「今年もハロウィンが来たよ!皆!」
カイルが意気揚々とそう仲間たちに向かって叫んだ。
修羅と海琉を仲間に入れてから初めてのハロウィンである。
……まぁ、前回は不思議なハロウィンになったが、その時に修羅も海琉も一緒だった事は仲間たちも知らない事実かもしれない。
「ハロウィン…つっても、何も用意してないだろ?」
修羅の言葉に他の仲間たちも頷き、目を瞬かせる。
しかしカイルはどうしてもハロウィンがやりたい様で、皆へと言い縋っては両手を合わせ頼み込んでいた。
「……良いんじゃないかな?」「おい。お前は何でもかんでも安請け合いするな。」「だって、年に一度のお祭りなんだよ?カイルの言う通り、折角ならば楽しみたいじゃないか。……まぁ、場所が場所なだけに、ハロウィンを楽しむ所では無さそうだけど…。」ここは雪国───スノーフリア。
雪国の玄関口であり、他国との貿易の盛んな港町である。
そんな港町でも連日大雪が積もり、雪かきを余儀なくされている状態だった。
先程到着したばかりのスノーフリアの為、全員が急いで防寒具を着ている最中にカイルが話すものだから、皆が困っていたのだ。
雪の中でのハロウィンなど、聞いた事も見た事もないが、ここまでカイルがやると言い出したらやるしかないのだろう。……彼はこちらの言う事を聞かないのだから。
「まぁ、でも……雪の中でやるハロウィンもきっと楽しいわよね?」
「そうだねぇ…? でも何をするんだい?皆、お菓子なんて一つも持ってないじゃないか。」
「だから皆でお菓子を作ろうよ!とびっきりのお菓子を作って皆でパーティにしよう!」
カイルの提案に徐々にやる気を見せる仲間たちだったが、一人だけ浮かない顔をして他を見ていた人物がいた。
「(ハロウィンのこの時期にスノーフリア、か……。嫌な予感がする…。)」『スノウ?』「……。」また始まった、とジューダスが頭を押えて首を振る。
スノウはよく考え事をする時に、周りの声や音が聞こえないという稀有な特徴の持ち主であった。
だからジューダスがそんなスノウを見て、“また”なんて言い出したのだ。
「……。」「あれ?スノウ。どうかしたの?」
カイルの声にも気付かず、浮かない顔で他の場所を見ているスノウ。
そんなスノウの元に、一人の衛兵がやってきたではないか。
流石にそれに気付いたスノウは、肩を竦めさせ仲間たちを振り返った。
「折角だけど、私はハロウィンには参加しないでおくよ。ちょっと野暮用が出来たもんでね?」「えぇ?!!スノウも一緒に───」
「モネ様っ!!!」
その衛兵がスノウを“モネ”と呼んだ事で仲間たちの皆が気付いた。
スノウが以前会った事のある衛兵なのだと。
衛兵はスノウに近付くとキレのある敬礼をして、スノウの耳元で何かを囁く。
それに
「やっぱりねぇ…?」と遠い目をしたスノウ。
仲間たちは何が何だか分からないが、不安そうな顔を見せ、お互いに顔を見合せていた。
「国王様からも、何卒との事でして…。」
「……今年こそ因縁を消してやらなくちゃ…。今後、未来の事を考えた時にアレがあったら民の皆が不安がる。」「では…!」
「あぁ。勿論、久しぶりではあるけれど私も参加させてもらうよ。このファンダリア地方の同じ故郷の民として、ね?」衛兵はそれを聞いた瞬間、嬉しそうに再びキレのある敬礼をし、仲間の元へと伝達しに行った。
それを腰に手を当てて嘆息しながら見たスノウだったが、苦笑いをひとつ零して仲間たちから離れようとする。
しかしそうも行かないのが仲間たちである。
急いでスノウの周りを囲い、事の事情を聞き出そうという魂胆である。
「ちょ、ちょっと待ってよ!スノウ!」
「そうよ。待って?スノウ。どこに行くつもりなの?」
「そうだね…。皆は去年のハロウィンのこと、覚えてる?」「覚えてるっちゃあ覚えてるが…、なんかあったか?」
「その時に私が言ったことを覚えてくれていたら分かるかな?この時期……、それこそ私がモネだった時代、ファンダリア地方ではとある魔物狩りに借り出されるから私はハロウィンを楽しんだ事が無かったんだよね。」「「「あ……。」」」
「…そういうことか。」「「???」」
修羅と海琉だけはその話を聞いた事がない、と首を傾げさせる。
しかし他のメンバーは何処か聞き覚えがあったのか、スノウの言葉に口を閉ざした。
「…で?お前一人でその魔物退治に行く、と?」「一人ではないけど、他の衛兵や兵士達と共に奴との雌雄を決するつもりだよ。……今年こそ、奴を倒す…!」スノウの意気込みは半端ないものだ。
その証拠に、その瞳には力強い決意の色が表れていたのだから。
拳を握り、遠くを見たスノウに全員が疑問を持った。
“あの強いスノウでも倒せないものとは、どんな魔物なのか”───と。
「……ふぅ。という事で、ちょっと抜けるからね?」「あ、待ってよ!スノウ!オレ達も───」
カイルの言葉を最後まで聞かずに、スノウがその場から消える。
すぐさま修羅が頭に手を置き、探知を開始するも遠くにいるようで修羅の探知が及ばない。
思わず舌打ちをした修羅に、ジューダスまでもが舌打ちをして苦い顔をする。
『この時期に強い魔物なんて、聞いたことがないですよね?坊ちゃん。』「あぁ…。あいつからもそういった事は聞かなかったが……確かにこの時期にあいつを見かけたことも無かったな。」「ど、どうしよう…!ジューダス!」
「…僕はあいつの手伝いに行く。お前らはハロウィンでも何でも楽しんでいろ。」「仲間が危ない目にあってるのに、呑気にパーティしてられないよ!!オレ達も行く!」
修羅やロニも頷いた事から目指すはハイデルベルグへと切り替わり、例の魔物の詳細を聞くことになったのだが、意外にもそれは早い段階で分かる事となる。
スノーフリアにいた町人たちがカイル達の足を止めたからだ。
「お前さんら、この先に用事があるのかい?」
「うん!仲間が大変な目に遭ってるかもしれないんだ!」
「あー…。そりゃあ、残念な話だけど……諦めてもらうしかないようだねぇ?」
「「「え?!」」」
「…どういう事だ?」「この時期の雪国は、立ち入りが制限されるんだよ。魔物の大群をハイデルベルグの兵士たちがやっつけてくれるっていう恒例行事があるからね。一般の人は誰であろうと立ち入りは禁止だよ。」
「そ、そんなぁ…。」
「……僕達はその魔物退治に呼ばれた助っ人だ。ここを通して貰わなければ困る。」「え?ジューダス、いつからそんな──」
ロニが慌ててカイルの口を塞いだが、町人は訝しげな顔をカイル達に向ける。
口を塞がれているカイル以外は、その町人へとから笑いをしながら見たが、余計に怪しまれてしまっている。
「……立ち入りは禁止だけど…、ハイデルベルグの兵士達の勇姿を見る事は可能だよ。」
「え?!本当?!」
「だけど、この恒例行事は大体一週間ぶっ続けで行われる危険な行事だからね。見ても半日が限界だろ?なら、一週間後の方が見物だと思うけどねぇ?」
「いや!教えてよ!その場所!」
「……本当に危険だから、あんた達が参加しないって誓ってくれるなら、教えてあげるけどねぇ?」
「う、うん!約束するよ!」
「本当かねぇ…?」
そう言いながらも地図を出しては教えてくれる辺り、一応は信用してくれたみたいだ。
ジューダスと修羅が先頭に立って聞き、その地図を頭の中に叩き込む。
地図を見ていればスノーフリア近くにどうやら高台があり、そこから観戦出来る様である。
高台が故に、降りて参戦するというのは至難の業かもしれない。それほど地図上では断崖絶壁が描かれていたからだ。
「じゃあ、観戦する時は魔物や被弾に注意しながら観戦しなよ?あと、絶対に戦闘に参加しようとは思わないこと。ただでさえギリギリの戦いなんだから兵士達の迷惑をかけちゃいけないよ?いいね?」
何度も念押しされ、ひたすら頷くカイル達。
疑念の眼差しをしながら立ち去った町人を見送ったカイル達は、その示された地図上の場所まで急いで向かっていく。
余りの急勾配で高所恐怖症の一人が音を上げそうになる中、仲間たちは必死に高台へと道に縋り付く。
そして念願の高台へと着くと、そこには既に兵士達が準備が出来ており整列している姿があった。
「スノウは?!」
カイルが心配そうに見れば、ジューダスが先にスノウの場所を見つける。
その場所は一番先頭であった。
「────行くよ!皆!!」「「「モネ様に続けーー!!!!」」」
相棒を高々と掲げ、戦闘の合図を出したモネ───ならぬ、スノウは先陣を切って走り出す。
それを兵士が追いかける形だったが、なんと言ってもスピードが違う。
一人戦場を駆け抜けていくスノウは圧倒的な速度を見せており、まるで雪など端から無いかの様な見事な走りである。
あとに続く兵士たちはカイル達のいる場所から見れば、かなり遅くに見えた。
雲泥の差があるほど、スノウの滑り出しは速かったのだ。
「────!」魔物と交戦するスノウはいつにも増して好戦的で、次々と魔物を鮮やかに倒していく。
相棒を持つ腕が休みなく動き続け、そして華麗に回避をこなしつつも、鮮やかな手並みで敵を屠る姿は最早芸術である。
ようやく到達した兵士達も魔物相手に一体一体、各個撃破している。
しかしそれを見たジューダスと修羅、そしてロニまでもが顔を険しくさせた。
「…これでは、スノウたちは負けるだろうな。」「「え?!」」
「流石に俺でも分かるぜ…?こりゃあジリ貧過ぎだろ…。」
「スノウ一人の戦力が際立ってる分、スノウへの負担が大きすぎる…。その上、兵士達の上に立っているからか、周りへの気配りも配慮しなくちゃならねぇ…。どう見たって、こっち側の戦力が足りてねぇよ。」
「で、でも…これを一週間続けるんでしょ…?!」
「だからこそ、毎年スノウたちは最後まで辿り着けないんだろうな。その強敵に、な?」大の男三人が不安そうな顔を見せたのだ。
カイル達までもが、不安そうな顔で先頭を切っているスノウを見つめる。
「ほら見てみろ。言った傍から、あいつはもう補助の方に回っている。」「これじゃあ戦力が一気に分散して、勝てるものも勝てないだろうしな。」
カイル達が再び見てみると、スノウが回復を兵士達へとかけているのが目に見える。
周りを気にしつつ戦うその姿に、ようやくカイル達も焦りを見せた。
これでは補助や支援は潤沢だが、火力が全く足りていない。
先程修羅が言っていた通りだった。
「どうすればいいんだろう…!?」
「この手の戦闘を一週間となると、野営をする事は明白だ。意気込んでいるスノウには悪いが、一週間の間耐えている間に僕たちがこの魔物達の筆頭を倒してしまえば、ファンダリアの兵士達に勝機は見えてくる。」「じゃあ、オレ達で───」
「だが、考えても見ろ。あれだけの軍勢を用意したファンダリア国王の手前、勝手に僕達が動けばウッドロウに何か言われるのがオチだ。それこそスノウの話からしてもこの戦いには長い歴史があるようにも思える。ぽっと出の僕達があっという間に倒してしまうのもファンダリアとしてどうなのか、という話だ。」「うーん…。」
カイルが腕を組んで一生懸命考えている時だった。
戦場から歓声が上がり、何事かと仲間たちが見遣ればどうやらスノウが精霊で攻撃した事が分かる。
一気に魔物の陣営が崩れ消えているのが何よりの証拠だ。
「…まずいぞ。このままやり続ければスノウのマナ切れの方が早い…。ペースを上げすぎだ…!」
「「…!!」」
「自分の力を過信しすぎたか…。それとも、周りの期待に応えないといけないというプレッシャーか…。どちらにせよ軍人上がりの彼女らしからぬ行動だな。いつもならそんなヘマしないだろうに。」「ともかく、この地方の国王に伺いを立てれば良いんだろ?なら早く行こうぜ。スノウがバテる前にな?」
「「分かった!」」
結局ジューダスたちはウッドロウ国王の元へと急いだ。
事情を話し、自分達も参加する旨を伝えると魔物の詳細を事細かに伝えてくれ、魔物の大元をジューダス達へと託される事となった。
陽動をスノウ達の部隊で行う編成となり、その伝達係はすぐに城を出て行ってしまった。
「こう言うのも何ですが…本当にオレ達で良かったんですか?」
「寧ろ、私はこの脅威を払拭出来るというのであれば、どんな手段も選ばないと前々から思っていてね。…ただ、この国の出身でもない君達に、重要な役目を押し付けてしまった事を心苦しく思う。」
「そんなことありません!スノウのためにも、オレ達やり遂げて見せますから!」
「期待しているよ。カイル君、それから…」
「礼も言葉もいらん。さっさと行かせろ。」「ふっ…。相変わらずだね、君は。」
その後、合図代わりの閃光弾を持ったジューダス達は、急いでその大元の魔物の元へと向かう。
途中、編隊を率いているスノウの様子を見る事が出来た仲間たち。
そこには、苦戦を強いられていた兵士達の顔があった。
しかしその表情もスノウの一言によって一変する。
「Aチームは私と共に駆けつけてくれた精鋭達の活路を切り拓く!Bチーム以降はここで魔物の侵入を塞ぎ止めるんだ!!」「「「はっ!!!!モネ様!!」」」
「行くよ、皆…!!この厄災に終止符を打とう!!!」「「「「おぉぉぉーーー!!!!」」」」
スノウの言葉に体を奮い立たせ、兵士達の目が変わる。
それは誰しもがこの戦いを終わらせたいという一心であった。
戦場であるにも関わらず、兵士達は武器を天へと掲げていたのだった。
そうしてスノウとその配下の兵士達が動き出す。
ジューダス達のために陽動作戦を買ってでてくれるのだ。
並大抵の強さだけでは陽動など務まらない。
それくらい危険な作戦の方へスノウが行ったことに、苦い顔をしたジューダス達だったがすぐに止めていた足を動かす。
「魔物が居ないね!?」
「あの強さを誇るスノウが陽動をしているっ!魔物たちの足止めしてくれているはずだ!こっちはこっちで早くやってしまうぞ!!」「「分かった!!/分かったわ!!」」
しばらく慣れない雪道を走り続け、途方もない距離を走っていたと感じていた時、道の横から魔物がなだれ込んでくるではないか。
武器を構えたジューダス達だったが、すぐに細長い七色の光線が幾重にも重なって魔物の背後から襲いかかり、なだれ込んできた魔物たちを一掃してしまった。
「っ!!スノウの技だわ!?」
残った魔物を葬り去るかの様に、昔を思い出させる軍人の顔をしたスノウが颯爽と現れ、鮮やかな手並みで相棒を操り、敵をあっという間に倒して行った。
しかしここへ辿り着いたのはスノウただ一人である。
そのスノウでさえも、怪我を気にしていない様子で所々服が擦り切れ血が出ているのを仲間たちが確認してしまった。
「「「っ!」」」
「あいつっ…!無茶しすぎだぞ…!!」『坊ちゃん!!』「あぁ!___ヒール!!」「「ヒールっ!!」」
「キュアコンディション!」
「…!」回復の温かさで手を止めたスノウがジューダスたちを振り返る。
そして仲間たちを見て困った顔をした後、すぐまた近くにいた魔物を相棒で屠っていた。
「「「モネ様ーー!!!」」」
後方から息を切らして兵士たちがやってくる。
これが先程スノウが言っていたAチームというやつなのだろう。
「モネ様、昔と同じで無茶しすぎです!」
「さっき私共がいなかったら危なかったんですからね!?」
「勿論だとも。私の背中を任せるんだ。その為に再編成したAチームだろう?」「「「モネ様…!!」」」
「じゃなかったらこんなに無鉄砲に突入していないさ。」「「「モネ様〜…!!!」」」
兵士たちの相変わらずなモネ主義の様子を見て、ジューダスが遠い昔を思い出し、ため息を吐く。
そしてスノウの視線は仲間たちへと向けられ、先程の軍人の顔とは別で優しい微笑みで仲間たちを見ていた。
「…まさか、精鋭達というのが君達だとはね。…陛下もやってくれるね…?」「スノウ、無茶しすぎだよ!怪我ばっかしてるじゃん!」
カイルが怒った声音でそう言ったのに対し、スノウは気にしていなかったとでもいうように目を丸くさせていた。
しかしすぐに再び優しい微笑みを浮かべ、僅かに相棒を構えた。
「(君達も人の事は言えないけどね…?___ディスペルキュア)」無詠唱で放たれた回復技に、ジューダス達が気付き各々お礼を言う。
そして諦めた顔で肩を竦めさせて首を振ったスノウは、道の先を見つめた。
「……この先にいる魔物はね?昔の私でも歯が立たない相手だったんだ。」「「「え?」」」
「昔は…今やってるように兵士達の上に立つ軍人だったし、仲間たちのコンディションを見ながらあの魔物と戦うのは……かなり骨が折れた。それに仲間を補助をしながらの攻撃が、兎角間に合ってなかったんだ。」「弱点は?」「地属性のみだ。水属性で攻撃しようものなら回復してしまう厄介な相手だから注意した方がいい。」向かってくる敵を見もせずに屠ったスノウに、カイル達が驚く。
これが軍人だったモネの強さなのかもしれない、と無意識に緊張が走る。
「この戦いに終止符を打てるならどんな手だって使う。昔からそう思ってた…。でも……まさか君達だとは思わなくて少し…決意が揺らいだね。」「スノウ。オレ達、スノウと一緒にハロウィンを楽しみたい!だから手伝うってウッドロウさんに頼み込みに行ったんだ!」
「全く……君達も君達だが…。あの陛下も何をお考えなのやら…。」「お前はどうするつもりだ。」「陛下に頼まれた分、陽動を行う。君達をあの魔物の元へと無傷で連れて行ってみせるとここで誓うよ。」笑った顔はいつも仲間として一緒にいるスノウの顔ではなかった。
最早、軍人のように覚悟を決めた顔だった。
「モネ様!ご報告が!」
別の兵士がやってきてスノウの耳元で何かを囁く。
それに無表情で聞いていたスノウだったが、視線を横に流してポツリと呟いた。
「やはり、か…。」「「「……???」」」
「いかが致しましょうか?」
「ここにいる全員に告げる。精鋭達とAチームは戦線離脱する。」「「「え?」」」
「何があった。」「所謂、時間切れ…というやつだね。今日はもう魔物は出ないよ。だからAチームは彼らを街へ無事送り届けてくれ。」「「「はっ!」」」
「え、ちょっと待ってよ!スノウは?!」
「ははっ。ちょっと野暮用が出来たから、先に戻っててくれ。大丈夫、必ず戻るよ。」そう言って相棒を手に、先に進んでいったスノウにジューダス達が驚く。
追いかけようとしたジューダスを止めたのはAチームと呼ばれる兵士達だった。
「大丈夫ですよ。毎年の事なんで。」
「あいつは何を確認しに行った?」「例の魔物を確認しに行ったと思います。18年前もそうでしたから。でも、何も居ないと思いますよ?だから先に帰っていいと言われたんだと思います。」
「時間切れっていうのは?」
「ある程度時間が経つと、魔物が押し寄せる波…っていうんですかね?あれがピタリと止まるんですよ。そうなるともう大元も居なくなってるんで、先に進む我々は毎回辛酸を舐めさせられるんです。戦線離脱を決めたのは、後のことはBチーム以降で魔物を一掃してくれるとモネ様が信じてくれているからです。」
「それと、大元の強力な魔物と直接戦闘をする僕達のコンディションを加味して、ということか。」「そうですね。自分のことより他の誰かを心配されるような方なんで。…あ、それから国王陛下より皆様に伝達です。」
ウッドロウからの伝言など一体何ごとだ、とカイル達が緊張を走らせれば、伝達係は一度頷いて言葉を発した。
「“カイル君達、精鋭チームはすぐに街へ戻るように。それから今夜開かれる軍事会議に良ければ参加して欲しい。明日の作戦を練る際に、要である君たちの意見も聞きたい”────との事です。」
「分かりました!ウッドロウさんの命令ならすぐ戻ります!」
「お願いしますね。」
そう言って伝達係はすぐに去っていき、Aチームと共にジューダス達は街へと戻る。
結局スノウと会えたのはその日の夜行われた軍事会議でだった。
「では今から明日の作戦の軍事会議を執り行う。」
「…緊張してきたわ…?」
「実はさ…オレも…。」
ウッドロウの他に兵士たちの先頭に立つスノウ、そして参謀役なのか、何人かの要人が居た。
そして中央の机にある地図を囲うようにして会議が始まる。
カイルとリアラが緊張を孕ませる中、ロニやナナリーも緊張した面持ちでウッドロウたちを見ていた。
海琉は眠そうに欠伸をし、修羅は心配そうにスノウを見ている。
「明日の作戦の要は彼らに任せている。それは皆も承知して欲しい。」
「「「はっ!」」」
「彼らをよく知るスノウ君に聞きたい。彼らが大元の魔物と対峙して勝てる見込みはどれくらいかな。」
「およそ9割、といった所です。」「後の1割はどういう理由かな?」
「大元の魔物である“ネオ・ポイズントート”の毒…による弊害が1割の大きな分類でございます。彼らは状態異常回復技を保有していません。先程の9割も我々兵士や騎士の補助ありでの勝率、となっております。」「「「毒?!」」」
カイル達が驚いた事にスノウも他の兵士たちも目を丸くさせる。
そしてスノウが頭を抱え、ウッドロウをじとりと恨めしげに見遣った。
「……まさかとは思いますが、陛下。彼らになんの説明も無しに戦場へ投下させたのですか?」「彼らを戦場へ連れて行けば、必ず君が合流するだろうと踏んでいた。なら制限時間のある中ここで説明せずとも君に任せた方が早いと判断してね。」
「……あの放蕩息子が、立派にお育ちになられたようで。」「ははっ。耳が痛い話だな。」
余計に頭を抱えてしまったスノウにウッドロウが笑いながら見る。
「カイル。」「え、なに?スノウ。」
「今から君達にこの大掛かりな戦闘の発端である魔物について説明する。もし、聞いて無理そうなら遠慮なく言ってくれ。」「わ、分かった。」
「それで良いですね?陛下。」「あぁ、構わないよ。」
兵士のひとりがカイル達の横にやってきて机の上に資料を広げる。
そこには普通のポイズントートの様な見た目をした魔物が描かれていた。
「ネオ・ポイズントートはその名の通り、毒を保有する魔物だ。その強さは通常のポイズントートの数倍の強さを持つ。」「数倍…?!」
「行動パターンの把握は?」「勿論、行っているよ。大体は長い舌や短いその手での攻撃だが、体を震わせた直後口から猛毒を吐いてくる。これがかなりの広範囲だから体を震わせた直後での回避では絶対に間に合わない。」「えぇ?!どうすればいいの?!」
「奴は舌、手の攻撃を順番に行った後必ず身体を震わせる。回避するなら手の攻撃を見た直後に逃げた方が無難だね。」「なるほどな。」刻々と説明され、カイル達が頷けば再びあの質問が飛び交う。
しかしカイルたちは迷いなく答えた。
「やります!オレ達で倒してみせます!仲間のスノウが期待してくれる分、やれることはやりたいんです!」
「……!」「では、話を続けよう。スノウ君、先程兵士の支援有りで…といった話だったが、どんな編成にするつもりかな?」
「私の考えでは彼らにはEチームに支援してもらいます。」「それはまた何故?」
「Eチームは支援専門の部隊に編成しています。今日という日のために各国から集めたパナシーアボトルを持ち運ぶ要因でもあり、彼らが状態異常になった際にすぐ対応出来る班がEチームだと過信しております。」「……Aチームは何をする?」「今日と同じく、精鋭チームの活路を切り拓くための陽動を行う。その後精鋭チームが無事ネオ・ポイズントートに辿り着いたのを確認した後すぐに戦線離脱し、Fチーム以降と合流するつもりだ。その後、街へと侵攻する魔物を食い止める。」「B〜Dチームは?」
「精鋭チーム近くに待機させます。今回、勝率が上がっている分ネオ・ポイズントートが危機に瀕して何もしない可能性は低いと考えております。もしかすれば、魔物たちを街の方ではなく精鋭チーム達に向かわせる事も考慮すれば待機班が必要、と私は考えます。その為の待機班です。」「異議ありだ。」腕を組み聞いていたジューダスが顔を険しくさせ、スノウを睨む。
その横では軍事参謀がアワアワと手を彷徨わせていた。
「その作戦、あまりにもAチームの負担が大きすぎる。それに戦力を各方面へ分散させすぎだ。僕達精鋭チームを信頼しきれていない前提での話に、僕はこの場で疑問を呈する。」「ふむ。ジューダス君の意見も一理ある。この戦力分散はどういう効果が期待出来るか、スノウ君、聞かせてくれないか。」
「はっ!元々彼らが居ない状態での作戦でも、Bチーム以降はこの作戦で決行するつもりでした。本日はその作戦を成功させるための様子見でもありましたが、彼らが加わるのであればAチームは遊撃隊として参加したく思っております。効果としては確実にネオ・ポイズントートを退治するための物である、とお考え下さい。それ程奴は危険な存在です。」「異議あり。それでは説明がつかん。もっとマシな理論を組み立てたらどうだ?」緊迫する議論にカイル達もアワアワと事の成り行きを見守る羽目になる。
修羅もずっと作戦を考えているのか、口元に手を当てたまま動こうとしない。
…隣の海琉は既に夢の中であるが…。
「では、逆にジューダス君だったらどのような作戦を立てるのか、聞かせて欲しい。」
「簡単な話だ。遊撃隊であるAチームに僕らの補助をやらせる。スノウ……彼女はこの隊の中でも唯一状態異常回復技を習得している。パナシーアボトルでの回復が間に合わない時に彼女の回復技が功を奏する、と考えるのが道理だと思うが?」「ふむ。理に適っているね。」
「異議ありです、陛下。確かに私は状態異常回復技を持っていますが、私が補助につけばあまりにも戦力が偏りすぎ、街への被害が少なからず出ると想定されます。各方面の在るべき場所へ分散させる……その為の遊撃隊でございます。更に、支援については私よりもEチームの方が優秀であり、誰がどう見ても最高峰のメンバーとなっていたはずです。なれば、彼らの支援補助には私ではなくEチームが行うべきだと思われますが。」ウッドロウの視線が軍事参謀へと向けられる。
慌てて軍事参謀が資料に目を通すが、驚きの顔をして目を見張った。
「た、確かに…。スノウ様の言う通り、Eチームには最高峰の支援メンバーが揃っています。このメンバーでまず支援に失敗する、というのは考えにくい…と思われます。…………あの短時間で、しかも兵士一人ひとりの能力を見てもいないスノウ様がここまで正確に兵士の編成出来た事が不思議でなりませぬ…!」
「なるほど。昔の様に、やはり遺憾無く能力は発揮されているみたいだね。君のその慧眼って奴はね?」
「お褒めに預かり光栄にございます、陛下。ではこの作戦で───」「異議あり!」机を叩き異議を唱えたジューダス。
その横の軍事参謀がヒッと縮こまり、僅かにジューダスから離れる。
「戦力が偏りすぎている?ならば、Aチームの分散、又は解散を提案する!彼女は我々には必要な人材だ。彼女のその巧みな術や奇を衒った攻撃手段はそんじょそこらの奴らとは訳が違う!僕達は、闘いの中で何度も彼女の術で助けられている。今更彼女無しで戦闘を行うのであればこちらも相当のリスクを負うこととなり、勝率が下がるのが目に見えている。態々分散させる理由が僕には分からない!」「……だ、そうだが?スノウ君はどう捉える?」
「……。」暫く考える様子のスノウに、今度は他の仲間が声を掛ける。
「……スノウ。」
「…? どうかしたかい、修羅。」「俺は、軍人でも無ければ、こういった経験をした訳でもない。あくまでもただの素人目線での話だが……。本当にいけ好かない事ではあるが、俺もこいつの作戦に賛成だ。」
「……ふん、当然だな。」「……。」「確かにスノウの言う通り、あんたがこっちに加算するなら戦力の偏りは酷くなると思う。だが、確実性を求めるならばあんたが俺達のチームに居た方が確実だ。勿論、その場合は兵士達の上に立つ者も必要になってくると思う。あの時、あんたの掛け声で兵士達の士気が上がったのも事実だしな。」
「なら───」「だが、それは俺達にも言える事だ。あんたの支援や魔法、そして声掛けで……俺達がどれほど助けられているか。それを考えた事があるか?」
「……。」流石にバツが悪そうに黙り込むスノウに、仲間達はあと少しだと感じていた。
「それに敵の行動パターンを唯一知ってる者も俺達には必要になってくる。それならば、本当の意味で“確実性”という言葉が真に意味を成すと思うんだが……どうだ?」
「ねえ、スノウ。」
「…? どうしたんだい、カイル。」「オレもスノウにはいて欲しい。それこそ、後ろを安心して任せられるからさ!」
「私もカイルと同じ気持ちよ?…私も軍人でも何でもないけど……でも、スノウが居てくれたら回復に専念するだけじゃなくて、他の術の幅も膨らむと思うの。」
「アタシも皆に同意だね。」
「俺もこいつらと同意見です、ウッドロウさん。スノウには何度も命を助けられてますし、事実、スノウの回復は状態異常回復技だけでなく、同時に傷も癒すものです。それがかなりの有効打になる……と思ってます。」
最年長であるロニまでもがそう言ってしまい、スノウにとっては八方塞がりである。
ウッドロウはそれらを見てクスリと笑い、隣に居る小難しい顔をしたスノウを見た。
「ははっ!これは君に分が悪いんじゃないかな?スノウ君。」
「……兵士の再編成を致します、陛下。…戦場に私情は不要、と私自身が拘りすぎていたのかもしれません。……私の完敗でございます。」「では、あとの編成は君に任せるよ。スノウ君。」
「仰せのままに。……ただ一つ、私の我儘を通させて貰えませんか?」「なんだね?」
「私個人を1チームとして考えさせてください。」「…! おい!それでは意味が───」「まぁ、待ちたまえ、ジューダス君。スノウ君、続けてくれ。」
「はっ。どちらにせよ、この作戦での要は……無論精鋭チームである彼らですが、影の立役者であるのは遊撃隊であるAチームだと、私は考えております。」「ほう。それで?」
「そして何より、その要である精鋭チームを無傷で送り届ける事が必要になって参ります。なれば、私とAチームでの陽動作戦は必然と言えます。そこで、彼らを送り届けた後、私とAチームが散開し、別々の作戦を取る……といった作戦が好ましいと考えますが、如何でしょうか?」「異議ありだ!!それでは何の意味もない!お前が負傷してから作戦に参加するのでは僕達の戦闘にも支障が出る!!怪我人を庇いながらの戦闘など、僕は勘弁だ!」『坊ちゃんはキツい言い方してますが、これも君の為を思ってなんだよ?スノウ。君が怪我をするのは見ていられないって意味なんだからね?』「……分かってるよ、シャルティエ。だが私からも、皆にひとつ言わせて欲しい。」ひとつ笑って仲間をひたと見るスノウの顔は、先程までの軍人としての顔ではなかった。
優しく仲間を見守る、いつものスノウの優しく微笑んだ顔であった。
「……私は、そんじょそこらの魔物に倒されるつもりもなければ、死ぬつもりもないよ?それに……今日、皆と合流して分かったんだ。もしも私が怪我をしていても皆が気付いて、そして回復をかけてくれる。だからこそ背中を任せられるんだ。そんな皆を守りたいと思う私の意図も汲んでくれないかな?」「でも…」
「大丈夫。今日みたいな無茶はしないとこの場で誓うよ。でなければネオ・ポイズントートと真っ向から対峙する、なんて出来ないからね。でも多少の怪我は大目に見て欲しいな?……それに、」スノウは一度言葉を切ると、誰もが目を見張る程の微笑みで仲間達を見た。
「多少の怪我をしたとしても、皆が回復してくれるだろう?声を掛けてくれるだろう?それが……私にとってどれほど幸せと感じるか。今ここで、言葉にさせて貰うよ。いつもありがとう。そして何より大切な仲間を守りたい────だからこそ、ここファンダリアの軍人としても、皆の仲間としても、皆の事で遠慮したり蔑ろにしたくないんだ。」「「「……。」」」
「無論、危険な事に変わりは無い。だが、それは皆も同じだ。なら私に皆を守らせてくれないか?」「……うん、分かった!」
「おいおい、良いのか?カイル。」
「だって、スノウはこんなにも無茶しないって言ってるし、オレはスノウの言葉を信じるよ!」
「えぇ、私も信じるわ。スノウの言葉を。回復も任せてちょうだい?」
「アタシは回復は持ってないけど、それでも手当てくらいなら心得はあるつもりだよ。」
「……仕方ねぇな。こいつらがそこまで言うんだ、俺様も回復してやるよ。」
「ふふっ。ありがとう、皆。」そして皆の視線はジューダスに向けられる。
一番、その作戦に否定的な人であるからだ。
修羅は諦めた様子でいる為に、残りはジューダスだけなのだ。
全員の視線を受け、ジューダスは大きな溜息を吐いた。
「……もし怪我するようなら後で説教だからな。」「ふふ。だから多少の怪我は許して欲しいな?」「怪我なく来い。でなければ、そこら辺の木に縛り付けてでも置いていくからな。」「ふふっ!はーい?」ようやく二人の間に流れる空気が元に戻り、カイル達も一安心の溜息を吐いた。
二人からすると全然険悪な雰囲気になった気は無いのだが、それでも周りは心配していたのだ。
「決行は明日の朝。皆は今の内にゆっくり休んで、そして英気を養ってくれ。」「スノウは?」
「一応、今は仮の軍人だからね。もう少し作戦の細かい所を練って戦場を周回してから寝るよ。」「……僕も行く。」「俺も行く───と、思ったが…こいつを寝かせてくる。」
修羅が心底呆れた様子で海琉をおぶり、その場を後にした。
カイル達も心配そうにスノウを見たが、大丈夫だからと笑顔で言われ、今日のところは安心して寝る事にした。
「じゃあ、カイル君達も居なくなったことだから細かい作戦を練っていこうか。皆の者、もう少し付き合ってくれ。」
「「「
「はっ!」」」」
「……変な作戦を立てたら容赦なく口出しするからな。」「分かっているよ。君達の軍人時代の経験をここで遺憾無く発揮してくれ。私はまだまだひよっこだからね。」
「20年近く国王をやっておられる方が何を仰ってるんですか。」「はは!耳が痛い話だ。」
そうして夜は更けていく。
ある者は鼾をかきながら明日に備え、ある者は街中を探索し、ある者は戦場の周回をしながら並んで歩く親友と話をする。
決戦は明日。
果たして、どのような結果が待ち受けるのか───
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長くなりましたので一度切ります。
続編は後編へ。
管理人・エア
_29/40