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姉ちゃん、お願い
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「ただーいまー」
靴を散らかしたまま家に上がる。
外はじっとり熱帯夜や。
京都の夏は格別に暑い。
女の子が薄着になる以外なんもいいことあらへん。
蒸し暑いのほんまいややー。
靴下も玄関で脱ぎ、下したカバンを引きずりながら歩く。
アカン、暑すぎ。風呂直行や。
中学というところは、なんでこないクソ暑いのに体育なんてやるんやろか。
女子はプール、ここまでは理解を示したろ。
男子はなんで陸上やねん!いっしょにプールさせえや!
思春期の膨らみを拝ませてくださいよぉ!!
そんなことはさておき、まあさておかんくてもええけど。
とりあえず風呂や。
部屋の前にカバンを放って、ベルトを外しながら風呂に向かう。
今日は家ん中がやたら静かや。
みんな任務いってはるんかな。ご苦労なこっちゃで。
ぺたぺたと家を歩き回るだけでも暑い。
俺はなんとか風呂にたどり着いた。
ガラッと戸を勢いよく引くと、浴室に人の気配。
浴室のドアの横に、
林檎姉の部屋着が置いてある。
姉ちゃんの、匂いに胸が高鳴る。
俺は少し、後ずさってそのまま戸を引閉じた。
____
いつからやろか。
林檎姉を、無邪気に姉ちゃんと呼べなくなったんは。
俺はちっちゃいころから物凄い姉ちゃん子で、
柔兄に背負われんくなってからはずっと
姉ちゃんの後ろをついて回っていた。
林檎姉は、大きなタレ目の可愛い自慢の姉やった。
とにかくおっぱいも大きいし、
笑顔も可愛いし、
頭もいいし、
機転も利くし、
ほんまに悪いとこのないいい姉ちゃんや、今も。
変わったんは、多分俺や。
中学上がったくらいから、
林檎姉を他の兄弟とおんなしようには見れんくなった。
それから、ちょっと避け始めてしまって、今はもうほとんど家の中で話すことはない。
最初は、食事の席で口をきかんくなった。
「廉造、おしょうゆとってや」
「…」
無言で差し出す。
最初の頃はオカンオトン、兄ちゃんらが半分怒りながら
俺にあれやこれや言ってきやったけど、
当の林檎姉が軽く笑って
「ええよええよ。廉造も色々あんねんな。おしょうゆありがとぉな」
と、こんな調子なもんやから誰もなんもいわんくなった。
反抗期をロクに経験してへん俺をみんなは遅くきた反抗期やと片付けてるんかもしれん。
でも、そーゆーことちゃうんや。
もう、姉ちゃんって呼びたないんや。
姉ちゃんとしては見れへんのや。
風呂場をあとにして、自室に向かう。
汗だくの体が気持ち悪い。もう寝てしまおかな。
そうして布団に横たわる。
林檎、姉。
好きなんや。
大好きなんや。
でも、
その大きなタレ目が、
オカン譲りの白い肌が、
オトンと同じ眉間にシワをよせる癖が、
俺と林檎姉を兄弟やって際立たせる。
でも姉ちゃんだから、他の誰より近くにいられる。
そんな特権も、俺には手放せへん。
俺の好きな人は、実の姉ですって
「はは…気持ち悪いなあ」
このまま、ずっとおんなし屋根の下で、暮らしていくのが一番ええんやろな。
そんな百万回いきついた結論をまたなぞりながら、夢うつつになっていると、戸を遠慮がちにノックされた。
「廉造、お風呂空いたで。お待たせえ」
林檎姉
反射的に身を起こす。
「あーうん。」
「あ、そうや。開けてもええ?」
「ええけど、」
ゆっくりと、引き戸が開いて、
林檎姉の匂いが一気に部屋に充満する。
林檎姉は風呂上りの濡れ髪をそのままにして、
Tシャツと短パン。
表情は逆光でよく、見えない。
「何?」
俺はできるだけ林檎姉から目線を外して
ぶっきらぼうに問いかける。
そういえば、林檎姉は家の中をタオル一枚でうろつかんようになった。
元々親にも怒られてた悪癖やったから、
直ったほうがええんやろうけど。
何度言われても、
「こっちのが気持ちええねん。パンツは履いとるから気にせんどってや。」
と縁側に転がっていたことをふと思い出す。
もしかして、林檎姉。
俺の、。
質問の途中やったんを思い出して、ハッとする。
林檎姉は俺を見ている。
「何か用なんちゃうん」
少し苛立って催促してまう。
それこそ反抗期みたいや。
思い切ったみたいに、林檎姉は顔をあげて
「あたしな、家出て行くことにしてん。」
えっ、
「…どゆこと?
一人暮らしでもするん?」
林檎姉を思い切り睨みつける。
「まあそんなとこや。あんたも大きなったし、家が狭いやろ。」
そんなとこってなんやねん。
まさか、
「男と、住むんか」
つい声に棘ができる。
こんなこと俺が言ったってしゃあないのに。
これじゃまるで、 そうまるで、
俺が嫉妬してるみたいやないか。
林檎姉は少し驚いたような顔をして、
それからすぐいつもみたいに笑って、
「そんなん、ちゃうよ。
姉ちゃんにも色々あんねん。
あんたにだけゆーてなかったから、いちお伝えとこ思って。」
ほなね、と林檎姉は後ろを向いて部屋を出ようとした。
待てや、林檎姉。
俺は、
出て行こうとする林檎姉の腕を引っ張った。
すごく強く。
林檎姉の腕は俺の手の中ではもう細なっていて、
林檎姉に触れるのが久しぶりだと気づく。
変わらないのはやわい感触だけ。
「廉造?」
林檎姉は怪訝そうに俺を見る。
「姉ちゃん。俺から、逃げるんか。」
自分でもわけわかれへん。
なんでこないなことをゆうてしまてるんや。
こんなこと、ゆうても
「あたしがあんたから逃げる?」
林檎姉は意地の悪い笑みを浮かべた。
そして、俺を どんっと床に突き飛ばす。
俺は突然の衝撃を受け止めきれずに尻餅をついた。
俺を見下す、林檎姉の目は
「弟からなんで逃げなあかんねん。
15のあんたなんて怖ないわ。
反抗期やからって姉ちゃんに楯突いてええわけちゃうぞ。」
言葉とは裏腹に、悲しみを湛えていた。
____
続く
姉弟
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