きもちわるい。
吐き気がグルグルと肺とか喉とかつっかえて、吐きそうなのに吐けない。ついでに頭もぐるぐるだ。

体育館裏の草むらなんてのは、漫画やドラマじゃ、待ち合わせ場所として定番なのに、現実じゃあこんなところ狭くて薄暗くて草が邪魔なだけの人の足なんて届かない場所だ。それだけのことあって、ここにくるまで誰かとすれ違うことさえしなかった。


不覚、不覚だ。
まさか授業中に寝てしまうなんて。

それだけなら別にどうでもいいけど、まさか、


あの厄介な夢を、見てしまうとは。



壁に手をついて、項垂れる。
視線は足元。顔をあげる余裕はなかった。できればずっとこうしてたい。でも分かってる。どれだけ休もうが、この意味不明な吐き気はずっと俺の中に居座り続けるんだ。胸を食い荒らされる気分だ。いっそこのまま食いちぎってくれたらいいのに。


がさりと、草を踏みしめる音が聞こえた。

(誰か、来た)

これ見たら分かるだろ。早くその進行方向を修正して、大人しく教室にでも帰ってくれ。若しくは、どっか行けよ。


ああもう。今日はつくづくツイてない。足音の主は俺の祈りとどっか行けオーラなんて蹴散らすかのようにガサガサ耳障りな音を撒き散らして俺に近寄ってきた。


すぐ横に感じる気配。とてもAKY(あえて空気読まないの略語らしい。詳しくはクラスの女子にでも聞いてくれ)な音の主は、ついに俺の意識範囲内に到達してしまったようだ。


顔は、見ない。どうでもいい。


お前と、声を掛けられた。あーあー、何言われるだろ。あんま干渉は、してほしくない。










どうした?ツワリか













ああ、こいつアホなんだ。そう思うしかなかった。
声的に女ではないな。初対面(いや、対面はしてないが)でこんなこと言われたのは初めてだ。むしろこんなの言われた事があるほうがオカシイ。あと、俺は男だ。

言いたいことは山程出てきたが、それが声になることは無かった。言ってやる気力もない。はきたい。



まぁ冗談はほどほどにしてだ



冗談かよ。なんなんだよ、コイツ。顔見るつもり無いけど、アイツのものと思わしき影が、俺の足元に伸びていた。髪が、男にしては少し長い。




ただ気分が悪いって訳じゃあなさそうだな




揺れる影。そうだよ、大当たりだよ。なんだよお前がこれ治してくれんのかよ。違うだろ。だから早く、行けよ。



話、聞いてやるよ



は?
なに。なにを、いきなり。




なんか悩んでんのは分かるから、聞いてやんよ



…唐突、過ぎるだろう。

「…余計なお世話って言葉、知ってるか?」

自分でも驚く程不機嫌そうな声。つい、言葉に出してしまった。こうなったら意地でも口を開かないつもりだったのに。




そういうのは溜めとくより、出しちまった方が良いってな。てか開口一番ソレかよきついなー




そんな事を言いつつも、俺が口をきいた途端、声色が変化したのが分かった。まるで旧友と接しているかのようなその声の柔らかさに、少したじろぐ。
本当、何なんだコイツ。




カハハッと笑い、すぐさま沈黙。どうやら俺が話すのを待っているらしい。さっきは顔なんて上げる気分なんかじゃなかったけど、いい加減この体勢も疲れた。それに、俺が頭ぐるぐるだった時に(今も現在進行形でぐるぐるだけど)遠くでチャイムを聞いた気がする。そしてこの静まり様、恐らく授業はとっくの昔に始まってしまっているだろう。ということは、コイツはサボる気満々なようだ。結果、俺が話すまでここを動かないであろうという最悪な答えに辿り着いた。


顔上げてないから相手にも俺の顔は見えてないハズだ。

どうせ話しても、頭の痛い奴のレッテルを貼られておしまいだと思っていたが、このお節介野郎は、そんな俺の話を聞き出したくてしょうがないらしい。アホだ。


とまぁ、こうして俺が思考の海にどっぷり浸かってる間もアイツは身じろぎさえせずに待っていた。
そんなに聞きたいなら聞かせてやるよ。精々聞いて後悔すればいい。軽々しく聞くんじゃなかったってな。それで、本当にどっか行ってくれ消えてくれ。

何の解決にもなりはしないだろうから。









「時折、夢を見る」

アイツは何も言わなかったけど、視線は感じた。ああ、言ってしまった。今まで親にも友達にも打ち明けた事が無かったのに。ソレもこんな顔も見えない(見ない)お節介野郎に、だ。どうかしてる。











―夢の中の俺は、とても輝いててたくさんの仲間がいた
こんな俺にも、だ
まぁ、わかんねぇだろうけどな
そいつらの顔は朧気で、瞬き一つで抜け落ちてしまいそうなほど曖昧で、だけど、楽しかった
幸せだったんだよ
その世界は、正直どんなだったか覚えてはいないけど、毎日が退屈しない、良い意味でトラブルの尽きない日々だった、と思う
でもその幸せな夢はいつも最後は壊れて終わる
俺が壊すんだ
いつも、いつも、いつもいつも、いつもいつもいつもいつも
俺が壊す
たくさん消えていった
そして卑怯にも、俺はそこに残ろうとしたんだ
愛する人と一緒に
勿論断られたさ、笑えるだろ
それは全部俺のエゴでしかなくて
なのに、皆笑ってるんだ
俺は卑怯者で偽善者で、エゴイストで

そして俺はここに生まれた
きっと、苦しむためだ―






















それは、さ。お前がそう思ってるだけじゃねぇの?

「、そんなことない」きっと意味不明だっただろうあの話。自分でも支離滅裂だったと思う。仕方ない、吐き出してるだけだったし。半ば八つ当たり、だし。


そんなことあるって。誰もお前を責めちゃいねぇよ

「…は、お前には、わかんねぇよ。俺は、」



それに、驚いた。コイツは全部知ってるみたいに俺を諭してくる。
絶対頭オカシイって思われると思ってたのに。そうやってもう関わらないでくれたらと、思ってたのに。


…そんなに罰が欲しいのか?

「…は。ほし、い?」



いきなり言ってる意味が分からなくなった。欲しいって、なんだよ。俺は罰せられるべき人間なんだよ。


そうだよ。お前、罰が欲しいんだよ

「欲しいとか、そんなんじゃ」



駄目だ。完全にコイツのペースに巻き込まれた。投げ掛けられる問い全てが、欠けたピースみたいに当てはまって、気持ち悪い。きもちわるい。最初の吐き気がまだ沈殿してる。


でもそれこそ、エゴだ

「…え、」



あ、え。なんで。鋭くなった声が痛い。エゴ。この気持ちはエゴなのか。この気持ちさえ、エゴなのか。はきたい、はきたい。


許されたくないんだろ。自分の罪悪感の為に何だよ知った風に知った風に知った風に。お前が聞いてきたくせに。お節介のうえに説教好きか。だれかこのぐるぐるとって。とってくれ、よ。


そんなの誰も望んでない



何だよ何だよなんだよなんだよ。誰もって、誰がだよ。エゴとか言うなよ。言わないでくれよ。お前が、言うなよ。
なんでおまえがわかるんだよしってるんだよ。


神様だって、天使だって



てん、し。
神。死。死んだ、死んでる。死んだ、世界。戦線。
おれはエゴのかたまりだったな。


…俺だって、望んじゃいないんだよ









そして…お前は変わらないん、だな。













「な…ぁ」


ん?


はまったピースは全てを繋げて。

「夢の、中に、」


うん


曖昧な全てを照らしてくる。



「いつもいつも、お節介で、」


はは


「コレで、」


コレなのかよ


「アホで、」


ひでぇなぁ


「最高に、仲間想いな奴が、居たんだけど、」


………


「俺の、親友だったんだ」






顔を上げて。
ゆっくりゆっくり、振り向いてやった。

夢の中に戻ったみたいだ。
だけど夢の中よりもクリアな視界の中で、そこにははっきりと、青髪のお節介が若干タレがちなその目を細めて、笑っていた。










「兼恋人だろ。ばぁか。肝心なの忘れてっぞ」
「うるさい、あほ、日向。ここに来てもまだ世話好きなのかよ」
「そうだな。俺は、変わんねぇよ。音無こそなんだよ。さっきまで俺のこと見向きもしなかったじゃねぇか」
「…マジで鬱陶しかったからな」
「しかも最初の言葉が酷かった。つか扱いが酷かった」
「悪かった、よ。"あそこ"の記憶が曖昧で、自分で言うのもなんだけど、擦れてたからな」
「…そっか」
「正直、今も色々混ざっちまってよく分からないけど」



「まぁ、何はともあれ…だ」
「ん?」


すうっと深呼吸。今まで剣呑だったのに、もうこの調子だ。
思えば最初のアホな問い掛けも、コイツらしいといえばそうな気がする。




「お帰り、結弦」




ああ不思議だ。
自分でもまだ記憶や意識の整理がついていないというのに、コイツに名を呼ばれるだけで、どんだけ落ち着いてんだ、俺。


今俺を悩ませているぐるぐるは、吐き気を伴うそれではなくて、なんだかむず痒いような、だけど心地のよい、そんなぐるぐる。



グルグルのち晴れ


(…名前)
(へ?)
(結弦じゃなかったら、どうするつもりだったんだよ…)
(違う訳無いだろ)
(なん…)
(ずっと、お前の事、見てたんだから)
(なんかソレ、ストーカーっぽい)
(ぅおい!?そこは感動するとこだろっ!)



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