お前と俺との境界線


幼馴染であるのに対して、俺と名前は中学生になるのにつれ、どこか見えない壁をつくってお互いに一線を画している。

俺と名前の関係は中学生に入って、同じクラスになって偶然にも近くの席になった時も、小学生の頃から何ら変わりなく接していた。

変わったのは俺たちじゃなくて、俺たちを見る周りの目だと言うことは明白だった。

別に付き合ってもいないのに「お前ら仲良いよな〜、もういっそ付き合っちゃえば?」「切島! お前、もう苗字さんとキスした?」とかさ、その頃の俺にとっては意味不明だ。

なんで一緒にいるだけでそうなるんだよ?

だがクラスメートの男共のおかげで、いくら仲が良くても名前が女の子らしく成長して行くことにももちろん分かっていた。まだ本当に小さい頃は一緒にお風呂とか入ってたりしてたけど、今考えてみるとそんなことできるわけない。

名前が「女の子らしくなったな」って俺が理解した決定的なのは、プールの時間だった。

まだ小学6年生だったが、女子の成長は著しかった。周りの女子でも背がでかいとか胸がでかいとか、そんなのは普通にあった。でも興味なんてなかったから「ふーん」って対応してた。

でも俺があいつを完全に"女子"として見るようになったのは、名前の水着姿のせいだ。名前は男兄弟がいるので、そのお下がりのだぼっとした服をいつも着ていたせいで身体のラインなんて見えなかったし知らなかっただけだった。

テニスやってたからか知らないけどウエストは結構細くて、胸は多分うちの学年で1番でかいと思った。それ見た周りの奴らも「あいつでかくね?」とか「苗字がトップだな……」「でけー」だとか、ああやめろって思った。

そんな目であいつを見んなって思った。


それから色々と噂を立てられた俺たちは、名前からの申し立てで少し距離を置くことになった。それでもやはり女子の中では1番名前と仲が良かったから、一ヶ月くらいして「もう良いかなー」って思いながら名前に話しかけようとしたら無視された。こっち見たのに、目え合ったのに。無視された。

その後はチラチラと周りを気にしているように見渡して、ほっとしたような溜め息を吐いて走ってった。

ああ──ああ、そうかよ……。

俺は名前に話しかけるのをやめた。


そして一言も会話もないままで中学を卒業し、俺は念願の雄英に入学し、友人から聞いた話だが、名前は私立の普通科に入ったと聞いた。

心底どうでも良かった。

それでも心のどこかで小学校の頃に名前と約束した「高校は一緒に雄英入ろう!」って言葉を何度か思い出すたびに心がズキンと傷んだ。

やっぱ俺、名前と一緒に雄英来たかったなって、学校が離れて初めて思った。もう廊下ですれ違うことも、食堂で友達と笑いながら弁当食べてるところ見かけることも、もうない。

最初は友達が出来るか不安だったけど、同じ中学の芦戸もいたし、爆豪とか上鳴とか瀬呂とか緑谷とか、たくさん友達ができた。

さすが天下の最高峰のヒーロー科を誇っている雄英のメニューはハードで、筋トレに個性の強化に勉強に忙しくて、次第に名前の事は自然に俺の頭の中からフェードアウトしていっていた。


そして俺が名前を見かけたのは、夏休みになる少し前の頃だった。

休日、好きな菓子の新商品が出たと上鳴から聞いて、気になったのでコンビニに行ったのだ。そこで数ヶ月ぶりに合った名前の後ろ姿を見たときはドクンと心臓が大きく跳ねた気がした。

気づいてほしくないけど、気づいてほしい。いやでもやっぱ無理だ……。そんなこんなで俺は名前の後ろ姿を一瞥してから素通りし、菓子コーナーに向かった。

そしてお目当の商品が見つかったことですっかり名前がいる事を忘れていた俺は、レジに出ようとした曲がり顔で名前とぶつかりそうになった。


「あっ」


お互いの口から同時に出た言葉だった。名前は俺の顔を見てから少し強張った顔をして、さらに俺の髪に視線を変えた。……あ、俺髪染めたんだった。しかも髪型も変えたし。

それでも俺だって分かってくれたことがどこか嬉しくて、話しかけようかと迷っていると、名前はぺこりと一礼して俺の横を通っていった。

その瞬間に俺は、中学の時、名前に無視された感覚が再来したのを感じていた。

──ああそうかよっ! お前がまた俺のこと無視するってんなら、こっちだってもう話しかけてやらねえ!! 一生、一生だ!!

何だか無性に腹が立って、俺は不機嫌そうな表情を消せずにいたままレジで会計を済ませ、振り返りもせずビニール袋片手にコンビニを出る。

瞬間。


「きゃああああ!!」


悲鳴と、一発の銃声。

それが聞こえてきたのは紛れもなく、たった今自分が出たばかりのコンビニからする音だった。……というか、今の声、名前の……。


「名前!!」


気づいたら飛び出していた、なんて言葉はよく聞くけれど、思い返せば本当にそうだったんだ。さっきまで腹を立てていた人物を今度は心配する。何だこの矛盾。

つーか犯人のおっさん銃持ってねえじゃねえか!? さっきの銃声はなんだ……?


「えい……切島!」


あれ、今鋭児郎って呼ぼうとした?


「なんだお前は! いいか、お前が動いたらすぐさまこいつの首吹っ飛ぶぞ! ほら店員金だ、とっととこのバッグにレジの有り金全部詰め込め!!」


犯人のおっさんの声のでかさにはっとする。

そう言って店員を脅し空のボストンバッグを押し付け、ぐいっと名前を自身に引き寄せて、よく子供がやるような銃を撃つような手の真似をした。ほら、バーン! ってやるやつ。

そしたらあら不思議、さっきまで丸腰だったのに、手全体が銃になったんだからさ。……なるほど、指で銃の形を作ると、手が銃になる個性か……。

その殺傷力がどれほどのものから知らないが、あんな至近距離で首筋に打ち込められたらたまったもんじゃない。いくら死を免れたとしても、意識不明の重症レベルだ。


「くっそお……」


"公共の場で個性は使用禁止"。

雄英からも親からも口を酸っぱくして教えられたこの言葉だ。でも、すまんせん先生。俺のせいでしわ寄せが行くのは相澤先生だって分かってるけど、俺、ルール破ります……!

そう心に決めた瞬間、瞬時に床を蹴って犯人と名前の方向に突っ込み、その時に左手をガチガチに"硬化"する。驚き顔の2人を尻目に、俺は硬化した手で拳銃を叩き、その個性が解けたところで俺は犯人が慌ててしまったせいで離された名前を小脇に抱える。

多分、あのコンビニ強盗の個性が発動する条件は、"ずっと指の形を銃の形にする"と言ったところだらう。ならば簡単だ、拳銃を叩き、指がぶれたところでとりあえず打たれる心配はない。

俺は店員が涙目で持ってきたロープで強盗を縛り上げ、腹いせに一発腹に蹴りを入れてからぽかんとしている名前にくるりと向き直った。後ろの方で店員が泣きながら強盗をタコ殴りにしているのが見えた。


「……なんで、助けてくれたの?」
「おいおいそこは『ありがとう』だろ?」
「……………あ、ありがとう、助けてくれて」


まさか本気でお礼を言ってくれるとは思わず、いきなり頭を下げた名前に戸惑う。

名前は「本当に怖かった、死ぬかと思った」とそう言って、目尻に涙を溜めながら何度も俺に頭を下げてお礼を言い、何故か謝罪をした。


「なんでお前が謝るんだよ?」
「だって私さ、きり……鋭児郎のこと、中学の時もさっきも無視してたし……だから、ごめんなさい」
「……あーうん、それはもういいや。つか俺としては何で避けてたのかを聞きたいっていうか……」


それを言った瞬間、何故か名前の青ざめて蒼白だった顔が、一気に赤くなった。

え、と呟くと、名前が汗を飛ばしながら「ああいや……あのお、えっとね……それには訳があってというか察してほしいっていうか……」なんてモジモジし始めた。あ? 察する? 2年間察せなかった俺に察しを求めんなよ。


「理由を話せばこの2年間のことは綺麗さっぱり水に流してやる! でも話さないんなら、俺はもうお前に関わらない!」
「えっええ……えっとその……あああ」


どんどん真っ赤になって俯き始める名前。

そんな名前の様子に気づかないほど俺は鈍感ではないわけで、一つの可能性を頭の中に浮かび上がらせていた。

ふと、何かを決心したような名前の表情にごくりと唾を飲み込んだ。


「えっとそのね……私、中学になってから鋭児郎のこと……あー、好きになっちゃったの。だからついつい避けちゃって……ほら、好き避けって言葉もあるくらいだしさ? 意識しだしたら顔合わせるのも無理になっちゃって……」
「………」
「何で沈黙!? 気まずいからやめてえだから言いたくなかったの! ごめんなさいねえ2年間も無視して、でも可能性なんてなかったんだから希望持たせるよりかは残酷じゃないでしょ……!」
「……」
「なっなんか言ってえええ!!」



結果、警察の「正当防衛として今回は処罰しませんが、次はないですよ。敵退治は本当に危険なので……」という長時間にお説教と引き替えに、俺と名前は付き合ったって話。


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