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「わー、すごい! こんなの久しぶり!!」


時刻は午前7時。少し早めの起床を迎えベッドからゆっくり降りると、閉め切ったままのカーテンを勢いよく開く。わずかに明るさを増した室内にはどういうわけか日の光がまったくと言っていいほどに入らない。
いくらか眠さの残る目を片手でゴシゴシとこすりながら窓の外の風景を見やる。そこにはいつもよりずっと白みがかった景観が広がっており、まるで別の場所に引越しをしたような感覚だ。


「あ、ねぇキド! 見て見て! これって霧だよねっ?」


勢いよく自室の扉を開けると目の前をのんびりと歩いていたキドがその衝撃音にびくりと肩を揺らす。驚かせてしまったことを申し訳なく思いつつも、それでもなまえにとってはなかなかお目にかかることのできない濃い霧に関心が行っているようだった。


「ああ。午後は快晴、とでも言ったところか」
「だったら外行こう、外! どうせこの霧のあと30分あれば消えちゃうんだし」
「なっ!? ちょ、お、おいまっ――」


相手の了解を得ることなく強引に手を掴んで歩き出すなまえ。キドはあまりの強引さに少々戸惑いを感じているようだが嫌がる素振りは見られない。
他のメンバーはまだ眠りについているのか、物音という物音はキドとなまえが立てている足音や動作音以外にはない。
外に一歩踏み出すと普段よりいくらかひんやりとした空気に包まれる。目には見えないが、きっと2人の周りにも霧が張っているのだろう。霞がかる景色がどことなく怪しさを感じさせる。


「普段見られないものってなんかワクワクするよ――……キド?」



楽しげな表情で語るなまえとは反対にキドはぼんやりとした表情で、どこか遠くを見つめている。冴えない、浮かないような顔はしょっちゅう見ているようにも思うが、それにしたってひとつひとつの動作に溜めがありすぎる。


「どうし、たの?」
「……霧は消えて、なくなるんだ」
「え?」
「俺も……いつか消えるんだろうな。誰の目にも留まらずに」


キドの、団長の弱音なんていつぶりだろうか。キドはもともと弱音を吐かない人だ。いや――少し昔ならカノとかいう猫目の青年に泣いてすがっていたのかもしれないが、メカクシ団のメンバーが増えていくとともにそれはほとんどなくなっていた。
微力といえど、多少は力をコントロールできるようになり、まだ完全とはいかないものの、自身の能力に潰されることはなくなったはずだ。それでもなお、不安を感じているというのならおそらく――その能力が完全に消えたわけではないということ。それ自体が今のキドの足枷となっているのだろう。


「大丈夫。私がいつでもキドのこと見つけてあげるから」
「おまえだって、見えなくなる、だろ……?」
「ならないよ。キドが私のこと信じてくれるなら、絶対にならない」


わずかに震えるキドを優しく包み込むように腕を回す。身長こそなまえよりはあるものの、想像していたよりもずっと細い体。口調や服装を見る限り、男だと間違えられてもおかしくはないと思っていたが、改めて彼女ひとりの女の子であることを実感する。
おそらく時が過ぎれば元通りだ。そうなったら今日の出来事は自分の胸にそっとしまっておこうと、なまえはキドの背中をさすりながら考えた。




フロスト・プリズム
(へえ、キドもなかなか可愛いとこあるもんだ)
(なんなら俺に甘えてくれてもいいのに、ねぇ?)



title:花畑心中
カノは覗き見をしていたようです
2012.08.15





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