drrr!! | ナノ



「つまり、チョコレートは用意できていないわけだ」


いつもの語り口調で臨也が楽しそうに言う。私はどうしてこんなことを彼に相談しているのだろう。バイトを終えて帰る途中、偶然街中で臨也を見つけた。とりわけ話すこともなく素通りしてしまおうかと考えていると、向こうが私に気づいて声をかけてきたのだ。
面倒な奴に捕まった、と思った。何故か彼の前だと話す予定のなかった話題まで引き出されてしまう。私はそれが嫌だった。


「今年はとりわけ忙しかったんですよ!」


今更何を言っても苦しい言い訳になるだけだと知りながらも、結局それに縋りつく。忙しいことを理由にバレンタインチョコが用意できないなんて我ながら情けない。それでもきっと、こんな私を怒るだとか呆れるだとか、静雄さんならしないだろう。
だからますますどうしていいのか分からなくなる。


「なら、買うでもなんでもすればいいじゃない。愛の形は人それぞれだよ?」
「それは私のプライドが許しません」
「君自身のプライドにすがるより相手が喜ぶ方を選んだほうが俺はずっと利己的だと思うなあ」
「だから、自分の利益とかでなく……」
「そう言い切れる? だったら手作りじゃなくても贈る方が、俺は賢明だと思うよ?」


臨也さんの言いたいことは分かる。静雄さんならどんなものでもプレゼントすれば喜んでくれる。人と接する機会が少なかった分、小さなことでも素直に喜びを感じることができるからだ。
そうだとしても、やはり手作りのものをあげたいという乙女心が私の中にはある。


「わかりました。もう少し考えてみます。相談、乗ってくれてありがとうございました」
「まあ、俺はキミたちの恋愛ごっこ応援するなんて御免だから、どうでもいいけど」
「ごっこって何ですか。私は至って真面目ですよ」


まったくもって心外だ。べつに後押ししてほしいわけではないが、小学生の遊びのような名前をつけられたくはない。そんな軽い気持ちで付き合うことを考えるほど、若い年齢でもないと思っている。


「はいはい。そんなことより……どうせなら付き合ってよ、これから」
「はい?」
「なに、俺がせっかく興味もない相談乗ってあげたのにそれに対する礼もないわけ? 無粋だなあ」
「あーもう! わかりました! 付き合いますよ、付き合えばいいんでしょ!? どこ行くんですか?」
「んー、そうだなあ。まずは……」


臨也さんが視線の先に何かを捉えたのがわかった。誰がいるのか気になり、その正体を探る前、彼にぐっと腕を引かれ慌てて前方へと視線を戻す。息が顔にかかる。近い。


「――――楽しいこと、しよっか?」
「……はい?」


がしゃん、と大きな物音がした。否、物音というには大きすぎる。大きなフェンスを思い切り路面にぶつけるような、そんな感じの騒音だ。野良猫や何かの小動物のせいかと目を向ける。
そこには静雄さんの姿があった。私と目が合うと、どこか気まずそうに咄嗟に顔を背ける。


「え……? 静雄さ……」


声をかけようとすると踵(きびす)を返し、反対側へと走り出す。
いつから見ていたのだろう。その事実は分からないけれど、傍から見てあの光景、誤解するのも無理はない。


「ま、待って……!」


走り出しが遅いこともあり追いつくわけもないと分かっていながらその背中を追う。それに加えて複雑に入り組んだこの道で一人の人間を追うことは不可能と言っても過言ではない。完全に見失ったところで足を止める。乱れた呼吸を整えようと、胸元の服飾をぎゅっと握り込んだ。
このままではいけない。そう思いながら私は静雄さんの家の前で帰りを待つことにした。

同日 午後10時 静雄宅前

静雄が仕事を終えて帰宅する。もうすっかり日は沈み、寒さもだんだん増してくる時間帯だ。ポケットから鍵を取り出し、自分の部屋に繋がる扉へ目を向ける。ふと、下のほうに丸く、大きな何かが見えた。近づいてみるとそれは昼間、臨也と一緒にいた最愛の彼女、なまえだった。


「なまえ! お前なんでここに……」
「あ、おかえりなさい」


予期しなかったことに驚く静雄を余所に、なまえは彼が帰ってきたことを知ると埋めていた顔をさっと起こし、けろりとした表情で挨拶をする。
こんな時間までずっと外で待っていたのだから寒くないわけがないだろうに、そんな素振りは見せなかった。


「とりあえず、あがれ」


鍵を回しロックを解除すると急かすように彼女を中へと押し込む。それから急いで扉を閉めると、靴が脱ぎ終わるのも待たずに後ろからぎゅっと抱きしめる。
冷え切った体に分け与えられるような体温が心地よい。


「寒かったろ?」
「んーん。そんなこと全然感じなかった」


嘘をついているわけではない彼女の凛とした表情に静雄は呆気にとられる。


「は? なんで……?」
「だって静雄さんに誤解されたままなの、嫌だったんだもん」


どこかいじけたような子供っぽい表情を交えながら静雄の腕の中から抜け出し、靴をそろえて部屋に上がり込む。そのなまえを追うようにして静雄も部屋に上がった。暗かった部屋に灯りがともる。


「私、べつに臨也さんのこと好きじゃないよ? 相談に乗ってもらっただけ」
「だってお前、付き合うって……」
「あれは“どこか一緒に出かけない?”の付き合うだから意味はないの」


安堵したようなため息をつきながら額に手を添える静雄。顔がわずかに赤くなっているところを見ると、やはり早とちりだったようだ。誤解が解けたなまえもほっと一息つき、胸をなでおろした。


「悪かったな」
「ううん。それより私も謝らないと。今年チョコ用意できてないんだ……ごめんね」
「いいんだよ、俺は。なまえが無理しなきゃなんでも」


先程まで照れていた可愛らしい静雄の姿はどこへ行ったのか、今度はなんの躊躇いもなくあっさりと甘い言葉を吐き出してくる。さして意識していないところをみると天然なのか。本当に心臓に悪い。


「そ、そういうとこほんとに甘いんだから、静雄さん。私なんかよりもっと自分に気遣ったほうがい――――わっ」


ぐっと強い力で腕を引かれ、バランスをくずす。ちゃっかり座っていたソファにごろんと転がると、静雄は彼女が起き上がらないように腕を使って体を固定する。


「疲れた」
「もう寝ますか? だったら向こう……」
「いい。ここで」


案の定ソファはベッドよりずっと狭く、二人で寝転がるには大分きつい。身じろぎするだけでも床に落ちそうだ。互いの距離が、近い。それでも今はそんな近すぎる距離がどうしてか心地よく感じられる。
これが、ありふれた私たちの何の変哲もないバレンタインデー。



少し事情がありまして
(私事で申し訳ありません。それでも)
(私は貴方が大好きです)


2012.02.14 title:HENCE




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