キスは嫌いだ。 みんなは好きな人同士、愛のあるもの同士だとか当たり前のことを吐く。それも私にとっては所詮、物理的なものでしかない。 この世には愛に溢れた人ばかりいないということを私はこの目で嫌と言うほど見てきたわけだ。どう頑張ったってそこには己の欲望しかない。どうして人は醜い欲望のためにこんな行為に及ぶのだろう。理解しようにもしきれない感情が、今の私を支配している。
「考え事? 余裕だね」
重ねていた唇を僅かに離し、妖しい笑みを浮かべているその顔が目の前いっぱいに広がる。臨也は私の上にまたがっているだけだから良いだろう。私なんて押し倒された挙句、固くびくともしない床に寝転んでいるわけだ。そりゃあ考え事なんてしていなくとも変な顔にはなるだろう。背中に当たる無機質なだけのフローリングが不快。 ああ、早く終わらないかな。こんなことをしたくてここにいるわけじゃないのに。
「そう見える?」 「むしろそうにしか見えないって言葉が妥当だと思うくらいだけどね」 「……そう」
興味ひとつ沸かない話題に、相槌程度に短く言葉を返す。 人は私を冷たいだなんて言うけれど、興味のないものに感心するような、猫をかぶってまで善人と思われたくないだけだ。これを自己中心的だと捉えるのならもういっそ、それでも構わない。 つっと私の下唇に人差し指を這わせる臨也に目を向けると、臨也は挑発するような笑みを向けて再び唇をなぞる。
「それとも、なに? 気持ちよすぎて呆けてるだけだったりする?」 「……それ、どれだけ自意識過じょ……んんっ」
するりと服の中に入り、素肌に優しく触れる手に思わず声が洩れそうになる。慌てて口を押さえ、私にまたがるそいつを睨みつけた。 たいして感じてもないくせに反応する体が嫌いだ。これは恋じゃない。釈然としない勘違い。そう自分に言い聞かせ続ける。 ふと、見上げた臨也はどこか優越感に浸っているように楽しげな笑みを浮かべている。主導権を握られるというのは面白くないもんだ。
「相変わらず強情だよね、なまえは」 「流されるのが嫌なの」 「そんなに本能に従うのが嫌かい?」 「人間の欲なんて醜いだけでちっとも可愛くない」
私は人間が嫌いだった。人のため人のためといくら善人ぶっても結局最後は自分に見返りのあることしかできなくなる。人付き合いは孤独を隠すために。就職は生きていく上でお金を稼ぐために。子孫を残すことですら結局、己の快楽に変えてしまえるような、そんな人間が大嫌い。
「へえ。そこまで分かってるなら……あえて受け入れてみるのもアリだと思うよ、俺は」 「お生憎様。私はそこまで優秀な生徒じゃないの」
先へ先へと進んでいく手を止めるように、今度は自分からキスをする。驚いた様子なくそれを受け入れた臨也は、下腹部を彷徨わせていた手をさらに下へと向かわせる。
「……で、どうしたら君は俺のものになってくれる?」
月9のドラマでもありそうなくらい、簡明でちんけな愛言葉。臨也らしくもない。そう思いながらも相手の与える作戦に自らはまっていく私も、結局は人間であるということの表れなのか。 答える代わりにもう1度、唇を塞いでにこりと笑って見せた。
唇からもれる酸素と二酸化炭素 (案外世界も捨てたもんじゃない)
2012.08.24 title:魔女のおはなし
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