家を空けないようにしましょう。 「――……誓いの口付けをし、王子様とお姫様は幸せに暮らしました。」 「シャル、次これ呼んで」 「まだ読むのー?」 これはアネモネの日課である。 もともと古書好きなクロロが言語を覚えるのにちょうどいいと寝る前に古書を読み聞かせてたのが切っ掛けである。 アネモネは寝る前にいくつかのお話を聞かないと寝れない子になってしまった。 いつもなら1、2話読めばすぐにコテンと寝付くのだが、今日はもう5話は読んでる。 しかしまだアネモネの瞳は爛々とし、薄暗い部屋の中で綺麗に反射をしてベリル族特有の光を見せていた。 「…まったく…フェイもフィンもずるいよなぁ」 フェイタンとフィンクスは逃げた。 アネモネを寝かしつけるのは構わない、が、 アネモネの部屋にあの強面は確かに不釣り合いだ。 本人達も居心地が悪いのだろう。 オルゴールが静かに音色を奏でる部屋にシャルナークの声が響く。 「――……お姫様は海に飛び込み泡になりました。」 アネモネが大人しくなった事に気付き、やっと寝たかと振り向くとそこにはボロボロと涙を溢す彼女がいた。 「え、ちょ、なんで!?そんなに悲しかった?アネモネ?」 シャルナークは慌てて起き上がりアネモネの涙を拭うが、拭っても拭っても彼女の涙は止まらなかった。 「…………っ……ろ、…ロ…………、が………」 「え、何?もう1回、アネモネもう1回」 「…クロ、ロがい、ない…っ」 ぐずぐずと泣く彼女を見てシャルナークは焦る気持ちより自分が喜んでいるのを感じた。 嗚呼、自分達だけではないのだ。 彼女もまた、彼に依存している。 シャルナークは心の中で安堵の溜め息をついた。 内心不安だったのだ。 いつか彼女は自分達を拒否するのではないか。 自分達を捨ててしまうのではないか。 自分だけではない、旅団全員、クロロもきっと思っていた。 だが、今彼女はクロロがいないと泣き愚図っている。 いつもより食欲がなかったのも、寝付きが悪かったのも 彼に依存している証拠だ。 これでいい。 依存してしまえばもう離れる事も拒否する事もない。 自分達が彼女に依存してるように。 シャルナークはつり上がる口角を抑える事が出来なかった。 確信してしまえば泣く彼女も溢れ落ちる涙も全てが愛しく嬉しい。 歪んでいる。 自分でも呆れるほどに屈折した愛情。 ――ガチャ その時、部屋の扉が開いた。 今アジトには自分とアネモネしかいない。 つまり、 侵 入 者 だ。 喜狂に満ちていたシャルナークから一気に殺気が溢れた。 「………って……団長?」 常人では死んでしまうのではないかと言う殺気を向け振り向けばいるはずのない人間がそこにいた。 「シャル、部屋の外までアネモネの泣き声が聞こえてるぞ。退けろ」 クロロは部屋に足を踏み入れるや否やシャルナークを押し退けアネモネを抱き締めた。 「ただいま、アネモネ」 「…クっ…ロ、ロ」 アネモネはまた瞳を見開きパチパチさせている。そんな彼女を見てクロロは笑みを浮かべ溢れ落ちる涙を拭った。 シャルナークは信じられないと言った表情でクロロを見ていた。 「団長、仕事は?あれは長期任務のはずだよ?投げ出して来たの?」 訝しげにクロロをジッと見るシャルナークを彼はフッと鼻で笑った。 「俺が本気を出せば1日で終わるさ」 そんなはずはない。 あの盗みはもともと一週間は必要な盗みだった。 それをクロロが無理矢理3日間にしたのだ。 「御託は後で聞く。まずはアネモネを泣き止ませて寝かし付ける」 出ていけとシッシッと手で追い払う仕草を受け、ムッとしながらもシャルナークは部屋から出ていった。 「ク、ロロ…っ」 ベットに腰がければギュッとアネモネが抱き付いてきた。 自分を取り巻いていた焦燥感や倦怠感が一気に取り払われる感じがした。 満たされる。 やはり自分にはアネモネが必要なのだ。 「………アネモネ、お帰りは言ってくれないのか?」 クロロが髪を撫でながら優しく囁く。 「…お…かえ、りなさい…っ」 ふわり 花が綻ぶようにアネモネは笑った。 その笑顔にもう涙は無かった。 prev next ×
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