷いて、つけてくれるんだろう?と差し出した。一番小さな穴に針を通すと、成程ミサンガの親戚に見えなくも無い。サイズ的にも色からしても黒色だからか違和感もない。


「僕は…そうだな、携帯を貸せ」

ん、と躊躇いも無く差し出して渡すと、さっきのように一々綺麗な所作で取り付けて満足そうに明かりに掲げて赤色の革ににやり、とした。

「雅も喜んでくれたかな」
「…どうだろうな」
「ひど、私傷付いたー」
「拗ねるなよ」

「少なくとも、僕はすごく気に入ったけど」

雅の喉をを撫でるたび触れる首輪と指先の白さが真っ黒な艶のある毛に映えてその動作に目が釘付けになる。ぐるぐると喉を鳴らす雅に目をやっているの征くんの頬が少し紅くなっていた気がする。私も嬉しくも気まずくて携帯に着いたそれを手でいじっていた。

そろそろ食べないかと思い出したように呟いた言葉で我に返り、ろうそくにライターで火をつける。
明かりを消して、いくらか短縮したハッピーバースデイを恥ずかしながらうたわせてもらう。ゆらゆらとゆらめいているろうそくの火だけでは、彼が今どんな顔をして居るのか、分からない。


ハッピーバースデイ、トゥーユー。

歌い終わるのとほぼ同時に征くんが息を吸って、小さくも確かに細く燃える十六本の火を勢い良く吹き消した。

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