※7話ネタ
肩が、震えてる。
泣いてるんだ、きっと。
音無と直井がゆりに呼ばれてから随分と経った。俺はというと、直井の野郎のせいで酷い目にあっていた為、居なくなったことに気付いたのは暫く経った後だったが。
それからソファーに項垂れながら待つこと数分。ふと扉の開く音がしてやっと帰ってきたかと見れば、あいつら二人だけで、その二人共が沈痛な面持ちのまま何やら言葉を介していた。特に直井は酷い後悔に苛まれたような、とにかく酷い顔色だった。その様子を見ていると話しかけられるのも憚られる。俺以外の奴も何人か気付いてたけど、やはり、様子がおかしい、と話しかける奴は誰一人として居なかった。
だがしかし、やはりいくら待とうとも俺の親友(自称とかじゃない)であるソイツは帰ってくる気配も無く。
(…ああー!もうなんかいいや、聞いちまえ!)
痺れを切らした俺は、勢いで立ち上がり、こいつら全員を代表してまだまだ暗い雰囲気が漂うあいつらに聞いてやることにした。あいつ一人が帰ってこないのも気になったが、なにより、こいつらのこのただならぬ雰囲気に何とも言えない不安を感じた。
「…なぁ、ゆりっぺ!…音無は?」
俺の言葉にハッとした様子で振り返るゆりっぺ。直井はというと、音無の名を聞いた直後、逃れるかのように帽子を深く被り、背を向けてしまった。ゆりっぺは振り返った後、俺の顔をまじまじと見つめ、かと思えば何やら思案するような顔で目を反らし、やがて静かに口を開いた。
「日向くん…。あなた、音無くんの所に行ってもらえないかしら」
「…へ?」
思わぬ回答。何をいきなり、いや確かに音無がなかなか戻って来ないのが心配だから聞いたんだけど。
「なっ…!貴様!なんでコイツなんかを音無さんのところに…!」
ソレを聞いていた直井が何やら喚きだした。おいおいちょっと待てだから何なんだよいきなり。ていうか、音無は一体どうしちゃったんだよ。
「少なくとも、アナタよりは日向くんの方が音無くんと親しいでしょう」
「くっ…。そうだが…」
本当に悔しそうな顔をして俺を睨み付ける直井。状況はなんだかよく分かんねぇが、なんかちょっとムカついた。
「本当はソッとしておいてあげたいんだけど、…やっぱり心配だから、」
ゆりっぺはそこで言葉を切り、俺に託すかのように、言ってきた。
「音無くんを、お願い」
****
「本当は貴様なんかに音無さんを任せたくなんて無いんだからな」
特上のツンデレ(デレなし)的なことをネチネチと俺に言いつつも、足取りは素直に、俺を音無の所へ案内していた。
任されるのは結構すげぇ嬉しいんだけど、いかんせん、まだ何があったのか一言も聞いていない。
「いやだから、何、任すって?何があったんだよ」
「…………、」
そう聞くと直井は目を細め、少し黙った後、俺にこう告げた。
「……音無さんの記憶が、戻った」
「え、」
思わず立ち止まり、固まってしまった。予想外の答え過ぎて、頭がついてこなかった。
「そう、か…」
「………後は、自分の目で確かめるんだな。…着いたぞ」
直井の足が止まり、見上げてみるとそこは今は使われぬ空き部屋の内の一つだった。
「…こんなこと、本当は言いたくないが、僕じゃ駄目みたいだから」
ガシリと、片腕を掴まれ思わず振り向いた。小さいわりに力強いその手の先は、少し睨み付けている要素はあるが、出ていく前に言われたゆりっぺのあの顔によく似ている気がした。
「…音無さんを、頼んだからな」
(また託されたよ、俺)
これは、全力で頑張らないとなぁと、思い描く、肩を震わせる音無のその後ろ姿が、酷く悲しくて、そう思うとそっと抱きしめてやりたくなった。この部屋に入って、アイツと話して、それから俺に一体何が出来るんだろうか。いや、一つだけ言ってやれる事がある。それに全力を懸けよう。
そんで、きっと知ることになる、アイツの名前を、呼んでやるんだ。
抱きしめて、その先は
(なぁ、)
(泣くことねぇよ)
(お前は心半ばなんかじゃなかったよ)
(お前は、お前の人生は、誇って良いんだ。誇って良いんだよ)
(だから泣くなよ、)
(泣くな、結弦、)
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