正義の鉄槌を!
甲斐へ出向くのも久方ぶりだ。
早朝に一人でさっさと発っちまおうと思ったんだが、小十郎に見つかったのが誤算だったぜ…説教で思いの外時間を喰ったな。
少し急ぐか…
「…ハイヤッ!!」
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(―――あれは…)
右目の眼帯、六本の刀、それにあの馬の乗り方…間違いなく竜の旦那じゃないの。
参ったね。あの子が伊達軍に世話になってる事こそ知ってはいたけど、大将直々に面倒見てるとは…
間違いなく標的は俺様ってか。
「上田城に行くの? 竜の旦那。」
「…猿飛。」
横に並んで走りながら問えば、馬の足が主によって止められる。
馬が急停止するよりも先に地面に飛び降りた竜の旦那は、着地するなり俺を冷ややかに見据えた。
こっちはこっちで、忍だからね。そう簡単に心情は悟られまいと貼り付けた笑顔を向ける。
「ありゃ、俺様にご用だった?」
「とぼけんじゃねえぜ猿飛佐助。男を強姦なんざ、なんの理由があってだ?」
「…あの子に聞いたの。
竜の旦那なら、そのくらい察せると思ったけど?」
尚も笑みを絶やさない俺に立腹してか、彼の拳が俺の頬に喰い込んだ。
避けようと思えば避けられる攻撃だったのに甘んじてそれを受け入れた俺はやっぱり、多少の罪悪感に狩られてるみたいだ。
だってすぐに気付いてた、あの子が何も知らないって事くらい。
「っつ、口の中切れた。」
じんわり広がる鉄の味と、舌先が触れてわかる頬の裂け目。
でも確かに手加減してるのはどうして?お咎めにしちゃ温いってもんじゃない?
わざわざ城に出向く程なんだから、竜の旦那の怒りは計り知れない。内心では俺様を殺したがってたって不思議もないのに…
「名前は一度たりとも、お前の影を臭わせなかった。憶えてねえって、ただそれだけだった」
「アンタ、俺様にカマかけたのか。」
「俺のblowを素直に受け入れたんだ、罪の意識ぐれえはあんだろ?」
あの子は名前と言う名らしい。
そして名前はあの後、俺様のことは欠片も話さずいたという。
竜の旦那の口振りから、男に抱かれたってことはバレてたように思える。
だったら、尚更分からない。野郎に至されたことを隠す以外に、何の理由がある?
考えてもキリがない。
ただ、自害してなくて良かった…なんて、言えた立場じゃないな。
「それで竜の旦那は、犯人探しにわざわざここまで?」
「Don't talk through one's hat. 言い訳を聴きに来てやったんだ。」(馬鹿なこと言うんじゃねえよ)
「なるほど、当人から話が聞けなけりゃ俺様にって事ね。」
ここで逃げて武田に喧嘩でも吹っ掛けられたら困るし、今更自分を守る嘘ついたって仕方ないみたいだし…話してやりますか。
新しい生傷が増えることを覚悟して、俺はまだ記憶に新しい名前とのことを洗いざらい話した。
「―――…と、言う訳でヘブぅッ!!」
「聞けば聞くほど腹の立つ話だぜ…武田のオッサンとは同盟組んだばかりじゃねえか!何が刺客だっ」
「ぶへあっ! …しゅ、しゅびばせ…っ」
さっきから幾度となく殴られたり蹴られたりで、俺様の身体もうグチャグチャなんじゃないの。
一時は逸物へし折られそうになって必死で謝って解放してもらったんだけど、その後に竜の旦那ときたら手パンパン払ってさぁ!まるで人のが汚いものみたいに!!
逸物じゃなく、心が折られた。
「今すぐ土に還らせてやりてえが、それは名前の意思に反する。ただし見逃すのは今回だけだ…You see?」
「全然見逃してな‥ぐっほ!!!」
「分かったか。」
「分かりまひた、しゅごく。」
散れ!と毛利の旦那みたいに言われて全身グチャグチャになった気がしながら俺は竜の旦那の前から姿を消した。
謝りにいこっかな、なんて…‥きっと拒絶されるだろうけど、忍として罪の意識に狩られながら過ごすことなんてなかったし、完全に俺様の自己満足として。
元気そうなら一安心ってことで、そのまま帰ればいいさ。
「話はしまいだ。二度とアイツの前にツラ見せるなよ。」
「謝りに行くのもダメかい?」
「テメーが赦されてえだけの懺悔で、名前が救われるとでも思ってんのか?」
「あちゃー、バレバレってね。
…御意。あの子の前に姿は見せないよ」
竜の旦那には出来事をただ語っただけで、その節の俺様の心情についてはほとんど語ってない。
訊かれることもなかったし、きっと此方の勘違いってことで納得したんだろうね。
忍でもない名前があそこまで、とぼけた演技を続けられるとは思わない。この子は何も知らないって、途中に悟った。
でも、本当に“何も”知らない訳じゃなかった。
俺様の名前から個人的な感情まで、彼は知り得てた。
それがどうにも分からない。あの子は何者なのか、それを竜の旦那は知ってて俺様の話に横槍を入れなかったのか…?
「大将に知らせりゃ、捜査の任務が下りるかもね。」
なんて下心つきで、早々に城への帰路についた。
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アチラさんから出向いてくれたお陰で、発ってたったの二日目だってのに俺は元来た道を引き返している。
たかが一日二日離れた程度にも関わらず、名前が恋しい、逢いたくて、触れたくて堪らねえだなんて…竜も骨抜きにされたもんだねえ。
「‥‥‥Ahn?」
城を目前にすると、ぼんやりとした薄暗がりの中に人影が見受けられた。
目を細めて凝視してみりゃ、この俺が見間違えるはずもねえ…
『うぉあぁぁ?!!』
「お出迎えかい、My honey?」
馬の速度を落として腕を取り、身体が浮いたところで腰に両手を置き換え、馬の背に乗せてやる。
懐かしくすら感じる名前特有の微かに甘い体臭が鼻をくすぐり、俺は不意に後ろから抱き締めた。
『かっ、肩…外れるかと思っ…!』
「sorry...寂しかったか?」
『あのねー、いきなり出掛けないでくださいよ!致し方なく小十郎さん抱き枕にしたけどムキムキ過ぎて落ち着かなかった!』
「Ahn?…小十郎にも抱かれたんじゃねえだろうな。」
情事の後に名前は俺を“SEX friend”だと豪語しやがった。
性交をするだけの友人が出来ることを然も当たり前のように口にするんだ、複数人それが出来たって可笑しくねえ。
『いや、男のセフレとか二人も要らんす。俺的に小十郎さんはネコだと思うし』
「cat?どういうこった。」
『女役ってことです。』
「…よせ、笑えねえ。」
小十郎を女役と認識するような何かがあったらしい。抱かれてねえってことは、まさか…抱いたのか?いやまさか…
こりゃ事の真相が明白になるまでは、小十郎への態度が白々しくならざるを得ねえな…
『で、政宗さんどこ行ってたの?』
「散歩だ。」
『はいー?それ趣味か何かですか…?一晩空けるまで散歩って…あ、道に迷ったとか。』
「いや、道中忍に犯されかけただけだ。」
『っ死ねハゲ!!!!!!落ちろ!落ちろ!!!』
「禿げてねえ押すな!!!!」
俺に危害を加えるべく暴れる身体を、抱き締める力を強めて制止する。
白い首筋にチュウと吸い付いてやれば、肩を竦めて横目に睨む名前。
尖らせた口唇がやけに愛らしく、着崩して弛んだ襟元から胸の飾りへと手を滑らせた。
『乗馬しながら盛んないでー!イヤァ!』
「Ha! 乗馬中にいやらしいツラ見せ付けてきたのはアンタだろ?」
『政宗さんのビジョンどーなってるの?!妄想ですか、全員全裸に見えてたりしますか。』
「名前だけだ…」
『いや囁いたところで格好よくないから!ただの変態だってこと悟ってお願い!』
胸板を撫でるだけだった指でクリリと突起を転がせばそれだけで、甘い吐息が名前の喉に詰まる。
門に差し掛かり見張りの兵の視線を感じたが、そんなもんコイツを過敏にするための要素でしかねえな。
『っも、降り‥る!』
「下が物足りねえって?」
『ゆってませんハゲ!!!!』
「禿げてねえ!!!」
馬に跨がることで惜しげもなく広げられ露になっていた太股に指先を這わすと、擽ったそうに腰がくねった。
そのまま付け根へ指を滑らせ布越しに逸物に触れたが…
「勃てろ。」
『無理いわんでください。』
名前の逸物は男が相手だとそう易々とは勃っちゃくれねえ。扱いても舐めても不完全なままだ。
気持ち良さそうにはするんだがな…
『ほら、もう小屋だし降りますよ。』
俺の手を叩いて離すよう促してくる。
抱き締める腕を解いて解放してやりゃ、覚束ねえ動きで馬から降りた。
それから着流しを直して俺に向き、
『おかえりなさい、政宗さん。』
手を差し伸べる名前。
おかえり、その一言にひどく心が和んだ。待ってたって言ってるようで、有難うって言ってるようで…
コイツが俺の城で毎日を迎えて俺と過ごす日々が当たり前になってきてる。そう実感できた。
俺は名前の手を取り、跳ぶようにして地面へ着地をする。
「ああ、ただいま。」
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