3 | ナノ


このまま部室になんて戻れないし、行く宛のなくなった俺は自分の教室に来た。


(…マジかよ)


丸井先輩、いた。


「…あっれー…俺の席に誰か座ってるなー」

「……」

「かわいい人だなー、誰かなー」

「……」

「そーだ、寝ちゃってるなら今のうちにキスしてもいいかなー?」


近付いて「もう一回」と囁いたら、やっと先輩が顔を上げた。あーほんと、半泣き。


これは長くなりそうだと思って、前の席の椅子を借りて机越しに先輩の前に座った。


「もう、無視しないでくださいよ」

「…してたのは、お前じゃん」

「え?」


話しながら頬杖をついていたら、ぎゅっと袖を掴まれた。なにそれかわいい。あ、違う、そんなことじゃなくて。


「無視して、俺のこと避けてたのは、赤也の方だろぃ」

「え、は?ちょっと待って、俺そんなこと…」

「しーたーーっ!」

「いたっいたたたっちょ、せんぱっ皮膚!皮膚も掴んでるからっ!」


ガタン、


え。


「…っ寂しかった」

「!」


先輩が、俺に、抱きついて…!


待って待って、ほんとに先輩、どうしたの?俺が無視したって、避けたって、そんなことしたっけ?


「〜っ先輩!ちゃんと話そ!俺ほんとに無視なんてしてないッスよ!」

「じゃあ、なんだよ…昼、来なかったし…会ったのに、すぐ行っちゃうし…っ他の奴とは一緒にいるのになんで俺とは一緒にいないんだよ!」


そこまで言って睨まれた。
いや、でもそれ…


「…だってそれ、先輩のお願いだったじゃないッスか」

「は…?」


大好きな大好きな、先輩のお願い。朝、俺は聞いた。今日はなんでもするから、何がいい?と。そしたら先輩は、大人しくしろって。それが先輩のお願いかと聞けば、そうだ、と。


だから俺は今日ずっと我慢していた。先輩を見つけたら抱きつきたくなるし、お昼は絶対一緒に食べたいし、部活なんて先輩の隣にずっといたい。そこまで先輩に言うと、絶望したような顔をされた。


「あ、あの…せん、ぱい…?」

「…なんだよ…全部俺のせいかよ…」

「え?どういう…って、ほら!ね!俺無視してないっしょ!?我慢してただけっスよ!?」

「あーそうですね、してないですねーバカ也のバカ」

「ちょ、なんで!?」

「っ…〜あんなの嬉しくない」


一旦俺から離れて椅子に座った先輩は、ふいっと顔を背けて袖を口元に当てて、拗ねているように見える。いや、だからなにそれ。萌え袖やめて超かわいい。あーちがう、そうじゃなくて。


「せーんぱい、こっち向いて」

「…やだ」

「俺もやーだ」

「お願い聞くんじゃねーのかよ」

「だって先輩が嬉しくないって言ったから、もうしません」


そう言えば先輩がゆっくりこっちを向いた。そして小さい声で口を開く。


「…じゃあ…これも聞いてくれない?」

「なんスか?」

「──…」

「え、ええっ!?」


つも通りが一番という話
(ぎゅってして、ちゅー)
(い、いいんスか?先輩いつも嫌がる…)
(〜っしないと赤也きらい!)
(しますします喜んで)
(真顔で即答はキモい)


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