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「なまえ!」


私の名前を呼び大きく手を振りながらセトが駆け寄ってくる。
私は歩くのをやめセトに向かって手を振り返す。すると、ぱっと明るい笑みを浮かべながら私の目の前で足を止めた。
手には何輪か色とりどりの花が握られているようだし、さしずめマリーへのおみやげとでも言ったところだろうか。


「セト、こんなところでどうしたの?」
「ちょっと森まで散歩に行ってきたとこっす。……あ、そうそうこれ」


何か思い出したように手にしていた花束の中から一輪の花を取り出すとセトはにこりと笑って見せた。
疑問符を浮かべながらセトの手の内を見やると、そこには黄色いおしべとめしべを白い花びらが取り囲むようについているそれ、園芸植物としても有名なマーガレットの花が目に入る。
セトはそのマーガレットの茎を短めに折ると、そっと私の髪を耳にかけ、かんざしと同じ要領でその花を飾ってくれた。


「なまえに似合うと思って取ってきたんすよ。綺麗でしょ?」
「んー、私からじゃちょっとよく見えないんだけど」
「なかなか可愛いっすよ。見えないなんて残念だなぁ」


言われ慣れていない台詞に頬が熱くなるのを感じる。
相変わらずセトはずるい。可愛いなんて言葉、仮にお世辞だとしてもときめくじゃないか。
どう返答すべきか分からないまま「ありがとう」とありきたりな言葉しか返すことのできない自分が憎らしい。
落ち着き無く左右に視線を動かす私を見たせいか、セトは少し困ったような笑みを浮かべたあと、そっと私の頭に手をのせ、ぽんぽんと軽く触れると、くるりと踵を返す。


「じゃあ俺、もう少し寄り道して帰るんで」
「わかった、またね」


再び手を振りながら私は反対側へと歩いていくセトの後ろ姿を見送る。
完全にその姿が確認できなくなったところで、私も家に帰ろうと一歩踏み出してみるが、ふと見慣れた人影が目に留まる。
ブロック塀の陰に半分ほど身を隠すようにして立っている、赤いジャージ姿の男。どうやらあれはシンタローらしい。


「シンタロー、そこで何してるの?」
「っ!」


びくりと肩を竦め、居心地悪そうな表情を浮かべながらも私の目の前にシンタローが立った。
シンタローが外出なんて珍しい。しかも、気温が30度をゆうに超える日なんて。
またパソコンでも壊れたのだろうか。いや、この時期ならネット通販ひとつで事足りるはずだった。


「あ、ねえみてみて! これ、セトにもらったの。似合う?」


耳の後ろにかけられたマーガレットをシンタローに見せる。どことなく浮ついた気分で話しかけるも、シンタローの表情はどこか釈然としないよう。それどころか、だんだんと機嫌が悪くなっているようにも感じるくらいだ。
セトとは対照的にまったく反応してくれないシンタローにさすがの私も少しばかり不満が漏れる。


「セトは可愛いって言ってくれたのに……」


満たされない気分のまま呟くとシンタローはますます不貞腐れた顔つきになる。そしてなにか思い立ったように私の耳にかかるマーガレットを取り上げると、私の手を無理矢理引いて歩き出した。


「帰るぞ」
「え、ちょっとま……っ!」


いつもなら合わせてくれるスピードも歩幅も今日は全然違う。あからさまに不機嫌なシンタローに連れられて到着したのはシンタローの家だった。
部屋まで入るとあっという間に内鍵をかけ、シンタローがうつむき加減で出入口を覆うように扉に寄りかかる。
なんと声をかけるべきか迷っている間、シンタローは手にしていたマーガレットを漫然と見つめていた。


「……秘めた愛」
「え?」
「マーガレットの花言葉だよ」


……つまり、これはあれか。
自然が大好きなセトは花言葉を知った上でこれを私に渡したわけで、それを知らない私があまりにも簡単に受け取って喜んでいるから、そんな私にシンタローが嫉妬したと、そう受け取っていいのだろうか。
ちらりと横目で様子を伺うとシンタローは大きなため息をついて頭を抱えていた。心なしか頬が赤らんで見える。


「あー、俺かっこわる」


目元を腕で覆い隠すとシンタローは私から顔を逸らすように上を向く。
嫉妬は醜いだなんてよく言われるけれど、私はそうだとは思わない。それは人間の持つ感情の一部であり、なにより愛されていることを実感できるひとつの伝達手段に思えるからだ。


「なんで? 嬉しかったのに」
「……なんにも分かってねぇのな」


呆れたようにため息をつき、私の後ろ側へと周る。その姿を追いかけるように体を動かすと、そっと壁に押し付けられる体。もう片方の手を私の顔の真横において逃げ道を封じると、じっと瞳を覗き込まれる。
ここまでされると気恥かしさがこみ上げてきて、くすぐったさを感じた私は反抗するように顔を背けた。


「言ったら止まらなくなるだろ」
「……止めなくていいよ?」
「うるさい」


これ以上しゃべるなと乱暴な言葉遣いで照れ隠しをするシンタローに思わず笑みがこぼれる。
締まりない表情でシンタローを見上げると、シンタローは機嫌を損ねたまま、緩みっぱなしの私の声を牽制するように睨んだあと、そっと口づけされた。




独占欲は可愛らしいままがいい
(等身大の合言葉)


2012.09.02 title:魔女のおはなし





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