◆泣けるほど愛おしいもの。






___〈赤眼の蜘蛛〉の作った、とある町。






「…! あ、あれは…!!」


そう零したのはこの町に住んでいる、とある〈星詠み人〉。
その視線の先には、周りから見た感じだけでも仲の良さそうな二人の“男性”が歩いていた。
その二人こそ、この物語の重要人物であるスノウとジューダスである。
いつものように二人で楽しそうに歩き回っているスノウ達を見て、この〈星詠み人〉が感動した様に声を漏らしていた。
その視線はとても熱く、そして恍惚としてジューダスに注がれていた。

もうすぐでバレインタイン。
前世からの想いを伝えるには充分すぎるイベントが待ち構えている。
その〈星詠み人〉は思い立ったようにすぐさま買い出しに出掛け、そして一日がかりで愛情のこもったチョコレートを仕上げた。
このチョコレートには、自分の想いをたくさん込めた。
〈星詠み人〉は意を決してジューダスの姿を探す。
しかし、いつも一緒に居る二人。
そうそう離れることなどない。
今から告白紛いなことをするには、一人になってもらわなければ非常に困る。
バレンタイン当日では無いけれども、ジューダスへの想いが溢れて、手に持った大切な、可愛くラッピングした小箱を思わずキュッと掴んだ。


「どうも?お嬢さん?」
「っ!!?」


建物の影に隠れていたというのに、スノウが隠れていた女の子に声を掛けた。
それもこれも“サーチ”でこの女の子の気配を察知したからだ。
しかしそんな事を言っては恐がらせてしまうというもの。
その上、博愛主義を名乗るスノウ。
女性の扱いはお手の物なのだ。


「いつもいつも君から放たれる熱い視線を受けて、焦れったくなって声を掛けたんだ。私たちのどっちに用事があったのかな?」


そのスノウの後ろでは、侮蔑の視線をスノウへと向けるジューダスがいた。
その腰にある愛剣もまた、侮蔑の眼差しをスノウへと送っている。
そんなジューダスを見て〈星詠み人〉の女の子が顔を真っ赤にさせながらそれを見つめる。
そして───


「こ、これを…!貰ってください!!!」
「……は?」

『えぇ?!まさかの坊ちゃんの方?!』
「クスッ…。やっぱりね?」
『ど、どういう事ですか?! スノウは分かってて、その女の子に声を掛けたんですか?!』
「うん、そうだよ?個人的に、この女の子には応援したい気持ちもあるしね?」
『へ?どういう…こと?』


スノウとシャルティエが話を続ける中、ジューダスは目を丸くさせて差し出された小箱を見る。
可愛らしくあしらわれたリボンや、装飾の類いで飾り付けられているプレゼント。
ジューダスはその女の子を見て、一瞬にして嫌な顔をした。


「何故僕がこれを受け取らなければならない?」
「あ、えっと…。その……。」
「…頑張れ。」


スノウがそっと女の子の背中に手を置いて、小声で応援をする。
それを不思議そうに見ながらシャルティエがコアクリスタルに光を転写していた。


「す、好きですっ!!ずっと前から…!好きだったんですっ!!その…お友達からでもいいので、付き合ってもらえませんか?!!」


必死そうな女の子の顔を見て、そして隣で女の子へと優しい視線を送るスノウを見て、ジューダスは大きなため息をついた。


「……悪いが、それは受け取れない。」
「え…。」
「お前が何故僕の事を知ってるのか、それは分からない。……それに僕からすれば、見ず知らずの人間から贈り物を貰うことなど出来ない。」
「そ、そうですよね…。」

「……告白の途中ごめんね?君のお名前、教えて貰っても良いかな?」
「は、はい!私は…みつき。【佐藤 みつき】です。」
「やはりそうか。君、〈星詠み人〉だね?」
「は、はい!!何故それを…?」
「その赤い瞳……、そして君の中のマナを見れば一目瞭然だよ。君は、転生してこっちに来た口だろう?」

「…!!」


瞬間。ジューダスがシャルティエに触れる。
いつでも抜刀出来る位置に手があることに、女の子がハッと息を殺す。
しかしそれを止めたのはスノウだった。


「ジューダス。」
「……。」


咎めるような口調で止められ、ジューダスは少し不貞腐れながらも渋々手を外した。
そして困惑した瞳でチラリとスノウを見たのだが、彼女の視線は女の子を捉えていた。


「ごめんね?恐がらせてしまったよね。」
「でも…、それでこそジューダスらしいって言いますか……。」
「ははっ。そうだよね。分かるよ、君の気持ち。」
「…! 本当ですか?!」
「うん。今でこそあの言い方や立ち居振る舞いだけど。君の知ってる彼ならきっと、プレゼントなんて渡そうものならすぐに振り払ったんじゃない?」
「そうなんですっ!!!だから謝られたのが意外と言いますか…!!」


何故か二人だけで盛り上がっている姿を見て、ジューダスが目を白黒させる。
そして二人は意気投合したかのように話し続けた。


「なんだか、夢小説であった主人公のような気持ちになったんです…!トリップしたから想いを伝えてみたいと思って…!」
「初めは上手くいくとは思ってないけど、心開いてくれたら嬉しいよね。」
「はいっ!そうなんですっ!!徐々にでも心開いてくれたら、それだけでなんだか幸せになれそうです!」
「ははっ!その気持ち、すっごく分かるんだよね。私もその口だから。」


まさか自分の話題の事だとは思っていないジューダスも、蚊帳の外になっているシャルティエも、楽しそうなスノウを見て複雑な顔をする。
楽しそうだと言っても、相手はあの〈星詠み人〉だ。
ということは、その女の子は〈赤眼の蜘蛛〉に所属していてもおかしくはない。
そんな人と仲良くなるのが果たして良いのか悪いのか。そんな優劣などつけられるはずもない。
なんと言っても、目の前のジューダスの想い人はその〈星詠み人〉と楽しそうに話しているのだから。


「スノウ────」
「向こうで是非、ゆっくりとお話しませんか!?色々お互いに想いを吐き出しましょう!?」
「ふふっ。楽しそうだね?じゃあお言葉に甘えようかな?────という訳でジューダス。ちょっとこのお嬢さんとお茶してくるから後はよろしく。」
「はぁ?!ちょっと待て───」


しかし、そんなジューダスの静止など聞こえなかった様子で、スノウは女の子を連れて瞬間移動で消えてしまった。
ただ一人残されたジューダスは、スノウへと伸ばした手をゆっくりと元に戻した。


『大丈夫でしょうか…?』
「……。」


沈黙したその彼の顔を見て、シャルティエが苦笑した。
何故ならば、明らかに“嫉妬”している顔をして、更に不貞腐れてもいたからだ。
折角スノウと二人きりで町を回りながら楽しんでいたというのに、取り残されて可哀想に。
そんな事を思いながらシャルティエは暫く自らのマスターへと慰めの言葉を掛け続けたのだった。








*.○。・.: * .。○・。.。:*。○。:.・。*.○。・.: * .。○・*.







___翌日。(バレンタイン当日)




夜になっても、朝になっても、帰ってこなかったスノウを探しにジューダスが町中を歩く。
少しの不安と、少しの心配と……たくさんの“嫉妬”を持って、百面相しながら町中を歩くマスターにシャルティエが溜め息をついていた。


『……どこに行ったんでしょうね?スノウ。』
「…知るか。女を連れて帰ってこないなど……。全く、あいつは何を考えてるんだ。」
『スノウが男だったら問題ですけど、女性同士なら何か気の合う話でもあったんじゃないですか?』
「だとしてもだ。連絡くらい寄越せ。阿呆が…。」


すこぶる機嫌の悪そうなジューダス。
この怒りを止められないだろうな、と言うことはシャルティエの中で分かっていた。
ただ一つを除いて───


「ジューダス!」
「……!」


その声が聞こえた途端。
ジューダスの顔はさっきまでの百面相とは違い、明らかに“嬉しさ”を見せていた。
しかしすぐに眉間に皺を寄せては、辺りを見渡したジューダス。
それを見てシャルティエはぼんやりと光を点した。


『(もう…。素直じゃないんだから…。)』
「───あぁ、探したよ!ジューダス!」


スノウが笑顔で駆け寄ってくる。
しかし、その後ろには昨日居た女の子も一緒だった。
するとそれを見たジューダスの機嫌は、一気に降下していく。
立ち止まり俯いたジューダスだったが、すぐに心を持ち直すと顔を上げてスノウを睨んだ。


「何故、そいつが一緒なんだ?スノウ。」
「昨日話をしたら意気投合しちゃってね?…じゃなくて、少しだけ君にお願いがあるんだ。」
「ほう?連絡も寄越さず、夜どこかにほっつき歩いていた者の最初の台詞はそれか。」
「(これ…、かなり怒ってません…?)」
『(坊ちゃん…結構怒ってるなぁ…?)』


シャルティエと女の子の心はひとつになった。
これ以上触れればヤバい、と。
しかしそんなジューダスの機嫌を知りながらも、スノウは果敢に挑んでいく。


「ごめん、ジューダス。君に言伝だけしておこうと思ったんだけど、随分と夜更けまで話し込んでしまったものだから諦めたんだ。」
「……。」


ムスッとした顔でスノウを見るジューダスだったが、スノウの顔を見ては嘆息した。
つまり、この勝負はスノウの勝ちって事。
そんなジューダスの諦めた顔を見て、小声でお礼を言ったスノウは後ろにいた女の子を振り返り、軽く頷いて見せた。
緊張した面持ちになった女の子はカバンから昨日とは違う、大人しめのラッピングの箱を取り出してジューダスの前へと持っていく。
そしてその顔もまた、昨日とは違う雰囲気を出していた。


「昨日はすみませんでした。ジューダスさん。……せめて、私とお友達に…なっていただけませんか?」


ジューダスが女の子を見て、そしてチラリとスノウを見る。
それは昨日もやっていた工程だった。
しかし明らかに違うのは、目の前に出されたラッピングは昨日の派手さとは違い、試行錯誤を繰り返したような爪痕を感じさせるし、女の子の表情も昨日とは打って変わって違っていた。
恐らく、スノウが何かしら助言でもしたのだろう事がラッピングからも窺える。
何故ならば、彼女の好きな“紫色”が隠れたようにあしらわれていたからだ。

ジューダスは頭に手をやって大きなため息をつく。
これでは断るにも断りきれないからだ。
スノウが何の為にこの女の子に助言したのかも分からないが、それでも彼女が関わっている。
それに泥を塗りたくはないと、そう思った。


「……顔見知り程度だが…、こいつに免じて貰ってやる。」
「〜〜っ!!」


途端に嬉しそうに笑顔を咲かせた女の子は、嬉しさのあまりスノウを振り返って抱きついた。
それを予見していたのか、スノウも女の子を抱き留める。
それは「おめでとう」の言葉と、優しい笑顔付きだった。


「私っ、他の人にも自慢してきます!」
「うん。行ってらっしゃい?」


そう言って女の子はジューダスにお辞儀をした後、一目散に駆け出した。
その女の子が見えなくなった頃、スノウは腰に手を当てて苦笑を見せる。


「……少し、羨ましかったんだ。」
「???」


女の子が駆け出した方をずっと見ながらポツリと呟かれたその言葉は、何処か寂しさと悲しみの色が混じっていた。
疑問を持ちながらも、ジューダスは黙ってスノウを見つめる。
そしてスノウがジューダスを僅かに振り返り、困った顔で……でも泣きそうな顔で笑った。


「君達の過去や未来を…〈星詠み人〉は物語として知っている────昔、そう話したよね?」
「あぁ。」
「その物語の中でも君は、特に人気な登場人物だったんだよ?リオン。」
『へぇ!そうなんですね!流石は坊ちゃんです!僕の目に狂いは無かったって事ですよね!』


自慢げに言ったシャルティエに、少し照れながらも鼻を鳴らしたジューダス。
それを見てスノウも僅かに微笑んだ。


「〈星詠み人〉の中でも私やみつきちゃんみたいに、前世で君が大好きだったって言う人は沢山いる。……それでもさっきの女の子…みつきちゃんの様に、私はなれない。」
『なれない?……どういう事ですか?』
「あんなに真っ直ぐに想って……、そしてその想いを真っ直ぐ大好きな人に伝えることだよ。……だから、私には彼女が少し、羨ましかったんだ。」


前前世から大好きで、最推しだったキャラクター。
そして前世で転生してこの世界に来た時から救いたい≠ニ強く願った、スノウにとって大事な人…。
その気持ちをスノウは心の中に仕舞うだけ仕舞って、言葉にはしなかった。
ただ救えればいい>氛氛氓サう思っていたからだ。

例え、君を苦しめようとも。

例え、自分が死のうとも。

例え、最推しで大好きだった彼にこの強い思いを伝えられずとも────やめられなかったし、言えなかった。

だからこそ、スノウは〈星詠み人〉であるみつきを羨ましく、そして自分には出来ないと悲しく笑ったのだ。
少しだけ不器用であったスノウの行動が、リオンには親友とまで言わせた事が奇跡だった様に、スノウのその気持ちや行動が“軌跡”として今が在る。
それは、誰が聞いても“奇跡”の物語だ。


「……僕は、」
「……うん?」
「僕は、以前にも言ったように……お前に出逢えて良かったと思っている。」
「……うん。」
「この出会いを無かったことになんかしたくない。…そう言ったはずだ。」
「そうだったね…?」


今やスノウはジューダスを見れずにいた。
俯いた顔を上げれば、きっと彼に怒られると分かっているからだ。
その顔は…少しだけ“自嘲”していたから。


「例え、お前が僕に真っ直ぐ気持ちを伝えずとも……僕は、お前のそばに居る。ずっと…ずっとだ。」


スノウよりも気持ちを伝えるのが苦手で、不器用なジューダス。
しかしそれも前世で“モネ”と出逢ってから変わった。
これでも人と接するようになったし、無視をしたり罵ることも、罵倒する事も少なくなっていた。
勿論、スノウが関わるものならば罵倒を浴びせたり、罵ることもあるが……それでもモネと出会う前のリオンからすれば、かなり人に対して好意的になった方だ。
これがモネと出会ってなかったらと思うと……想像もつかない。


「スノウ。僕は、お前の事が…」


シャルティエも緊張した面持ちでその告白を聞いていた。
しかし、その告白は複数の女性の黄色い悲鳴によりかき消されてしまっていた。
そしてその女性たちは真っ直ぐジューダスに向かってきている。


「「「「ジューダスさまーーー!!」」」」
「「「「リオン様〜〜!!!」」」」
「!?」
『えぇ!?』


その女性達の瞳を見れば、全員が“赤目”をしていた。
そしてその熱い視線の先は、言わずもがなジューダスである。
戸惑うジューダスに迫る女性達。
恐怖からかジューダスが慌ててその場から逃げ出していた。


「ふふっ!ごめんけど、今は彼女たちの応援したいから助けてはあげられないな?」


彼に聞こえてはないかもしれないが、スノウがそう零し、笑顔を浮かべた。
その笑顔は先程の“自嘲”とは違い、明るい笑顔であった。

ジューダスを追いかける女性達を見ながらスノウは手を振って応援をする。
叶わない恋だと知っていても、想いを伝えるのはタダなのだから。
そんな女性達をスノウが僅かに羨ましそうに見つめた後、目を閉じて微笑む。
そして町中へと姿を消したのだった。






* … * … * … * …* … * …* … * … * … * …* … * …





___数時間後。


スノウが宿屋へと戻ると、入った部屋の隅という隅にまでプレゼントの山が積まれていた。
しかも、その山の中には先ほどまで女性たちから逃げていたはずの彼が埋まっていたのだ。
目を数回瞬かせたスノウだったが、苦笑をしてそのプレゼントの山からジューダスを助け出してあげていた。


「大丈夫かい?レディ?」
「くそっ…。あいつら、め…。」
『いやぁ…すごかったですよ…?女性たちのあの鬼気迫る感じ…。見ていた僕もちょっと、身の毛がよだちました…。』
「だから言っただろう?前世で君を好きな人はごまんといるって。」
「あんなに、いるとは…聞いて、ない…ぞ…。」


顔を青ざめさせ、贈り物の山を見ない様にしているジューダス。
そんな彼に苦笑をしながら山を見たスノウは一つ提案を持ち掛ける。


「ここ、宿屋だから食料として使って貰ったら?仮にも今日はバレンタインで、夕食とかのデザートはチョコレートを使うだろうし。」
「断られたに決まってるだろう…?!じゃなかったらこんな所に置くはずがない!」
『持っていったら"嫌味か"って煙たがられたんですよ。だから仕方なくこの部屋の中に集めていまして…。』
「ふふ、そうか。じゃあしっかりと彼女たちの愛を受け止めて、食べてあげないとね?」


しかしジューダスは乗り気じゃないようで、後ろにある贈り物の山をまるで親の仇のような視線で睨んでいた。
それもそのはず、ジューダスはこの贈り物の山を嫌というほど女性たちに持たせられていた。
そして道中で捨てようものなら、何処からともなく女性たちが現れてはジューダスの手に持たせることを強要してくる。
それを繰り返している内に宿屋の部屋の中が贈り物の山で溢れかえったのだった。

げっそりした顔をしたジューダスだったが、唯一バレンタインで貰えなかった本命の人からのプレゼントが気になっていた。
去年はそんな場合じゃなかったこともあって、今年のバレンタインは少なからずジューダスも期待していた。
しかしそんなジューダスの想い人は、今日が終わろうとしているにも拘らず涼しい顔をして自分を見ていた。
それに苦しくならないはずがない。


「…今日はバレンタインらしいな。」
「ん?そうだね。だから君がああやって追いかけられたんだと思うけど?」
「お前は…」
「??」
「お前からは無いのか?」
「…!」


スノウは純粋に驚いていた。
こんなにも沢山の甘いプレゼントを貰っていたジューダスを見て、すぐ諦めていたからだ。
食べきれない程あるのに、それでも自分のプレゼントを強請る親友を見てスノウはクスリと笑っていた。


「あるにはあるんだけど…。甘いものはもういいんじゃないのかい?」
「お前のなら食べるに決まってるだろう。…他の奴の食べ物なんぞ、何が入っているか分からなくて食べる気すら失せる。だから、早く出せ。」
「ふふっ。はいはい。」


そう言ってスノウは小さな小箱をジューダスへと投げ渡すと、笑いながら扉へと寄りかかる。
そしてニヤリと笑うと挑発的な笑みを浮かべてジューダスを見た。


「君のために少し趣向を凝らして見たよ?」
「ほう?」


ジューダスが小箱を開けるとそこには何も入っていなかった。
少しラッピングをしてはいるが、ただの空の小箱。ただただ、それだけである。
それに訝し気な顔を見せたジューダスだったが、気付けば目の前でスノウが手を差し伸べていた。


「流石にそんな小さな小箱に入る奴じゃなかったからね。さあ、行こうか?」


ジューダスがその手に自身の手を重ねると、グッと力を入れジューダスを立ち上がらせる。
そしてそのままの状態でスノウが歩き出すと、風に乗せて僅かに彼女の香りが変わっていることに気付いた。
その香りはいつも香る彼女の香りじゃない────甘い、甘すぎてとろける様な…そんな香りだった。
そんな香りが彼女の元ある香りと混じり合って、思わずクラクラする。
ジューダスは僅かに首を振って、思考を消そうと努力した。
しかしそんな努力も虚しく、そのクラクラする香りに眩暈がしそうになった頃になってようやく目的の場所に辿り着いたようだった。


「さあ、ここだよ。」
「??」
「これ。覚えてる?君と食べた、このアイスキャンディーの味を。」


昔…といってもそんなに前じゃない。
それはノイシュタットでデートした時に食べた、プリン味のアイスキャンディーだった。
冷凍庫から取り出したアイスキャンディーをジューダスの前に持っていき、首を傾げながらジューダスへと渡してきた。
それを受け取ったジューダスは、そのままパクリと口の中にアイスキャンディーを咥えた。
すると、何とも再現度の高いアイスキャンディーで、あの時食べたあの味と同じアイスキャンディーの味がしたのだった。
驚く間もなく、隣ではジューダスのそんな気持ちなど知らないスノウが同じものを口にする。
そして納得したように頷いていた。


「うん。ちゃんと出来てるね。安心したよ。」
「…すごいな。あの時と一緒だ。」
「かなり試行錯誤を繰り返したからね。君にそう言って貰えるなら自身がつくよ。」


自分のだけは小さなアイスキャンディーだったのか、すぐにスノウが食べ終わり厨房の方へと歩いていく。
それを見つつ、ジューダスも口にしたアイスキャンディーを溶けない内に食べてしまおうとクシャリと柔らかくなったアイスキャンディーを噛んだ。
その瞬間、プリンのあのカスタードの甘い味が口の中に広がっていき、幸せな味へと変わっていく。
冷たすぎるけれども、それでも大好きな味に変わりはない。
ジューダスは幸せを噛み締めながらそれを食べていく。


「(…やはり、あいつの手作りに限るな。他の奴らの食い物など…)」
「レディ?まだ食べれそうかい?次はこれを食べてみて欲しいんだ。」


そう言ったスノウは嬉しそうな顔をしていて、あの挑発的な顔はどこかに行ってしまったようだった。
そんなスノウの手に持っていたものは、大きなパイだった。
円状のパイがこれでもかと焼き色をつけ、香ばしい匂いと共に満腹だったはずのジューダスの食欲を擽る。
その匂いからして、そのパイの中にはきっと"ピーチ"が入っているに違いない。そうジューダスは感じ取った。
それも…ジューダスの好物である"ピーチパイ"だったのだ。


「君が食べた所を見たことは無かったけど…この味で満足できるか、知りたいんだ。」


言葉は真剣だが、笑顔でそう話す彼女にジューダスも思わず笑顔があふれる。
そして二人だけのお茶会が今まさに始まろうとしていた────






【泣けるほど愛おしいもの。】


「…美味しい?レディ。」
「あぁ。お前の作る物なら全て美味いに決まってるだろう?」
「…ふふっ。そっか…。(これが面と向かって言えない私の気持ちだよ…レディ?)」





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



あとがき。


スノウ自身はちゃんと言葉にする方ですが、ジューダス…またはリオンに関しては言葉足らずなことが多いんです。
それは前々世での推しだから、というのもあるようです。
言葉にせずとも伝わる"想い"。
それをベースにして書き上げました。

皆さんは好きな人にチョコレートを渡せましたか?
読者さまの恋愛事情も、きっとこの小説の様に奇々怪々なんだと思います。
恋愛は、ただ真っ直ぐなだけではないから。
だからこそ、悩んだり、怖くなって怯えたりするんだと思います。
是非、この小説を見て勇気を貰ってやってください。

管理人・エア
_39/40
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