このまま部室になんて戻れないし、行く宛のなくなった俺は自分の教室に来た。
(…マジかよ)
丸井先輩、いた。
「…あっれー…俺の席に誰か座ってるなー」
「……」
「かわいい人だなー、誰かなー」
「……」
「そーだ、寝ちゃってるなら今のうちにキスしてもいいかなー?」
近付いて「もう一回」と囁いたら、やっと先輩が顔を上げた。あーほんと、半泣き。
これは長くなりそうだと思って、前の席の椅子を借りて机越しに先輩の前に座った。
「もう、無視しないでくださいよ」
「…してたのは、お前じゃん」
「え?」
話しながら頬杖をついていたら、ぎゅっと袖を掴まれた。なにそれかわいい。あ、違う、そんなことじゃなくて。
「無視して、俺のこと避けてたのは、赤也の方だろぃ」
「え、は?ちょっと待って、俺そんなこと…」
「しーたーーっ!」
「いたっいたたたっちょ、せんぱっ皮膚!皮膚も掴んでるからっ!」
ガタン、
え。
「…っ寂しかった」
「!」
先輩が、俺に、抱きついて…!
待って待って、ほんとに先輩、どうしたの?俺が無視したって、避けたって、そんなことしたっけ?
「〜っ先輩!ちゃんと話そ!俺ほんとに無視なんてしてないッスよ!」
「じゃあ、なんだよ…昼、来なかったし…会ったのに、すぐ行っちゃうし…っ他の奴とは一緒にいるのになんで俺とは一緒にいないんだよ!」
そこまで言って睨まれた。
いや、でもそれ…
「…だってそれ、先輩のお願いだったじゃないッスか」
「は…?」
大好きな大好きな、先輩のお願い。朝、俺は聞いた。今日はなんでもするから、何がいい?と。そしたら先輩は、大人しくしろって。それが先輩のお願いかと聞けば、そうだ、と。
だから俺は今日ずっと我慢していた。先輩を見つけたら抱きつきたくなるし、お昼は絶対一緒に食べたいし、部活なんて先輩の隣にずっといたい。そこまで先輩に言うと、絶望したような顔をされた。
「あ、あの…せん、ぱい…?」
「…なんだよ…全部俺のせいかよ…」
「え?どういう…って、ほら!ね!俺無視してないっしょ!?我慢してただけっスよ!?」
「あーそうですね、してないですねーバカ也のバカ」
「ちょ、なんで!?」
「っ…〜あんなの嬉しくない」
一旦俺から離れて椅子に座った先輩は、ふいっと顔を背けて袖を口元に当てて、拗ねているように見える。いや、だからなにそれ。萌え袖やめて超かわいい。あーちがう、そうじゃなくて。
「せーんぱい、こっち向いて」
「…やだ」
「俺もやーだ」
「お願い聞くんじゃねーのかよ」
「だって先輩が嬉しくないって言ったから、もうしません」
そう言えば先輩がゆっくりこっちを向いた。そして小さい声で口を開く。
「…じゃあ…これも聞いてくれない?」
「なんスか?」
「──…」
「え、ええっ!?」
いつも通りが一番という話
(ぎゅってして、ちゅー)
(い、いいんスか?先輩いつも嫌がる…)
(〜っしないと赤也きらい!)
(しますします喜んで)
(真顔で即答はキモい)