生きる意味って何だろう。

それを考えるのがニンゲンだけでなく、私たちポケモンが抱き得るものだということを私は知っている。だからこそ、その道理に従い私もまた考えるのである。

それは、慢性的に湧き出てくる疑問で、いとも容易く私の心を埋め尽くしていく。それは離れることを知らず、明確な答えを出せないまま萎んでしまう。そしてまたふとした拍子に表れて、私の心をもくもくと雲のように覆って包み込み、少しずつ、少しずつ蝕んでそうする度私の心は磨り減っていく。そんなことを繰り返す日々に疲れてしまったんだと思う。


私に向けられる好奇と軽侮の目から逃げる毎日には嫌気が差す。

「イーブイ」はトレーナーの手なくして、エーフィになることはない。

だから、野生のエーフィは、存在しない、存在しえない、存在してはならない、存在するはずの無い存在なのだ。そして、何対何かそんな数字も忘れてしまったけれどオスとメスでメスの割合が低いことも「イーブイ」の特徴だった。

かつて私の主だったものはいつからか変わってしまった。
いや、そんな曖昧な言葉で誤魔化してはならない。最初からそうだったのだ。飼われることに、従うことに夢見た私への罰がこれなんだ。あのトレーナーは何体ものメスのイーブイを所持していて、「エーフィ」に進化させる方法も知っていた。
全て珍しさ故に私たちを売るために。
エーフィに進化して、彼の考えが読めるようになった途端それを知り、私は恐ろしくなった。夜こっそりボールの中から逃げ出した。後先のことも考えず、ただその上から逃げるように、走って走って走って走って走り続けた。
もしあのとき、何も知らずに売られていればとも今では思う。もしかして今よりずっと幸せだったのかもしれない。
今頃彼女たちはどうしているだろう。ブースターは、シャワーズは、サンダースは、ブラッキーは、リーフィアは、グレイシアは。たらればを言っても仕方ないのは分かっている。

全て、"今更"なのだから。





太陽から逃げ隠れしながら過ごしていたときに、出会ったのは見るからにトレーナーでも何でもない、もしかしたらポケモンの存在すら知らないのではないかと馬鹿げた想像をしてしまうほどに無垢な少女だった。
銀色の髪を夜風に靡かせて物憂気に佇むその少女を見て、私は逃げることも忘れ、その横顔をただじっと見つめていた。

なんて、綺麗なんだろう。
なんて、美しいんだろう。

比較にもならないくらい、綺麗で澄み切っていて透明で真っ直ぐで涼しげなのに冷たくは無くてどこか温もりが感じられてそのくせどこかに消えてもう二度と会えなくなって本当は存在しなかったんじゃないかって思うくらいにはかなくて。ゆめやまぼろしに似ていて、だからこそ今逃げたら多分二度と会えないだろうという不安が足にまとわりつく金縛りのようだった。手に入ってもいないくせに失いたくないという気持ちが先行して。


「貴女はだあれ?」


高く澄んだ声は目の前の少女の容貌から想像していたのと寸分の狂いも無く脳内に直接溶け込んできた。にゃあ、とわずかに無く。
警戒して一定距離を保っていたのを先に解いたのは少女の方だった。腰を上げて私から目を逸らさないままに階段を降りてこちらにやってきた。手を伸ばしてもぎりぎり届かない絶妙な距離で立ち止まって姿勢を低くしていた私の目線に合わせてしゃがんだ。
目まであわせているのに感情が読めない。それが恐ろしくもあったけど恐ろしいだけではなかった。膝の上で組まれていた両腕をこちらに広げた。
私を受け入れようとしている態勢には、彼女の覚悟が見え隠れしていた。


今、脚に力を入れて、強く地面を蹴って、彼女の腕の中に飛び込んだら。久しく忘れかけていた温もりに触れられたら。


そんな想像に恐怖からではなく身震いした。心の奥底から沸騰寸前の水のようにふつりふつりと込み上げるものがあった。
答えは決まっているはずだ。なのに身体が動かない。小刻みに震える足に苛立った。夜の冷たい空気を肺に詰め込んで目を閉じる。痛いくらいの静寂の中から微かな風の音を探して、しめった芝を感じる足のつま先に神経を集中させて、力を込める。さあ、