何だかんだ予行練習だったはずの結婚式は、カルミアとマルスの事件によって本物の結婚式へと変わり、すぐにその場で披露宴を執り行う事になった。
治療を受けたスノウとその見張り番をしていたジューダスも合流して、仲間達の元へと戻ると皆が駆け寄ってきてくれる。
「スノウ!かっこよかったよ!!」
「お前さんが前世でモネだったってことが、よーやく身に染みたぜ…。」
「あんな素敵な花婿さんなら、仮初めの結婚式でも緊張しちゃうわ。」
「で、アンタ最後のマルスの攻撃、ちゃんと手加減しただろ?流石だねえ!」
皆が駆け寄ってそう言ってくれたので笑うだけに留めておく。
多分喋ったら後ろの見張りから怒号が飛び交いそうだからだ。
「お前ら。こいつは今、口の中の治療中で喋れん。質問なら後にしろ。」「え?大丈夫、スノウ。」
「(コクリ》」静かに頷いた私に「そっか」と残念そうな仲間達。
その向こうからは今絶賛幸せな二人が、こちらに歩いてきていた。
「スノウさん!」
「あ、あの…すみませんでした…!!!」
花嫁が笑顔で名前を呼んだのに対し、花婿は深々と頭を下げていた。
それに仲間達が首を傾げスノウを見る。
しかし怒っていない様子でスノウがいるものだから、更に首を傾げることになる。
「あ、あの…口の中、痛いですよね…?」
「あれで痛くないとでも思っているのか?下手をすれば殺人罪になるところだったんだぞ。」怒った口調でスノウの代わりにジューダスが怒る。
それに目をギュッと瞑り、怒りを受け止めるマルスが居た。
しかしスノウがジューダスの肩を叩いてフリップを出す。
「《大丈夫だよ、ジューダス。私は怒ってないしね。》」「はぁ…。お前が怒らないから僕が怒ってるんだ。阿呆。」「やっぱり口の中の傷…治らなかったんですの…?」
「《まぁ、さっき医者から全治1か月とは言われたよ。》」「はわわわわ…。す、す、すみませんっ!!」
「《ふふ。嫉妬深い旦那様だからカルミア嬢も気を付けないとね?》」「は、はい…!」
そう言って照れたようにマルスを見たカルミアはとても幸せそうな顔をしていた。
「でもよ、お前さん…男と男の勝負って言ってたけどよ?男と女の勝負だろ?」
「「……え、」」
カルミアとマルスがスノウを見て、そしてその胸を見る。
しかしその胸には女性特有の膨らみなど存在していない。
混乱する中、カルミアがスノウに近付き服に手を掛ける。
「ちょっと失礼しますわよ。」
そう言って首元の所から胸の方を覗き見たカルミアは顔を真っ青やら真っ赤やらにして後退した。
「ほ、包帯が…!!!」
「《あぁ、見たことがないかい?これ、さらしって言ってね?胸を潰すための道具なんだ。》」「何でわざわざ…」
「《だって大きいと邪魔だろう?》」カルミアが顔を真っ赤にして、それでも少し安心したように話す。
「…ちょっと安心しましたわ。あなたが女性で。」
「《ふふ。ちゃんとキスは寸止めで止めていたはずだけど?》」「いえ、違いますわ!だってこんなかっこいい男性だったなら、他の人にあげるのが惜しいですもの!」
「か、カルミアっ?!!」
ガーンとショックを受けるマルスはその場にしゃがみこみ、沈んでしまう。
それにリアラとナナリーがクスッと笑っていて、スノウもその一人だった。
男性陣からすると「どんまい」と声を掛けるしかないのだが…。
「《そういえばファーストバイトはもうしたのかい?》」「「「「ファーストバイト?」」」」
全員がスノウを見て不思議そうな顔をする。
それは新郎新婦も同じだった。
「《あれ?ここではそんなに有名じゃないのかな?》」「それってなんなの?スノウ。」
「《ファーストバイトって言うのはケーキを新郎新婦で入刀したあと『これから先、一生食べ物に困らせない』という意味を込めて相手の口にウェディングケーキを詰め込む儀式の事だよ。所謂、縁起物でね。私の居た所は普通だったんだ。》」「面白そうだわ!!マルス!私たちもやりましょう!!」
「え、ちょ、カルミア!!?」
強制的に引っ張られて行った新郎はケーキの前に辿り着くと大きなスプーンに乗せられたケーキを見せつけられる。
顔を青くして首を横に振った新郎だったが、お転婆な新婦にそんなものが通じるはずもない。
一気に口の中に入れられた新郎は喉に詰まらせてその場に倒れてしまうのを皆で呆れて見遣る。
新郎が倒れても、新婦は楽しそうに笑っていたが…。
「《あれはもう夫婦の構図が出来上がってるね。》」「見るからにあの男、尻に敷かれそうだろ…。」
「でも、ファーストバイトいいかもね!」
「私も結婚式挙げるならやってみたいわ。」
「じゃあ、オレ達もやろうよ!」
「ええ!」
「「え、」」
ロニとナナリーが目を点にさせてカイルとリアラを見た。
いつの間にそんな関係にまで?と言わんばかりの顔をしていて、そんな四人を見てスノウは笑い、ジューダスは呆れた顔で肩を竦めさせていた。
「《ふふ。君も結婚式挙げる時は気を付けないとね?》」「……。」何か物言いたげにこちらを見るジューダスに、私は笑いながら首を傾げさせた。
そして何度目か分からない溜息を吐かれたあと、新婦が新郎を置いてこちらに来た。
「折角なら皆さんもケーキ、食べてほしいのですわ!」
「「食べる!」」
リアラとカイルが仲良く手を繋いでケーキへ走って行ったのを見て、ロニがやれやれといいつつ二人の後を追った。
「スノウは……食べれるのかい?」
「《私の事は気にせず、ナナリーも折角なら食べておいで?私の頑張った証、美味しく頂いてくれると嬉しいね。》」「そういえばアンタ、ケーキ担当だったね。花婿の恰好してたからすっかり忘れてたよ。」
「《そうだよ?だから皆で美味しく食べておいてくれ。》」「じゃあ、頂くとしますかね。」
ナナリーもそう言って数段あるケーキに向かって歩き出した。
試行錯誤を繰り返し、ようやく出来たウェディングケーキ。
それを皆が美味しそうに食べてるのを目を細め、嬉しそうに見れば隣から視線が来る。
「《君も私に気にせず食べてくるといい。苺たっぷりにしておいたよ?》」「……!」苺たっぷりのケーキはジューダスがリオンの時から好きだった物。
僅かに足を進めたジューダスだったが、その足は完全に止まりこちらを向いた。
「僕は……」「?」「……いや、いい。」「《遠慮しなくていいよ?君の為に苺多めにしたから。》」「……。」文字を読んだジューダスは少しだけケーキの方を見て羨むように見つめる。
中々食べに行こうとしない彼に私も肩を竦めさせ、彼の背中をケーキの方へとグイグイ押しこむ。
そして近くにあったスプーンを取り、ケーキを乗せると私は彼の口にそれを近付けた。
「《折角なら楽しもう?それから感想も聞かせてくれないか?君の好みを知りたいから。》」「…!!!」目を見開いた彼だったが、恥ずかしそうに顔に手を当てた後顔を真っ赤にさせながら口を恐る恐る開く。
そこへゆっくりスプーンを差し込めば、彼は口を閉じてケーキを食べ始めた。
「…!」もぐもぐと沈黙しながら食べた彼に「どう?」と聞いてみれば小声で「……美味しい。」と言ってくれたので、それに満足して次のケーキをスプーンへ掬う。
それに目を丸くしたジューダスだったが、諦めたように口を開いたので何度もそれを繰り返した。
時折彼は恥ずかしそうにしていたけども、ね?
なんだか、ちょっとの事だけどそんな非日常を味わえて嬉しくなる。
ここの空気感も相まってだろうけど、それでも今の私を笑顔にさせるには十分すぎたのだ。
「(楽しかったなぁ…。)……ふふ。」「!!」声に出して笑ってしまうほど、どうやら今の雰囲気に感化されたようだ。
それを見たジューダスもまた優しい顔してスノウを見つめていた。
「皆さんのおかげで大成功に終わりそうです!!」
突然現れたアンシャンテの社長にジューダスと二人で驚くと、社長は私たちの肩に腕を回しニコニコとさせた。
「色々とありましたが、こうして成功させることも出来ましたし、映像も映すことが出来ました。」
「《…ん?映像?》」「あれ、言ってませんでしたか?映像も映して宣伝用のものにするんです。」
「…という事は、あの三文芝居も世間に映し出されるという事か。」「三文芝居だなんてとんでもない!とても良かったですよ!? やはりああ言う争いごとは燃えますよね〜!」
「《毎回、結婚式に争いはいらないと思うけど…?》」「もし他会社の競争率が上がってきたら、奥の手で使おうと思ってますよ!!」
「《……商魂たくましいね?》」「はい!」
ご機嫌な社長に二人で引き笑いをすれば、指揮をまとめるコンシェルジュがこちらにやってくる。
「もうすぐメインイベントですよ!」
「《あぁ、花嫁たちにとって大事なあれかな?》」「??」ジューダスは分からない様子でコンシェルジュについていく。
私もそれを追いかけ、外に出た。
すると花嫁と女性陣はもう準備万端みたいだ。
「スノウさん!早く早く!」
「呼ばれているぞ。」「《いや、私はやめておくよ。女性陣なら一度は取ってみたい夢のブーケトスだからね。》」「スノウ〜!」
「早くおいでよ!」
「…行ってこい。」そう言ってジューダスは私の背中を強く押した。
そして腕を組み、顎で向こうを指してきたので渋々私は女性陣の近くに行った。
「じゃあ、行きますわよ!!」
花嫁が後ろを向き、そのまま後ろへとブーケを投げる。
そのブーケは放物線を描き、太陽にかかって見えにくくなる。
受け取る気もなかった私は目の周りを手で覆い、それをじっと見ていた。
果たして誰の元へ行くのやら。
「あいつ…取る気ないな。」『ブーケトスって、受け取れば幸せになれるんでしたっけ?』「知らん。……だが、確か―――」高く飛んでいたブーケは風に流されて大きく進路を逸れる。
それを見ていた観客も「おお…?」と不思議そうに見れば、例のブーケはジューダスの所に飛んできていた。
「…チッ。面倒な。」ジューダスが隠しもせず、舌打ちしてそれを難なく受け止める。
そして辺りから祝福と歓声が上がった。
その中には、笑顔でこちらを見るスノウの姿もあった。
「…。」一度ブーケを見たジューダスだったが、それを持ってスノウの近くに寄り投げ渡す。
「…やる。」「おっと。」声に出し、ブーケを受け取ってしまったスノウは目を大きく見開き、それでも嬉しそうにブーケの花の香りを楽しんでいた。
「…女性にとって大事な夢のイベントなんだろう?」「《ふふ。私が受け取ったら意味がないじゃないか。》」「何故意味がない? お前もれっきとした女性だろうが。」「…!」「性別を偽ってはいるがお前はれっきとした女だ。だったら、意味がないことは無いだろう。だから大人しくそれを受け取っておけ。」『(坊ちゃん、かっこいい〜!!)』そう言って少し赤くなった顔でふいとそっぽを向いたジューダス。
口をポカンと開けたスノウだったが、ジューダスの言葉に素直に頷いてブーケを顔に寄せ、堪能するように目を閉じた。
その姿は、以前ウェディングドレスを着てブーケで顔を隠す、あの姿を彷彿とさせた。
ただ違うのは…彼女はタキシードを着て、そして今は恥ずかしそうに隠すのではなく、幸せそうにブーケを持っている事―――。
「ありがとう。」声に出して言われたお礼。
その笑顔は誰よりも優しく、誰よりも美しく、そして誰よりも幸せそうな顔だったことは、それに見惚れたジューダスしか知らない。
「スノウさん〜!」
「スノウ!」
女性陣がこれ見よがしにスノウに抱き着いては嬉しそうにはにかんでいる。
ただ―――
「「きゃああああ!!」」
「あの人、血を吐いているぞ…?!!」
スノウに体当たりしたことで、どうやら口の中の傷が開いたのだろう。
折角のブーケが血で赤く染まってしまっていた。
……縁起の悪い事だ。
「(あ、まずい。)」口を押えたスノウだが、とめどなく血が出るものだから会場は大騒ぎになり、それを見兼ねたジューダスがスノウを連れて再び医務室まで連れて行く羽目になったのだった。
___2023ジューンブライド記念作品。
【J’ai besoin de ton amour.=
貴方に愛されたい。】
___
「…全くお前というやつは…」___
「ごめん、ジューダス。折角のブーケが台無しになってしまった。」___
「そんなもの良いから、早くその口を治してこい。代わりの花束なら用意してやるから。」___
「!!」ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
余談:
ブーケトス:(未婚の女性に投げる決まりがある)受け取れば次の結婚は貴女です、という意味
sposa:花嫁という意味
ファーストバイト:(新郎→新婦)食べるものに困らせません。(新婦→新郎)美味しい食事を用意します
_26/40