※女主
※百合では、ないはず


薄暗い闇の中に、緑色の対になった葉っぱが二組、それはよく観察すれば薄闇よりも強い黒さを放っているツインテールに辿りついた。その前に、背中に背負った等身大以上のひよこ(に見える何か)のリュックを発見した時点であれが彼女以外で有り得はしないのだが。


「あ、真宵ちゃんだ」


そう声を掛ければ特に驚くでもなく、順序を踏んで私に返事を返した。
踏み出しかけた右足はそのまま地面に着地。左足を右足に揃えて地面につける。規則正しく振り子の如く振られていた右手左手をリュックの肩紐に添えて制止。頭だけをこちらに向けて、私の顔を捕捉して、声から予測していたのだろうか、顔色一つ変えることなく至って落ち着いて、また名前を探すことも無く呼んだ。

「なまえさんではありませんか」
「みんな大好きなまえさんでありますよ」

ある人物のせいで貴女の言動や行動が至ってマトモなものに見えてしまいますよ、と額に手をやってやれやれと首をすくめた。小学生がする仕草とは思えない。なんかショックだ。ひとしきり首をすくめ終えたかと思えば(なんだが変な表現だ)今度はぼうっと空を眺めていた。仰いでいるようにも見える。
ある人物、とやらを思い出しているのであろうか。心なしか、きっと私の勘違いだろうけど、真宵ちゃんの表情には妙に、それこそ私よりも大人びた表情で(私が大人だといっているわけではなく、真宵ちゃんと私の比較だ)懐かしむように憂いと、慈しみが篭っていた。


「何故こんな時間にいらっしゃるのですか?」
「それはこっちの台詞だよ。小学生がこんなとこでふらふらしてて危なくない?」

その言葉を何気なく口に出してから、彼女の表情が驚きを経由してから唇を噛むという動作に出るのをみてしまった、と気付いたころにはもう遅かった。すぐにいつもの笑顔に戻った。一瞬の翳りを見逃せたらよかったのか。

「私は貴女以外の大抵の人には見えませんから。時間を問わず出歩くことができるのです。──さんのようなロリコンもいないことですしね」

最後の言葉は良く聞き取れなかったが、多分聞き取れなくて正解だ。聞き返さないのもまた、正解。
彼女、八九寺真宵には帰る家が無いのだという。なにやら訳ありか、と警戒したのはすぐに不審に変わった。自分は死んでいるんだと、けろっと言ってのけた。あら、そう。そのことに関してあまり興味は抱かなかった。それよりもどちらかといえば名前に興味があった。変わった名前だ。はちくじまよい。初めて聞いたときどちらで呼ぼうか迷った。初対面だし名字かな、でも小学生相手に名字はどうなのかな。名前の響きと漢字を見たときにまよい、真宵、と呼ぶことを決めた。


「立ち話もなんだし、どっか座る?」
「その流れだと喫茶店に誘われる気がしましたよ…」」

こんな時間に開いている喫茶店など無い。あるとしたら24時間営業のコンビニエンスストアか某ファーストフード店ぐらいだ。どうも真宵ちゃんの雰囲気はどちらにも合わず、また一人で入るほど私も勇気を持ち合わせていなかった。あとお金も。


「ねえ、真宵ちゃん」
「…なんですか」
「寂しいってなんだろうね」
「何でしょうね………何でしょう」


相槌、そして疑問。そんなに付き合いは長くないが彼女は割と物事の本質を理解するのに長けているようにも思えた。思想家で哲学的なことも言っていた気がする。かと思えば適当に捨てられることもある。気まぐれ、というのだろうか。彼女のような人のことを。


「真宵ちゃんは今、寂しい?」
「いえ…今は、あまり」何だか真宵ちゃん、今日は引っかかる発言が多い。言及はしないけど。冷え込みを増した真夜中で手を擦り合わせて息を吐きかける。

「でも、貴女がいなくなったら寂しくなるかもしれませんね」

吐き出した白濁の含みを持った発言の真意は読み取れなかった。寂しくなるかもしれませんね。…果たしてそうなのだろうか。自分の立場に置き換えてみる。彼女を失ったことを想像してみる。寂しくは、無い気がした。彼女を嫌いという訳ではないけれど。彼女と話すのは無論大好きだけれど。いや、寂しいのかもしれないけど寂しいという感情をまだ知らない私は寂しくなることを予想も出来ないのである。

何だか、隣に居る彼女のリュックに目がいった。その中に何が入っているのだろう。唐突に気になった。訊きたくなった。いつももとのかさ以上に膨らんでいるそれに、普段持ち歩いていることから重いものではないだろう。軽いものかな。軽いけど、大切なものかな。