55 反転



昨日と明らかに違う風景。
まさか場所を間違えたのか。キルアがそう思うのも仕方が無かった。
なんせ、一夜にして殺風景が廃ビルの町に変わっているのだ。
恐らく本物以外はダミーで、入るか近付いた瞬間に能力者に知らせる役割がある可能性が高い。それに、まだ団員の何人かがビルに残っている可能性もある。迂闊に近寄れなかった。

「具現化系だな、十中八九」

それ、クラピカにも言われた。気の利かない言葉に、テルドは口を尖らせる。

「絶対に入んなよ。近付くのも」
『あぁ、勿論。でも成果はあったぜ。奴等がアジトから出ていくのを確認した。多分、奴等は電車に乗るぜ。駅の方に向かってるから。テルドは?』
「リパ駅ってとこの喫茶店。クラピカの仲間の1人が、近くのホテルに宿泊しているらしい。緋の眼を持ってる奴だ。つーか絶対こっち来る気がする。もう既に嫌な予感するんだけど」
「知るか」

幸運なのか悪運なのか、午後はずっと雨が降っていた。
利点は、気配を隠しやすい事。
欠点は、視察が難しい事。
雨で、ただでさえごちゃごちゃしている町の視界が悪くなっているのだ。
おまけに、外は傘を差した人混み。雨だからか人通りは多少減っているが、多いに変わりは無い。

『ねぇ、1つ聞いても良い?』
「何だ」
『何で協力しようだなんて思ったの?』

唇が自然と閉じてしまう。理由など、考えていなかったからだ。

「何で・・・だろうな。本当に」
「利益なんて、これっぽっちも無いよ。ゴンはただ、クラピカを止めたいだけだから」
「知ってる。これで金貰っても胸糞悪い」
『・・・結構前から思ってたんだけど、アンタとクラピカって、ちょっと似てる』
「お互い、復讐経験者だからな」
『え?』
「ちょっと、昔の自分と重なったかもしれない」

お互い、クルタの血が流れているという事も含めてだ。

『・・・よく、わかんない』
「それが普通だ。ほら、さっさと任務に戻れよ鬱陶しい」
『ムカつ』

言い終わる前にブツンと通話を切り、雑に携帯電話をカウンターテーブルに放る。ガラス張りの窓からは、相変わらず人混みだけが映っていた。
そうだ、そうだった。自分は、クルタの血が半分流れているのだ。今更のことながら、思い出した。
感情を殺す訓練なんて、受けていない。つまり、いつ感情が昂って、いつ眼の色が変わるなんて自分でも分からない。勿論、この任務でそんな状況に陥る可能性は無いに等しいが。

怖い。
クラピカは以前、そう言っていた。珍しく弱気な姿だったのを、テルドは覚えている。
怒りの風化。彼の一番恐れている事が、起ころうとしているのかもしれない。彼が旅団の11番を殺した事は、ノストラード組から聞いていた。そして、クラピカが殺した事に激しく後悔しているという事も薄々気づいた。

「(変わらない。何一つ)」

空の紙コップをぐしゃりと握り潰した。
彼がやったのは、旅団と何一つ変わらない。無抵抗な相手を、一方的に虐殺しただけ。復讐とは名ばかりの、ただの殺人鬼。そう、クラピカに言った。案の定、彼は何故分からないと感情を表し反論したが、それでもテルドの意見は変わる事無く、「理解出来ない」のままだった。それもそのはず。テルドは継母を殺した事を一切、後悔も反省もしていなかったからだ。
自分を殺そうとした者を殺して、何が悪い。
所詮、正当防衛だ。クラピカも同じだったはずだ。きっと、旅団に見つかって殺されそうになった可能性もある。なのに何故、今更罪悪感など生まれるのか。侮辱だ。自分自身に対する、侮辱。長年それを生き甲斐にして来たのにも関わらず今更引き戻るなど、弱者の発想に過ぎない。
今回もクラピカはパクノダを殺す気など無いのかもしれないと考えると、少し悩まされる。偽善者・・・とはまた違うが、彼は頭がよく切れるから、無駄な事ばかりを考えてしまうのだろう。常に先の先を言って、最終的に旅団を殺しても意味が無いという結果に辿り着いてしまう。
それがクラピカの利点でもあり、欠点にもなり得る。

そろそろ動くか。
ふと窓越しの人混みに目を向けた瞬間、固まった。

「・・・・・マジかよ」

蜘蛛。
嫌な予感は当たった。




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